時折、文化とは何か、ということを考える。文化などというものは、特に日々意識しているものではないし、なくても別に支障がないような気もする。しかし、なくなったときどうなのかということを考えたとき、それは結構深刻な事態なのではないかと思う。
かつて大勢の人で賑わった観光地が、レジャー施設の老朽化によって閑散としているのを見たりすると、時代に迎合しただけのものはあっという間に古びてしまうものだなあと侘(わ)びしさを感じる。それに比べ、時を経るにしたがって価値を増し、輝いてくるのが、その土地固有の文化である。その地に息づいている歴史や風習、祭り、方言、そこで生まれた人、文学、芸能、工芸、その地の自然を生かした産業、郷土料理など、そこにしかないものだから、わざわざ人はやってくる。逆に言えば、文化の失われたところに人が来るはずもなく、観光で成り立っているまちなら死活問題にもなりかねない。
目に見えるものは大切に保存していけばいい。しかし見えないものは、受け継いでいかなければ消えてしまう。口幅ったいようだが、出版は「ここにはこういうものがあるんですよ」と、目に見える形でその価値を示すことだと思っている。
文化を紹介する出版物は、とかく観光の宣伝のように思われがちだが、文化はそんな瑣末(さまつ)なものではない。いうなれば、人の根っこのようなものである。
たとえば、原発事故で故郷を捨てざるを得なくなった福島の人たちは、家も仕事も地縁もなくした。その悲しみは察して余りあるが、実はボディーブローのようにじわじわとこたえてくるのは、文化を喪失したことではないかと思っている。共通の認識を持つ人たちが同じ方言で話し、季節毎にその土地でとれるものを食べ、幼いころから聞いてきた祭り囃子に心躍らせる。福島にいたときは当たり前だったことが、実はかけがえのないものだと気付いても、故郷を遠く離れて逃げのびた人々には手の届かないものになっている。
モノは買えば取り戻せる。だが一度失った文化を取り戻すのは極めて難しい。私は文化と向き合いながら、日々その感を強くしている。(2012.11.30掲載) |