第500回記念祝賀会

 平成22年2月13日(土)、新居浜小児科医会第500回記念祝賀会がリーガロイヤルホテル新居浜で開かれました。

記念講演育児支援の視点からみた小児救急医療システム

講師   松山赤十字病院成育医療センター長 

                            小谷 信行先生*

1.はじめに 

 新居浜小児科医会第500回記念おめでとうございます。私自身も昭和53年から2年間参加させていただきましたが、その頃が始まって十年くらいたっていましたから、それから三十年あまり続いていることになり、しかも各回の記録が残されているということで、素晴らしいの一言に尽きると思います。真鍋先生、故三崎先生はじめ、多くの先生方に大変お世話になりました。いろいろな思い出があり、若き日の未熟さと元気のよさがあいまった情景が頭に浮かんできます。
 さて、この記念すべき会に特別講演をさせていただくことを誠に光栄に感じ、感謝申し上げます。新居浜で仕事をさせていただいたころから、三十数年がたち、われわれ小児科の医療も子どもたちの育つ環境も大きく変化してきました。今回は育児支援と救急医療という二つのキーワードでお話をさせていただきます。

2.育児支援をおこなう成育医療センターの設立

 少子化の進行、さらに児童虐待や親の育児不安などが、社会問題として取り上げられるようになってから長い期間が過ぎていますが、有効な方策がなかなか見つからない現状があります。そのなかでそれぞれの小児科医は、子どもやその家族と直接触れ合う第一線の現場で、大変な工夫や努力をしてきていると思われます。しかし、小児科医のみの努力や犠牲のみで、この問題が解決するには対象範囲が大きく、しかも多くの時間がかかりすぎると考えられます。つまり育児支援は1020年という「継続性」のある支援と多くの人々がそれぞれいい距離でかかわる「関係性」が必要と思われるからです。
 現在の日本の各地域での育児支援を考える概念として「継続性」と「関係性」を挙げたいと思います。
 この点から総合病院の機能は他職種の専門家がかかわりやすいこと、医療を通して「関係性」が作りやすいこと、継続して長期にかかわることができることで「継続性」がもてることから育児支援の中心的存在として機能しうると思われます。
 松山赤十字病院では2004年に成育医療センターを設立し、産科と小児科を一体化した成育医療の実践を開始しました。成育医療とは「胎児期から成人になるまで子どもとその家族を医療、保健、心理などの面から一貫して支援する医療」です。(図1)

成育医療における主な実践活動

1)胎児カルテの作成
 妊娠
3カ月から胎児のカルテを作成し、胎児の医療情報、母親に関する情報、経済社会の環境などを記録しこのカルテは成人になるまで継続され 情報の集約化、共有化の重要なシステムになっています。
2)マタニティーサポート
 カウンセラーなどによる妊娠中からの総合的心理的サポートを行います。
3)ハローベビーカード、ハローママカード
 データベースに基づいた電話相談システムを行っています。

4)成育医療カンファレンス
 胎児期から思春期までの症例を中心に産科医、小児科医、助産師、看護師、カウンセラーなど病院内の多くの職種が参加して毎週行われ、育児支援も含めて具体的な行動計画が立てられます。
 しばしば、地域の児童相談所、保健所、子育て支援室、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校などの参加があります。

5)成育医療ボランティアによる育児サポート
 心理学の講座を
4年間終了した方を成育医療ボランティアとして参加していただいています。2010年1月の段階でその数は82名になりました。まったく無償で活動していただき、その活動は院内のスタッフにも大きな励ましとなっています。主な活動は、傾聴ボランティア(健診の前の聞き取り)、保育ボランティア(入院中の子どもさんと遊ぶ)、ソーシャルスキルトレーニングボランティア(発達障害の子どもさんと保護者のトレーニング)の三つです。
6)学校連携 
 慢性疾患(白血病、若年性特発性関節炎、ネフローゼ症候群、重症食物アレルギー)を持った子どもや不登校、発達障害など心理的なサポートに必要な子どもさんに対して、保護者、学校(校長、教頭、担任、学園主任、養護教諭、学校カウンセラーなど)と医師、病院カウンセラーなどが具体的な支援を話し合う連携の会議です。

