A DAY IN THE LIFE
この人を見よ!・・・ ある男の恐るべき情念のストーリー
Y.MARUKAWA 
男の遊びの普遍の3大要素、「飲む」、「打つ」、「買う」の享楽をすべて拒絶したとしたら、
その人生において、男は一体、他の何に生きる喜びを見出すのであろうか?
仕事があるじゃないか、なんて野暮は言っちゃいけない。私は遊びのことを言っておるのです。
これから登場する「永井さん」もこの3大要素と全く無縁なお方である。彼は酒、煙草はやらないし、
コーヒーも飲まない。美食にも一切興味なしである。パチンコ、マージャンンなんてとんでもない。
カラオケは人に連れられて何度か行ったことがあるらしい。ところが彼が歌うといつのまにか
今まで聞いたこともない不思議な歌になってしまうことを、ある人に指摘されて以来、
足が遠のいているということである。
最後の女に関してはどうだろう。残念ながらその影を感じるどころか、その方面の話を彼がしているところを
誰ひとり見たことがないという徹底ぶりである。キャバクラがどんなところであるか彼は知らない。
念のため、ここで断っておくが彼はゲイではない。
しかしどうだろう。ここまでクリーンだと何かこう、宗教的な匂いが漂ってきそうではないか。
どことなくモル○ン教徒のような暮らしぶりであるが、彼はいかなる宗教も信奉していないのである。
私は以前、そんな彼の風評を耳にし、さぞかし退屈な男だろうとタカをくくっていたが,実際はいかなる
人物であるのか。そして世俗の遊びを捨て、修行増もたじろぐ程のそのライフスタイルを貫きながら、
彼が体現した生きる喜びとは・・・。
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彼が見出した唯一の生きる喜びとその証。それはなんと、「単独での本格的なモトクロスランドの建設」
なのであった。何故、そう思うに至ったか、その経由に関しては不明である。彼の性格からしてこれで一儲けして
やろうと思ったわけでないのは確かなようだ。ましてやエベレストの初登頂に成功したマローリイ卿のように、
「そこに山があるから」、でもないだろう。私が察するには、例えばロビンソンクルーソーの冒険記を読んだ
少年が、自分も秘密の陣地を造りたいと思う気持に、限りなく近かったのではないかということである。
動機としては本当にこれで必要充分である。そしてこういう種類の思いはその単純と簡潔さ故に、男としての
本能的なスピリッツの奥深くに根ざしているものであるから、時として強大なマンパワーを発揮する場合があるのだ。
歴史を変えてきた偉大な男達の「力」の根底にある思念というものも、もとを正せば彼と同様に驚くほどシンプルで、
他愛もない純真から発せられているものであると、常々私は思っている。
だからこそ私は虚心坦懐の賞賛を惜しまない。男のモチベーションの源は皆、同じ。ボールズパワーだ。
ややこしい注釈や、もっともらしい大儀なぞ持ち出す必要はないのである。

とにかく彼は、この壮大で途方もない計画の実現の為に、持てる全精力とそのリピドーのすべてを
注ぎ込むことになった。誰かさんのように酒と女にうつつを抜かしてる場合ではない。
機は熟し、賽は投げられた。真に生きようと思う男たる者、皆、この内なる「ルビコン川」を渡らねばならぬ・・・。
意を決した後、先ず彼は即座に貯金をはたいて、それを山の購入と中古のブルとユニックに当てた。
山を買ったと言えば驚く人がいるかもしれないが、
彼のように何の遊びもやらない人は、傍から見れば予想外の金を結構、貯め込んでいるもんである。
それから永井さんは大胆にも仕事を辞めた。夜明けと共に、たった独りで作業に明け暮る毎日が始まった。
当時の彼の住まいは、夜露をしのぐ為に山の麓に建てた、わずか3坪程のブリキの小屋であった。
地面からの湿気だけは避けなければと、床はコンクリートで固めた。幸いにも友人が生コン会社に勤めていたので
余った材料をタダで流してもらったのである。入り口には虫除けの蚊帳を張った。次に経費削減を兼ねた
食料の確保とばかり、小屋の周囲の土を掘り起こし野菜を植えたりしたが、
はじめの頃は土質が栽培に全く合わず、雑草ばかり生えてきたという。
いや、それよりも深刻な問題は収入が途切れてしまった為、当然の帰結として、半年も経たないうちに通帳の
残高がたちまち底をつき始めたことだった。普通の人間ならこの辺りでもとの生活に帰ろうと遁走を企てるはずだ。
しかし彼は違った。我々の想像を絶する自給自足の生活で窮地をしのぎながら、挫折するどころか
夢の扉をこじ開けようと、まるでドンキホーテさながらに猪突猛進していったのである。
当初、周囲の人たちは永井さんが日頃の禁欲の度が過ぎて、とうとう頭にきたと思ったらしい。
ごもっともな話である。今でも私は、その頃の彼が毎日、どうやって口に糊していたか恐ろしくてとても聞けない・・・。
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ある程度の覚悟は出来ていたものの、いざ着手してみると彼の予想をはるかに越えて作業は実に困難を極めた。
