【南海治乱記】・・・板東郡芝原と云ふ所に久米安芸守義弘と云者あり。讃岐守云ふ甲斐なく亡びしことを憤りて実休を討んと計り傍輩を集め窃かに奇計を廻らし主君の恨みを報んとす。佐野丹後守、野田内蔵助、仁木日向守、小倉佐助等、心を一にして勝瑞のことを窺ひける。細川家の眷属従類の親みある者、又は譜代の恩顧の者共、密々に之を聞て五騎十騎宛馳せ加はりて二千余人、芝原に集る。実休方にても是を聞て馬廻り、寄騎の者、町人迄も鎧を固め二千余人、馳せ集りて要害を厳しく相守る。
芝原と勝瑞は其間僅かに一里なれば、互に是非を告来ること櫛の歯を引くが如し。安芸守計て曰く、兵は実を避て虚を撃つ、勝瑞は我が向ふと聞て兵を備ふることあり、先ず一宮を討つべしとて其日も昏て夜打にこそしたりける。俄かのことなれば長門守防ぎ兼て既に戦死せんとする処に、家人、木村備前と云ふ者馳せ来り屋敷裏より走り入て長門守えお連て脇道より脱出ぬ。敵多く乱れ入て長門守が妻女を引具して帰る。城兵少々集りて懸合せ止んとすれども敵は多兵にして力相及ばず、口惜かりし事ども也。長門守が妻は実休の妹なれば是を人質に取て戦に赴きける。入道実休、是を聞て不安に思へども力なし。先ず淡州へ使を遣して安宅、野口は兵を呼で一千余人、時を移さず渡海す。阿波の上郡の兵一千余人、一日が内に馳来り二千余人を以て中富表に打て出つ。
久米方にも兵を揃て黒田表に打て出て、互に川を隔て相臨む。久米方の兵少きを見て、実休川を渉り戦を始む。久米方少兵と云ども主君の為に一命を奉り出たる兵なれば、少しも疑議せず攻め戦ひ、四角八面に切て廻る。佐野丹後守、野田内蔵助、仁木日向守、小倉佐助は上方の戦に其名を顕したる勇士なれば誠に一人当千と謂べし。野田内蔵助と淡州の兵将野口肥前守と互に言葉を交し名乗合て太刀打し、引組差し違へ二人共に死けり。安芸守も馬駆出し大音揚げ、譜代の主君屋形の御敵に一太刀撃て黄泉の恩に報ず、国人に義を知る者あらば見置て語り伝にせよと名乗て馬より飛下り、大長刀にて四方八面あたりを払て切て廻れば、我も人も共に傍輩のして恨みなし、義の当然にして身を捨る人よとて涕を流す者こそあれ、出て太刀打する者なし。いざとよ若武者ども出て此の老武者を打留ずやとて、能き武者二百騎ばかり群たる中へかけ入ければ、中を明て通す。安芸守、きたなし、戦はずやとて追かけ追つめしけれども討留る者なし。老武者かけ走に疲れて長刀投捨て、上帯切離ち腹かき切て失にけり。
其外、一陣に出たる者共、我役所に火をかけて死するもあり、敵の中に切入て死するも有て、ここに盡きぬ。細川頼春より国に道ある跡の余波（なごり）、此の一挙に止りける。 （細川家旧臣、実休を謀るの記；巻之六）
