文化の繰り上がり

 数々のアニメーション映画を作ってきた宮崎駿監督が、引退宣言をした。その記者会見には600人を超える国内外の報道関係者が集まり、長時間のインタビューが行われたと報じられていたが、そのニュースを見て思ったのは、実写の映画監督が引退するとき、これほどの話題になるだろうかということである。なにしろ観客動員数は最多の「千と千尋の神隠し」が2340万人。日本映画で、これだけの観客を動員できる監督はいない。
 私は以前から、「サブカルチャー」と呼んでいたマンガやアニメの方が今やメインのカルチャーになっていて、これまでカルチャーとされていたものが押しやられている感じを持っていた。サブカルチャーの明確な定義はないが、漠然と、少数派が支持する、文化より下に位置するものとされてきた。社会を占める多数派が支持し、価値を認めるのが文化だから、そうでない似通ったものはサブということになったのだろう。
 かつて文学や美術、音楽、演劇といった文化は、教養とみなされる風潮はあっても、けっして高尚なものではなく、普通の人が趣味として楽しめるものだった。それがいつからサブに流れていったかというと、全共闘世代がサラリーマンになってからも、人前で、恥じることなくマンガ本を開くようになってからだという説がある。それが正しいのかどうかは社会学者にでも調べてもらうしかないが、70年代当時、権威に対する反抗として、アウトロー的なもの、蔑視されていたものが好まれる傾向は確かにあった。
 しかし、サブカルチャーがカルチャーになったのは、それだけの理由ではなく、自分の表現手段を求める若者たちが、文学や美術からマンガやアニメに志を変え、その才能を花開かせて質の高いものになったことのほうが大きい。その流れはもはや止めようがなく、創造の担い手がいなくなった文化のジャンルには、芸術に繰り上げられることもなく、衰退し、消滅しそうなものさえある。
 ただ、文化にも流行があり、爛熟(らんじゅく)すると消滅し、また別の形で出てくる。そこが面白いところで、文学や活字文化がどう変わっていくのか、これからも見守っていきたい。(2013.9.20掲載)

1.ライター稼業40年 2.地方のライター 3.ジ・アースとアトラス 4.アトラスの思い出 5.単行本第1号
6.調べる楽しさ 7.出版というオバケ 8.平均的読者像とルビ 9.文化の喪失 10.編集って、何
11.義士祭とベアトの写真 12.泣かせてしまった本 13.後に続くことば 14.原野に挑んだ人 15.視覚化の醍醐味
16.本の「顔」 17.書く力とは 18.文化財修復と犯罪 19.読む力と想像力 20.木蠟は何に使われた
21.宇和島のヘルリ 22.図書館とのおつきあい 23.サイド・バイ・サイド 24.土井中照さんのこと 25.本のお土産
26.予期せぬ出来事 27.題字は大事だよ 28.生きてるだけで丸儲け 29.掲載ビジネス 30.牛島のボンちゃん
31.おじいさんの自慢 32.編集者の言い分 33.書いてくれませんか 34.隈研吾さんと南京錠 35.幻の出版物
36.高島嘉右衛門と三瀬周三 37 声が聞こえる写真 38.翻訳 39.骨のある出版社 40.男っぽい文章
41.人生のダイジェスト 42.どう書いたら…… 43.消える仕事 44.近欲の風潮 45.運転免許の話
46.目に見える被害 47.過疎の町にパティシエを 48.講演は苦手です 49.カッコ付き市民の意見 50.父の信号
51.文化の繰り上がり 52.出版社の存在意義      
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