現在松山赤十字病院では産科医 8名、小児科医 14名、心理カウンセラー 6名 管理ボランティア 3名 医療秘書 3名で 成育医療センターの活動を行っています。
 もちろん助産師、看護師、薬剤師などの多くの医療スタッフも参加して成育医療を実践しています。院内だけでなく、地域の中で産科医、小児科医、学校、保育園、児童相談所、保健所などの地域の各機関との連携を行い、ネットワークを形成し、医療、家庭、地域の関係性をとりながら育児支援を行っています。(図2)
 成育医療のシステムは特に子育て不安の解消や児童虐待の予防には大きな効果をあげていると思います。育児経験の少ない母親、父親にとって妊娠中からいろいろな不安が多いと思われます。また、児童虐待の予防には保護者の孤立を防ぐことが最も効果があるといわれています。たとえば心理専門の成育医療ボランティアが、産科、小児科の診察の前にお母さんやお父さんから気楽にゆっくりとお話を聞きながら、その情報を看護師、助産師、医師、カウンセラーに伝え、それぞれにあった支援をしていくことは大きな成果をあげていると考えます。
 具体的に強い支援が必要なケースでは、院内で関係者が集まる成育医療カンファレンスの場で検討され、支援が始まります。時には院外から福祉、保健などの関係の方に成育医療カンファレンスに参加していただいています。
 おどろいたことに成育医療ボランティアの新生児、一カ月健診の傾聴が始まるまえは2〜3%だった支援の必要症例が、2009年の統計では22.3%の方が何らかの支援を必要としたという結果でした。少子化で少ない子を大切に育てる意識が強く力が入りすぎて不安が強くなることに加え、育児経験(子守経験)なく出産される方が増えてきていること、さらにはインターネットやメディアからの不確定情報の多さなどが重なって、育児はストレスの多いものになっている現状を表す数字ともいえます。多くの育児支援システムが必要と考えられます。

3.松山市の小児救急医療

 夜間の家族の不安や医療ネグレクトを減らすためには小児の救急医療とくに夜間の小児医療システムは地域の育児支援にとって大変重要なものであると考えられます。松山市では平成14年から夜9時から翌朝8時まで小児科専門医による一次救急対応を松山市急患医療センターで開始しました。(図3)
 それまで年間4000人あまりであった小児受診者数も、それ以降1万2千人あまりになり約3倍になりました。しかも2歳までの乳幼児が43.2%を占めています。このことは若い、経験の少ない保護者に対して、大きな育児支援になっており、医療ネグレクトの予防や育児不安を減らす大きな役割を果たしていると思われます。
 二次救急は愛媛県立中央病院小児科と松山赤十字病院小児科が当番日を決めて対応しておりタライ回しは全く起こっていません。
 また、適正受診を促すために子どもの救急ガイドブックを作成し、配布とともに保健所の医師による子どもの救急講座などに利用され啓蒙活動に効果をあげています。

4.ワクチンという育児支援

救急患者を減らし、育児不安を減らす、もうひとつの大きな武器は、Hibワクチン、肺炎球菌ワクチン、インフルエンザワクチンなどの予防接種です。
 乳幼児の救急受診の理由の一つは発熱で、髄膜炎などの可能性を否定しきれないことがあります。とくにHibワクチンや肺炎球菌ワクチンは4つの恩恵があると思われます。

1) 疾病予防により子ども自身が恩恵を受ける。
2) 子どもが病気にならなければ、家族経済的負担、精神的負担が軽減される。
3) 医療従事者も、発熱児に対して髄膜炎を心配せず、ある程度安心して診療できる。
4) 医療全般にも抗菌薬の適正使用が可能になり耐性菌抑制につながる。

 われわれは、救急医療のシステムを充実させるとともに、疾患の予防にも努める必要があると思います。それがひいては育児支援につながると考えます。

5.今回の新型インフルエンザの流行と小児救急医療システム

 今回の新型インフルエンザの流行は松山市でも救急医療をパンクさせる勢いがありました。幸いなことに混乱した部分はありましたが、一次救急、二次救急ともなんとか凌ぐことができました。
 図4に示すように、松山市急患医療センターでは8月の第4週から患者さんがみられ、11月の第5週から流行が大きくなりました。ピークは11月の第3週で本来のスタッフに加え、応援医師、応援看護師で対応し、その機能が破たんすることなく、大きな混乱もなく対応できたと思います。1月末にはほぼ流行も終息してきています。
 二次救急病院である松山赤十字病院の入院患者さんは図5のように脳症15名、肺炎63名、脱水や熱性けいれんなどその他が48名で計126名でした。重症患者さんはいましたが、早期治療により、死亡や後遺症はなく回復しました。
 脳症や肺炎はインフルエンザ発病後半日から1日の早期発症が多くみられ、逆にこれだけの患者さんに十分対応できたことは、松山市の小児救急医療システムが、このようなパンデミックにも有効であることが証明されたものと考えられます。

6.おわりに

 新居浜と松山は医療環境は少し異なりますが、松山方式の小児救急医慮システムが、新居浜でもはじまり、新たな病院、診療所、行政のチームワークが必要とされてきていると聞いています。子どもたちやその家族のために、ひいては地域のために新しい育児支援としての小児救急医療システムが展開されることを期待して、稿を終わります。

*:元新居浜小児科医会会員


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