7月7日(日)
 6月28日、東京木挽町にある歌舞伎座で「六月柿葺落六月大歌舞伎」3部制興行の1部と2部を観劇した。3部は「鈴ヶ森」「助六由縁江戸桜」という有名演目だが、片岡仁左衛門が出ていないのであきらめることにした。我が妻は、孝夫の時代からの仁左衛門ファンなのだ。
 1部の演目は「鞘當」「喜撰」「俊寛」で、3階の2等席、2部の演目は「壽曽我対面」「土蜘」で、花道のすぐ側の1等席についた。
 1等席と2等席の大きな違いは、席の位置と席と席との間隔だ。我が妻の足が腫れたのは、2等席のエコノミー症候群のせいだとぼやいていた。「大向こう」という掛け声は、ほとんど3階から聞こえてくる。掛け声が決まると、みんな納得するが、たまにタイミングがずれることもある。
 幕間には、多くの人がロビーに溢れる。中に餅の入った鯛焼きを買おうと思ったが、長い列ができていたのであきらめた。すれ違う壮年の女性たちの服からは、かすかに防虫剤の香りがした。
木挽町鋸を扇子に持ち替えて
7月8日(月)
 歌舞伎座に行くことになったのは、喫茶店で手に取った「和楽」という雑誌のせいだ。新築なった歌舞伎座の紹介とともに、仁左衛門が出ている杮葺の演目が載っていた。体を悪くしていたので、久しぶりの出演となる。
 松山での歌舞伎公演では、「鳴神」の鳴神上人と「義経千本桜・すしやの段」のいがみの権太を演じた仁左衛門を見ている。ひめぎんホールばかりではなく、東京の歌舞伎座で見たいという妻の要望に応えたのである。
 Webでのチケット販売では、仁左衛門と玉三郎が共演する五月歌舞伎のいい席はすべて売り切れ。そのため、六月杮葺落公演にしたというわけである。
 「俊寛」では平家の上使・丹左衛門尉基康、「壽曽我対面」では曽我兄弟の仇・工藤祐経に扮した。「俊寛」では少し声が聞こえにくかったので体調を心配したが、「壽曽我対面」では堂々たる演技。どちらも主人公の敵側ながらスケールの大きい受けの芝居を披露した。
松嶋屋受けの芝居で器量みせ
7月9日(火)
 「喜撰」は、六歌仙のひとり、喜撰法師が主役の歌舞伎舞踊。桜が満開の東山で、喜撰法師は祇園の茶汲み女に会い、心動かされる。出家の身でありながら、女を口説くが袖にされ、迎えにきた大勢の所化の前で女郎の様子を舞い、本坊へ帰っていくという筋立て。
 坂東三津五郎の舞台を見たことがなかったが、こんなに踊りが上手なのかと舌を巻いた。軽妙でありながら、どこかに色気が感じられる。「土蜘」の平井保昌では、凛とした芝居を見せ、器用な人だと感嘆する。
 パンフレットを見ると、曾祖父、祖父が踊り、父とご自身の襲名で「喜撰」の舞いを披露している。大和屋の財産ともいうべき歌舞伎舞踊なのである。
 3部の「助六由縁江戸桜」では、通人里暁を演じているそうだ。故勘三郎とはひと味違った人物像を創造しているに違いない。
大和屋の舞いに心が踊りだす
7月10日(水)
 「鬼平」こと長谷川平蔵でお馴染みの人間国宝・中村吉右衛門も「俊寛」で俊寛僧都として登場した。吉右衛門の口跡を聞いて、けっこう「鬼平」と似ているんだなと、妙に納得した。
 吉右衛門は、折り紙付きの名優である。
 それを強く感じたのは、「俊寛」のラストシーンだ。鬼界ヶ島に一人残され、船のゆく方向を見やる姿に、孤独感や憔悴、嘆きなどを感じさせ秀抜である。台詞もなく、ただ沖を眺める姿だけで、何十分も観客の目を釘付けにする。
 「俊寛」は、舞台美術も素晴らしい。遠くに見える船を仕掛けで見せて、実物大の船が着岸するところ。船が岸を離れると、回り舞台で岬が移動し、布を取り除いて浪が舞台を覆う。これらの美術は、歌舞伎の醍醐味である。
播磨ならぬ鬼界ヶ島で芸の冴え
7月11日(木)
 仇役が多い名優が市川左團次だ。「俊寛」の悪役・瀬尾兼康を演じていた。役目を一番と考える、融通のきかない男である。鬼界ヶ島に流罪となって憔悴しきった人びとに、容赦なく罵声を浴びせて観客の反感を一身に担う役柄。徹底的に嫌みに演じなければ、俊寛の無念や丹左衛門尉基康の情が際立たない。
 左團次は独特の野太い声と憎々しい演技で、瀬尾兼康を演じきった。素顔は、とても愉快な人だそうで、パンフレットの写真も目元が笑っている。
 3部の「助六由縁江戸桜」では、髭の意休を演じたという。
仇役の目元やわらか高島屋
7月12日(金)
 人間国宝で、富司純子(藤純子)の旦那さまが尾上菊五郎だ。若い頃から端正な顔立ちで人気があり、その涼しい目元は多くの女性ファンを悩殺した。
 2部の演目「土蜘」で、年齢も70歳を越えているものの、動きの多い「土蜘」の役を見事演じきった。2部は花道に近い席なので、すぐ近くで菊五郎を見ることができた。体重は、若き日の倍ほどはあろうか、体つきは変わったものの、まなざしや笑顔は往時のままである。比叡山の僧・智壽と土蜘の精の二役で、千筋の糸を投げたり、飛んだり跳ねたりと体力を使わなければならないので、大変だったのではないかと思う。
 3部の「助六由縁江戸桜」では、白酒売新兵衛、四月の杮葺落では当たり役の「弁天小僧菊之助」を演じている。
音羽屋の袖から出した蜘蛛の糸
6月13日(土)

 人気の市川海老蔵は、2部の演目「壽曽我対面」で、曽我五郎に扮した。顔は父の団十郎よりも歌舞伎役者らしく、華やかなオーラを発散している。見るには、何の申し分もない。
 花道の登場から、荒事の歩調でどんどんと進んでくる。見栄を切り、睨みをきかせて、荒事のお約束を進める海老蔵は、まるで怪獣のように見えてくる。十郎役の尾上菊之助の演技が自然なためか、どこかアンバランスだと感じた。28日の出来はよくなかったのか、三宝を壊すシーンでは失笑もこぼれていた。
 柔軟性はないものの、理知的な団十郎の芝居とは異なり、派手さは申し分ない。ただ、ひとりの舞台ならいいのだが、多くの人が登場しての舞台だと、アンサンブルの魅力が感じられないのである。荒事だから、これでいいと割り切って見るべきなのだろうか? 歌舞伎初心者の田舎者には、よく分からない。

荒事の枠に入って粋が消え
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