近欲(ちかよく)の風潮

 愛媛だけの方言なのかどうかわからないが、「近欲」ということばがある。目先の利ばかり追っている人を、「あの人は近欲な」という言い方をする。
 近年の出来事を見ていると、その近欲な人が増えたなと感じることが多い。
 たとえば、人件費が安いということで海外に生産拠点を移す経営者が増え、それによって国内の産業が空洞化し、安いコストでモノを作れても国内の購買力が落ちているので低価格にせざるを得ず、結果デフレに陥り、景気が浮揚しないといった現象を見ると、その言葉を思い出す。
 近欲の反対のことばに、「深慮(しんりょ)遠謀(えんぼう)」あるいは「遠謀深慮」ともいう熟語がある。「遠い先のことまで深く考えて、緻密(ちみつ)な対策、計画を立てること」をいう。現代は複雑で、10年先はおろか、5年先のこともわからない状況なので、遠い先のことまで考えるのは容易なことではない。企業を経営する立場ともなれば、グローバル社会を生き抜いていくのに悠長なことは言っておられん、国際競争力がなければ座して死を待つだけだ、というだろう。
 しかし、こういう「とにかく今を乗り切れ」的な、捨て鉢な風潮が蔓延(まんえん)したことで、なんでもかんでも先送りするようになってしまった気がしてならない。電気代が上がれば生産コストが上がって利益が出ないから早く原発を再稼働させろという財界も、年金はどうせ破綻するし、ほかに金が要るから払わないという若者も、財政赤字が1000兆円を超えても国債を発行し続ける国も、みな将来にツケを回している。先の人間がどうにかするだろうという、安易で、場当たり的な発想である。
 「決められない政治」も、先の参議院選挙でねじれが解消し、早く決められることになった。景気対策を求める多くの国民たちの「早く生活を楽にしてくれ」という思いの反映であろう。しかし私は、長い目で見たとき、なんでも早く決められることが良いことなのか悪いことなのか、後世の人たちが、今の私たちを近欲と思わないか、注意深く見守っていく必要が生まれてきたと思う。
(2013.8.2掲載)

1.ライター稼業40年 2.地方のライター 3.ジ・アースとアトラス 4.アトラスの思い出 5.単行本第1号
6.調べる楽しさ 7.出版というオバケ 8.平均的読者像とルビ 9.文化の喪失 10.編集って、何
11.義士祭とベアトの写真 12.泣かせてしまった本 13.後に続くことば 14.原野に挑んだ人 15.視覚化の醍醐味
16.本の「顔」 17.書く力とは 18.文化財修復と犯罪 19.読む力と想像力 20.木蠟は何に使われた
21.宇和島のヘルリ 22.図書館とのおつきあい 23.サイド・バイ・サイド 24.土井中照さんのこと 25.本のお土産
26.予期せぬ出来事 27.題字は大事だよ 28.生きてるだけで丸儲け 29.掲載ビジネス 30.牛島のボンちゃん
31.おじいさんの自慢 32.編集者の言い分 33.書いてくれませんか 34.隈研吾さんと南京錠 35.幻の出版物
36.高島嘉右衛門と三瀬周三 37 声が聞こえる写真 38.翻訳 39.骨のある出版社 40.男っぽい文章
41.人生のダイジェスト 42.どう書いたら…… 43.消える仕事 44.近欲の風潮 45.運転免許の話
46.目に見える被害 47.過疎の町にパティシエを 48.講演は苦手です 49.カッコ付き市民の意見 50.父の信号
51.文化の繰り上がり 52.出版社の存在意義      
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