彼の買った山は相場からするとかなりお買い得だった半面、その分傾斜が思い切りきつかった模様だ。
おまけに表面の土を掘り起こすと、その下にはいかんともし難い硬い岩盤が 
幾所にも隠れていて、苦闘する彼をあざ笑うかのようにその存在を強く主張し、道開けを拒み続けた。
急峻な坂の途中で重機がバランスを崩して横転し、命を落しかけたことが何度あったろう。
またこれは経験者にしか分からないことだが、長時間の重機の操作からくる激しい震動のせいで
頭が朦朧としてくる上に、手足がしびれを起こし体中の関節が痛みで悲鳴をあげた。
そして日が傾きはじめる頃になると必ずといっていいほど耳鳴りが始まった。
彼の場合はそれに追い討ちを掛けるように持病の腰痛が悪化し、昼夜を問わず彼を苦しめた。
いよいよ追い詰められた彼は、やがて生命の危機を感じ始めた。
「もうダメかもしれない・・・」、栄養失調寸前の粗食にあえぎながら、しかし永井さんは奇跡的に持ちこたえた。
彼の説によると、もうこれが限界だと思っても、まだ本当は体の中に余力が30%ほど残っているらしい。
そしてその隠れた余力をいかに引き出すかが問題だという。先ずそれには、自分が今やっていることの
「意味」や「価値」を絶対に自問しないことであるらしい。苦しいときは思考を完全に停止して、歯を食いしばり
ひたすら行為の発動だけに専念する。考えようとする精神を無理やり封じ込め、昏睡させて、
肉体だけの存在になる。これが秘訣だそうである。
なるほど、そうなのか。確かに、人は大きな壁に突き当たると懐疑的になった心の中で、
果てしない肯定と否定の暗闘を繰り返し、最後には疲れ果てて自ら白旗を掲げてしまう。
言い換えれば、人は考えるから絶望もするのだ、と彼は言いたいのだろう。なかなか含蓄に溢れ哲学的である。
関西風に分かりやすく言えば、つまり、「もっとアホにならなアカン」ということか。そうでっか、永井さん?(笑)。
またこれは彼が後で教えてくれた貴重なテックであるが、例えば腹が減ってどうしようもない時は、
塩を少し混ぜた水を2Lほどカブ飲みし、ズボンのベルトを力いっぱい締め上げる・・・。
そうするとしばらくは空腹を忘れていられるそうだ。
彼はこれをほぼ毎日、繰り返したらしい。私のような凡愚にはとても真似ができない技である。

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作業の開始からおよそ8ヵ月ほど経ったある日、険しい山肌の中腹を縫うように、一本の細い線が両端で繋がった。
その輪はバイクが一台、どうにかやっと通れる程の道幅であった。
コースに立ちはだかる最後の岩をユニックで打ち砕いた後、
彼は奇声を発して操縦席から飛び降りるなり、傍らのKMX200に跨った。そして「抜けたぞ!抜けたぞ!」と
大声で叫びながら、出来上がったばかりのルートを、気が狂ったようにいつまでも走り続けたそうである。
実際、その頃の彼はオツムの方も、もうかなりアブナイ状態であったことは想像に難くない。
夢をかなえる者に共通しているのは、彼らがその内面にある種の「狂気」を宿しているということである。
自己崩壊の危機と背中合わせの偏執的で甘美なロマンチシズム。なにがなんでも夢を実現させようとする
堅固な自我の裏側に隠れた、強烈な自己愛とナルシシズム。そして何度打たれても、突き落とされてもその度、
崖からはいあがってくる化け物のような生命力と凄まじい執念・・・。
私には欠落しているこれらの資質のことごとくを、彼らは溢れんばかりに兼ね備えているのだ。
かくして永井さんの血と骨と辛苦の結晶である「宇和島オートランド」は、それから10年以上の歳月を費やし
て拡張と増設を繰り返した。現在ではフルコースで全長2,8KM、平均コース幅は6M、その中に長さ15Mの
テーブルトップをはじめ、それぞれ2個の4連ジャンプとウォッシュボード、さらに最大傾斜角75度の長大な
ダウンスロープを備えている。とりわけ、変化に富んだ自然の地形をそのままに活かしたそのレイアウトは
まさにヨーロッパスタイルを彷彿させる雄大なマウンテンコースの威容を呈し、見るものを圧倒する。
そして今や県内、いや西日本屈指の本格的なモトクロス場のひとつに数え上げられるまでの成長と変貌を遂げた。
さらに、MFJ四国選手権の開催と運営においても、この「宇和島オートランド」は欠かすことの出来ない重要な
役割を担うと共に、その振興に多大な貢献を果たしているのである。われ皆、恐るべし、ミスターナガイ・・・。
私はその景観を含め、個人的にもこのMX場がとても気に入っている。特にコース中盤のテーブルトップを降りて
美しい杉林のなかを右に向けて駆け上がり、緑の風が漂う木立の奥へ再び下っていくラインは、
壮快であると同時に、独特の情趣と佇まいがあり、走りながらうっとりとしてしまうほどである。この感覚は
平坦な場所に土砂を運んで造られた、無機質の人工的なコースでは、決して味わうことが出来ないものだ。 .
