西法寺(さいほうじ)の縁起



H9/3/30撮影



 開 基
 斉明七年(661)斉明天皇が伊予の国熟田津(にきたつ)に御船泊、霊夢を感じ、国司乎智宿弥守興(おちすくねもりおき)に勅して、法興律師(ほうこうりつし)を迎え伽藍を建立し、大樂山東光院西方寺と(西法寺)号した。
 古 代
 天武九年(680)天武天皇が道後温泉に行幸されたとき、皇后の病気平癒のため西法寺に祈願。その御礼に薄墨の綸旨(りんじ)と桜を賜る。この桜が後に薄墨桜と称される。
 平安時代、西法寺は現在地より奥の勝岡山(かつかさん)にあり、天台宗に属し七堂伽藍を備え、二十二の子院を持つ一大精舎であった。
 中 世
 弘安年間(1280頃)戦乱の世に荒廃していた西法寺を河野通有(こうのみちあり)が再興。釈迦如来座像(県指定文化財)を奉納。
 天正十三年(1585)秀吉の四国征伐により諸堂が炎上、その後現在地に移転。
 近 世
天保十四年(1843)本堂を再建。
文久三年(1863) 薄墨桜の玉垣を造る。
明治三十五年(1902)仁王門を再建。
昭和三年(1928)鐘楼堂を再建。
 現 代
平成六年(1994)阿弥陀堂・庫裡・位牌堂を増改築。

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