隈研吾(くまけんご)さんと南京錠

 大洲の臥龍山荘の本を作るとき、著名人にこの建物について語ってもらおうという企画を立てた。何人か候補が挙がったが、私はぜひ隈研吾さんに話を聞きたいと思い、交渉をお願いしたところ、「一度この建物を見たかった」と、忙しいスケジュールを割いて愛媛に来てくれた。
 隈氏は、先頃竣工した東京の歌舞伎座のほか、数々のすばらしい建築物を設計した世界的な建築家だが、愛媛とも縁がある。今治市大島の亀老山(きろうさん)展望台である。
 当時はまだ吉海町(よしうみちょう)で、氏が建築を依頼されて現地に行ったとき、すでに山頂は切り落とされ、アスファルトで舗装された駐車場もできていたというが、周囲の素晴らしい多島美を目にしたとき、展望台ができることで美しい自然が壊されてはならない、そして塔の姿をした展望台が駐車場の上にぽつりと建っているのはいかにも寂しげだと感じ、誰も予想しなかったことを考えた。山頂をもとの山のように土を盛って復元し、展望台をスリットのように切り込む形にして、地上から見えなくしたのである。
 よく吉海町が了解したと感心するが、隈氏も当時の渡邊町長に感謝し、あの展望台は自分が大きく変わるきっかけとなったプロジェクトだとして、『反オブジェクト―建築を溶かし、砕く』『自然な建築』などの著作でも紹介している。
 ところが、この展望台のワイヤーに、何年か前から「愛の南京錠」が吊り下げられるようになった。カップルが愛を誓ってあちこちに掛けているらしいが、見た感じが良くないし、愛のためならなんでもしていいということにはならない。京都の嵯峨野でも、竹に相合い傘や名前を彫り込む落書きが絶えないので、とうとう竹林に入れないよう防御したと聞くが、亀老山展望台もワイヤーに直接鍵をしないよう南京錠用のネットを置くくらいで、はたして対策になるのだろうか。
 隈氏も最近このことを知ったらしく、私が南京錠のことを言うと「そうらしいね」と当惑した顔を見せた。それくらいで目くじら立てることないじゃないかという人は、一度インターネットで「愛の南京錠」を画像検索してみるといい。増殖して塊となった南京錠は恐ろしいほどである。(2013.5.24掲載)

1.ライター稼業40年 2.地方のライター 3.ジ・アースとアトラス 4.アトラスの思い出 5.単行本第1号
6.調べる楽しさ 7.出版というオバケ 8.平均的読者像とルビ 9.文化の喪失 10.編集って、何
11.義士祭とベアトの写真 12.泣かせてしまった本 13.後に続くことば 14.原野に挑んだ人 15.視覚化の醍醐味
16.本の「顔」 17.書く力とは 18.文化財修復と犯罪 19.読む力と想像力 20.木蠟は何に使われた
21.宇和島のヘルリ 22.図書館とのおつきあい 23.サイド・バイ・サイド 24.土井中照さんのこと 25.本のお土産
26.予期せぬ出来事 27.題字は大事だよ 28.生きてるだけで丸儲け 29.掲載ビジネス 30.牛島のボンちゃん
31.おじいさんの自慢 32.編集者の言い分 33.書いてくれませんか 34.隈研吾さんと南京錠 35.幻の出版物
36.高島嘉右衛門と三瀬周三 37 声が聞こえる写真 38.翻訳 39.骨のある出版社 40.男っぽい文章
41.人生のダイジェスト 42.どう書いたら…… 43.消える仕事 44.近欲の風潮 45.運転免許の話
46.目に見える被害 47.過疎の町にパティシエを 48.講演は苦手です 49.カッコ付き市民の意見 50.父の信号
51.文化の繰り上がり 52.出版社の存在意義      
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