スロットルを開けながら、たまらず私は感嘆の声をあげる。「素晴らしい、実に素晴らしい!」

永井さんは情操の面では不器用を絵に描いたような男だが、こういう男こそ、我々は大事にしなければならない。
彼が成し遂げたことは「偉業」と呼んでも決して過言ではない。それに彼はこの輝かしい王国の主なのである。
後ろにひっくり返るほど胸を張るべきだ。もうホントに、私としては教祖として祭り上げたいくらいの気持ちだが
せめて彼の方へ足を向けて寝るのだけはやめようと思っている(笑)。
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・・・永井さん、「だんまりもんの事起こし」とかなんとか言われようが、気にしちゃいけない。
あなたの代わりに私が声を大にして奴らに言ってあげよう。
「やる前から理屈ばかりこねるんじゃねえ!口では何とでもいえるんだ」 .
「男っつうのはな、行動がすべてなんだ!この、タマなし野郎め!」 .

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さて、ひとつの大きな頂を乗り越えた永井さんの新たなゴールは、これから何処に向かうのか。
驚くなかれ、それは全日本モトクロス選手権の四国ラウンド開催を見据え、ノミネートに相応しいコースの再構築と
設備の充実を図る、ということであるらしい。う〜ん、さすが永井さん、お見事である。
そんな訳で、かのナポレオンしかり。真の男の野望というものは万国共通、とどまることを知らないのである。
とにかく、世界遺産(!)とまではいかないまでも、何処に出しても恥じることのない、彼の情熱の発露と
目を見張るその結実に、私は心底から敬服し、脱帽せざるをえない。そして私は予測不能の
今後の彼の動向に注目しつつ、熱い期待と恐れを抱きながらも、明日への更なる飛躍と大いなる発展を
願ってやまないのである。 .
最後に。私は思案する・・・。
今日まで彼を、これほどまでに力強く前進させ、支え続けてきたものは何なんだろうと。
そして私は今、確信を持ってこう思うのだ。
それは、彼の魂の奥深くに宿り、たゆむことなく鬼火のように燃え続ける「男の情念」であると。 .
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さあ、みんなで元気よく「宇和島オートランド」に繰り出そう!
そこでは今日も、巻き上がる土埃の中で、彼がまるで自分の手足のように操る重機の音が轟々と空高く鳴り響き、
逃げ惑う小鳥達のさえずりが優しく僕らを迎えてくれるに違いない。                    
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追記(重要):
永井さんの話によると、今年の夏までには、山の湧き水を利用した大浴場(無料)をコースの一隅に
建設予定ということである。また盛大なオープニングの万全を期して、日本オフロード界が世界に誇る
5大スーパーエグゼクティブ、すなわち、渡辺 明、寺崎 勉、山村 レイコ、加曾利 隆、ウィーリー松浦の各氏に
招待状を送る準備をすすめている。そうです!永井さんはとことんやるんである。
願わくば、当日のこけら落しは是非とも露天の、しかも混浴で敢行されることを強く提案したい。
わが国の文化とアウトドアをこよなく愛する私のささやかな希望であります。
それにしても、これはえらいことになりそうですぞ!期待のあまりもう私は、夜も眠れない・・・。
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[ 宇和島オートランドMAP&アクセス ]
四国選手権 第6戦 2004
宇和島エンデューロエントリーリスト
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