本のお土産

 かなり前の話だが、仕事で名古屋に行ったとき、発行人が「このまちに面白い出版社があるから、連絡してみよう」ということになった。急な面会の申し入れにもかかわらず快く応じてくれたのは、一人で出版をしながら書店も経営している「マイタウン」の舟橋武志さんである。
 この書店はちょっと変わっていて、古本も売り、しかも週に3日しか開いていない。ご本人もたくさん本を出している作家で、いうなれば、出版社・書店・作家と3足の草鞋を履いているから、毎日は店番ができないのである。
 店を訪れると、さすが愛知は天下を制した織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が出たところだけあって、この三人の関連本だけでもかなりの数に上る。歴史愛好家や執筆のために本を探している人などが、遠くから訪れることも多いそうで、古本を扱い始めたのは、一般の書店に並ばない本を置きたいためだったらしい。
 舟橋さんは気さくな人で、その日の夜、食事をしながら私たちにいろいろな話をしてくれたのだが、その失敗談、成功譚はとても参考になった。自転車で四国を一周したことがある舟橋さんは松山にも来ていて、「松山ほど観光客が多いまちなら、その人たちに向けた本を出さなきゃ勿体ないですよ」とアドバイスしてくれた。それまで私たちは、郷土の本は地元の人に一番喜ばれると思っていたが、松山へ観光に来るということは、松山の歴史や文化に関心があるということだから、その知的好奇心に応える本が手近にあれば、旅の思い出とともに持ち帰ってくれる。私たちは「本も愛媛の産品なのだ」ということに思い至り、そういうジャンルの本も出し始めた。
 正直言って、その路線は編集人の私にとって、ちょっとつらい部分もあった。「本は文化であり、お土産とは違う」という意識がどこかにあったせいだろう。しかし、駅や空港で本を買ったという人が、時折お褒めのことばを書いて手紙を送ってくれたりすると、観光客とは観光に来た普通の読者なのだという当たり前の事実に気付き、一生懸命作ればいいんだと思い直した。本が大好きな舟橋さん、今も一人で本を作り続けているのだろうか。(2013.3.22掲載)

1.ライター稼業40年 2.地方のライター 3.ジ・アースとアトラス 4.アトラスの思い出 5.単行本第1号
6.調べる楽しさ 7.出版というオバケ 8.平均的読者像とルビ 9.文化の喪失 10.編集って、何
11.義士祭とベアトの写真 12.泣かせてしまった本 13.後に続くことば 14.原野に挑んだ人 15.視覚化の醍醐味
16.本の「顔」 17.書く力とは 18.文化財修復と犯罪 19.読む力と想像力 20.木蠟は何に使われた
21.宇和島のヘルリ 22.図書館とのおつきあい 23.サイド・バイ・サイド 24.土井中照さんのこと 25.本のお土産
26.予期せぬ出来事 27.題字は大事だよ 28.生きてるだけで丸儲け 29.掲載ビジネス 30.牛島のボンちゃん
31.おじいさんの自慢 32.編集者の言い分 33.書いてくれませんか 34.隈研吾さんと南京錠 35.幻の出版物
36.高島嘉右衛門と三瀬周三 37 声が聞こえる写真 38.翻訳 39.骨のある出版社 40.男っぽい文章
41.人生のダイジェスト 42.どう書いたら…… 43.消える仕事 44.近欲の風潮 45.運転免許の話
46.目に見える被害 47.過疎の町にパティシエを 48.講演は苦手です 49.カッコ付き市民の意見 50.父の信号
51.文化の繰り上がり 52.出版社の存在意義      
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