過疎の町にパティシエを

 先日、今治市の大三島で開かれたワークショップ(意見交換会)を取材する機会があった。離島や地方都市の若者たちが集まり、地域の困っていることを洗い出し、その打開策を話し合うものだった。
 地方の中山間・離島地域では、若者の働く場がないから残りたくても残れないし、Iターンしたい人も移住できない。結果、高齢化が進んで地域が衰退し、さらに若年層の地方離れが加速するという「過疎」と「高齢化」の負のスパイラルを、どう食い止めるかが論点である。
 話し合いの結果発表を聞いていると、自然が豊か、時間に縛られないといった田舎の良さを知ろう、祭りや共同作業などに積極的に参加し、土地の人たちと融合して助け合おうといった話が多く、それは私が昔「田舎暮らしの本」という雑誌の取材をしていた頃によく聞いた話だったので、時がたっても考えることは同じなんだなと失望しかけたとき、「パティシエがいれば、若い人は田舎にいる」という若い女性の発言が紹介された。都会には美味しいケーキを売る店がたくさんあるけれど、田舎にはない。でも、それがあれば田舎にいてもいいという、今の若者ならではの発想である。
 意見発表の後、コミュニティデザイナーの山崎亮(やまさきたかし)さんと
建築家の伊東豊雄(いとうとよお)氏が対談したのだが、お二人もこの女性の発想に触れ、山崎さんは高知県の山の中に「ぽっちり堂」というカフェを開き、土地の野菜や果物を使ったお菓子をネット販売している若い夫婦の話をし、伊東氏はパリで洋菓子の修行をしてきた女性が地方で店を開き、美味しいのに安いのでよく注文しているという話をした。東京への一極集中はとっくに限界が来ているのに、何をどうしていいかわからず、とかく地方には文化がない、産業がないと大上段に構えて考えがちだが、「美味しいものを食べて、楽しく暮らす」という小さな幸せで生き方を決める若者たちもいるということを、私たちはもっと知るべきなのかもしれない。そして今は、そうした視点で若者が地方で生きていくための条件整備をしていく時代なんだろうと思う。
(2013.8.23掲載)

1.ライター稼業40年 2.地方のライター 3.ジ・アースとアトラス 4.アトラスの思い出 5.単行本第1号
6.調べる楽しさ 7.出版というオバケ 8.平均的読者像とルビ 9.文化の喪失 10.編集って、何
11.義士祭とベアトの写真 12.泣かせてしまった本 13.後に続くことば 14.原野に挑んだ人 15.視覚化の醍醐味
16.本の「顔」 17.書く力とは 18.文化財修復と犯罪 19.読む力と想像力 20.木蠟は何に使われた
21.宇和島のヘルリ 22.図書館とのおつきあい 23.サイド・バイ・サイド 24.土井中照さんのこと 25.本のお土産
26.予期せぬ出来事 27.題字は大事だよ 28.生きてるだけで丸儲け 29.掲載ビジネス 30.牛島のボンちゃん
31.おじいさんの自慢 32.編集者の言い分 33.書いてくれませんか 34.隈研吾さんと南京錠 35.幻の出版物
36.高島嘉右衛門と三瀬周三 37 声が聞こえる写真 38.翻訳 39.骨のある出版社 40.男っぽい文章
41.人生のダイジェスト 42.どう書いたら…… 43.消える仕事 44.近欲の風潮 45.運転免許の話
46.目に見える被害 47.過疎の町にパティシエを 48.講演は苦手です 49.カッコ付き市民の意見 50.父の信号
51.文化の繰り上がり 52.出版社の存在意義      
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