世の中のほとんどの人にとって、出版は一生に一度あるかないかというものである。だから、いろいろな思いをその一冊に込める。
題字というのは、本の表紙に入れるタイトル文字のことだが、これをどういうものにするかで、その人の思い入れの深さがわかる。本を豪華な感じにしたい人は、金や銀で「箔(はく)押し」というのをする。文字の部分がピカッと光り、凹凸ができるので本の存在感が増すが、権威主義的だという人もあり、好みは分かれる。
書体という文字の形にこだわる人もいる。たいていは活字を使うが、ときに書き文字にしたいという人がいる。人の手で書いた文字には味があるので、たとえば女性書家の紫舟(ししゅう)さんのように洗練された字ならしゃれた感じになるが、ほとんどの場合、期待外れになる。
以前、ある男性が出版をしたとき、出版費用を使ったことへの罪滅ぼしの気持ちからか、感謝の気持ちからか、奥さんの書いた筆文字を題字にしたいと言った。心温まるお話なので、こちらも「いいですね」と賛成したのだが、その字は一生懸命書いたことだけがわかるもので、それを入れた表紙は「残念」という感じになってしまった。そのご夫婦が満足したのなら、こちらは何も言うことはないのだが、奥さんはその本を見るたびにどう思ったか、気になるところではある。
いろいろお世話になった人に字を書いてもらい、それを題字にする場合もある。自費出版で親戚や知人に差し上げるのならなんの問題もないし、義理も果たせる。しかし、それを書店で売る場合、どのような結果をもたらすかというと、並み居るプロ作家の本の中で「これはアマチュアの本です」と告げているようなものである。中身が良ければ、そんなの関係ないじゃないかと思うかもしれないが、私は以前にも書いたように「表紙は本の顔」だと思っているので、買って読んでもらいたいと思っている人が、わざわざそう告げる必要はないように思う。
活字といっても今は種類が多く、次々と個性的な書体も出てきている。表紙をデザインするデザイナーは、その中から本の内容に合う文字を選んでいる。プロならではのセンスを要する難しい仕事である。(2013.4.5掲載) |