目に見える被害

 以前、瀬戸内の島でミカン農家に話を聞く機会があった。イノシシの害がひどく、木の下の方は片っ端から実を食われるということだったが、「昔はおらんかったから、しまなみ(海道)を渡ってきたんかねえ」と言っていた。その姿を想像するとなんとなくおかしかったが、後日、新聞に海を泳ぐイノシシの写真が掲載され、それが誤解だったとわかった。各地で増え過ぎたイノシシは新天地を求め、激しい潮流をものともせず海を渡ったようだ。
 人間と動物の闘いはどこでも見られるが、先日、福島の原発避難地区がとんでもないことになっているという報道を目にした。町や村から人が消えたことで、イノシシやサルが田畑の作物をことごとく食い尽くし、人を警戒することを知らない世代の動物たちが、白昼堂々と住宅街や田んぼをわがもの顔で歩いているという。なかでもひどいのはネズミによる被害で、家の中に残しておいた食料だけでなく、壁土から木の柱、畳、配線ケーブルまで手当たり次第かじり、その糞で足の踏み場もない状況だという。
 以前、原発の使用済み燃料プールの冷却が突然止まり、原因を調べたところ、屋外の変圧器内に感電死したネズミが見つかり、配電盤に触れてショートしたことによる停電だとわかったが、激増したネズミは、もはや駆除のレベルを超えた状況にあるらしい。
 福島の人たちは放射能から逃れ、避難したが、一時帰宅してみると、凄(すさ)まじいばかりの獣害で故郷は荒廃しきっており、もはや人の住める状況ではないと帰宅を諦める人が続出した。目に見えない放射能の恐怖より、目に見える被害の方が意を決する点では勝(まさ)ったということだが、そこに私は複雑な思いを抱く。いくら家の周りを除染しても、原発そのものが手の付けられない状況にあることからして、お気の毒ではあるが、もう戻らない方がいいとしか思えないのである。
 そして次なる恐怖は、高レベルの放射能に汚染されたイノシシやネズミたちが増え過ぎ、食べるものがなくなったとき、別の場所に大挙して移動することである。海を渡るイノシシなら、陸を移動するくらい簡単なことで、これは現代のホラーである。(2013.8.16掲載)

1.ライター稼業40年 2.地方のライター 3.ジ・アースとアトラス 4.アトラスの思い出 5.単行本第1号
6.調べる楽しさ 7.出版というオバケ 8.平均的読者像とルビ 9.文化の喪失 10.編集って、何
11.義士祭とベアトの写真 12.泣かせてしまった本 13.後に続くことば 14.原野に挑んだ人 15.視覚化の醍醐味
16.本の「顔」 17.書く力とは 18.文化財修復と犯罪 19.読む力と想像力 20.木蠟は何に使われた
21.宇和島のヘルリ 22.図書館とのおつきあい 23.サイド・バイ・サイド 24.土井中照さんのこと 25.本のお土産
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31.おじいさんの自慢 32.編集者の言い分 33.書いてくれませんか 34.隈研吾さんと南京錠 35.幻の出版物
36.高島嘉右衛門と三瀬周三 37 声が聞こえる写真 38.翻訳 39.骨のある出版社 40.男っぽい文章
41.人生のダイジェスト 42.どう書いたら…… 43.消える仕事 44.近欲の風潮 45.運転免許の話
46.目に見える被害 47.過疎の町にパティシエを 48.講演は苦手です 49.カッコ付き市民の意見 50.父の信号
51.文化の繰り上がり 52.出版社の存在意義      
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