世の中には、定年後の有り余る時間をもてあまし、無為に日々を過ごすやるせなさを感じている人も多いようだが、私は現役の多忙なときにこそ興味のあるテーマを見つけておき、定年後はその調査に傾注することをお勧めしたいと思う。なぜ現役のときかというと、定年後は気力が萎(な)え、テーマを見つけることすら面倒になるからである。人間はもともと探究心を持っている。早いうちにやりたいことを見つけておけば、余生も充実するはずである。
新居浜市に在住の近藤日出男さんは、高知県で高校の教諭をしていたころ、学者たちの間で絶滅したと思われていた匂い米を発見し、四国山地の奥深い地域に分け入って踏査した。やがて、焼畑の作物や縄文時代から伝えられてきたドングリ、トチといった木の実の加工法を知ることとなり、広範な食習俗、食文化を調査研究するようになった。思えば、人間は大昔から食べるためにさまざまな知恵を働かせてきたわけで、何を食べてきたのかを知ることは、歴史的に見ても民俗史として見ても、なかなか面白いテーマである。
昭和30年代、40年代の四国山地にはまだ縄文時代からの食文化が残っていたが、焼畑が禁止され過疎が進むと、そうした文化はあっという間に消えてしまった。幸い近藤さんは、自分の目で事実を確かめるフィールド調査をしていたため、その時に撮った写真や調査内容が貴重な食習俗の記録となった。それをまとめたのが、当社発行の『四国・食べ物民俗学』『続四国・食べ物民俗学』である。
私はこれらの本をつくるとき撮影に同行し、高知県大豊町ではヒガンバナの球根から毒を抜き、餅にして食べる経験をさせてもらった。味よりも人間の知恵に感動し、神妙な面持ちで食べたことを記憶している。
近藤さんは定年退職後も、愛媛民俗学会、宇摩史談会などで活躍し、調査内容を次々と発表した。調べたことを話すときの近藤さんは本当に楽しそうで、こちらも飽きなかった。その根底には、学問のための学問ではなく、常に辺境に住む人々に温かい目を向け、どのように生きてきたかを見つめるまなざしがあったと思う。私もこんな余生を送りたいものである。(2012.11.9掲載) |