愛媛県小児科医会は平成2年度の第15回総会(平成3年3月10日)で、現在愛媛県の全市町村が実施している「零歳児医療費無料制度」の対象を、拡大するよう関係機関等に要望していくことを決めた。
竹内健三会長は平成3年度早々、愛媛県医師会館に吉野章会長を訪ね、乳幼児医療を取り巻く社会環境の変化と全国の乳幼児医療費無料制度の実施状況などを説明し、愛媛県小児科医会が取り組んでいる三歳未満児医療費無料制度実現への理解と協力を求めた。
これを受けて、平成3年5月30日に開かれた愛媛県医師会と愛媛県保健環境部との懇談会で、「三歳未満児医療費助成制度について」がとりあげられた。
木村真理保健指導課長から、本件については県並びに市町村の財政的な事情などから、現在のところは中々実施困難ではないかという気がする、零歳児医療費助成制度は現物給付で定着しているので、今のところこの方法で実施していきたいと、現状肯定的な見解が表明された。
平成3年9月の第16回総会で、三歳未満児医療費無料化要望の現況が報告され、今後の対策の一つとして、先ず郡市医師会長と市町村長などに理解と協力を求めていくことが決められた。早速6地域の理事の代表者に「お願い」の文書(愛媛県小児科医会会報第20号1991年11月号参照)を送付し、それぞれの属する郡市医師会長と市町村長にお願いすることになった。
その後、宇摩地域、新居浜地域などから、医師会長は趣旨をよく理解してくれた上、同道して共に市長にお願いしてくれた、との報告が寄せられた。
その他の地域においても、所属医師会長はもちろん市町村長などに面談したり、「お願い」文を郵送したり、地域の実情に応じた働きかけがなされた。
市町村長などからは、趣旨はよくわかるが実施主体は市町村とはいえ、愛媛県の助成事業であるので愛媛県当局の意向に従う、との感触であった、という。
そこで平成3年11月に開かれた小児科医会常任理事会で、愛媛県当局に対するより効果的なの仕方が検討された。 その結果、あらゆる機会を捉え、役員一人ひとりが行政関係者に働きかけていくことになった。
ちょうどその頃、愛媛県医師会報11月号の「解説」欄で三歳未満児医療費無料制度が解説され、また同年12月、「患者さんへの医療情報」でも、最近実施された山口県や大分県の三歳未満児医療費無料制度がとりあげられたた。
一方、平成3年11月22日に岡山市で開かれた中国・四国小児科医会協議会(竹内健三会長出席)で、各県の乳幼児医療費無料制度の実態が報告された。それによると、各県ともに零歳児医療費無料制度を実施しているが、患者窓口負担なし、定額一律負担あり、所得制限あり、償還方式(全額、8割)、などまちまちであることがわかった。
また山口県は唯一の全県三歳未満児医療費無料制度をとっているが、所得制限があり、償還方式である。
郡市では、香川県、島根県、広島県など無料制度の対象が乳児だけでなく幼児のところもあるが、その数は少ない。その中で、高松市は平成4年4月から、三歳未満児の医療費無料制度を発足させる(従来は二歳未満児)と報告され注目された。
平成3年12月8日、東京で開かれた日本小児科医会臨時代議員会(三崎功常任理事出席)でも乳幼児医療費無料制度の対象拡大などが大きな話題となった。
このように現今、全国的に乳幼児医療費無料制度の充実がされているが、軌を一にして愛媛県小児科医会もこれまで約1年間、会員各位の協力により乳幼児医療費無料制度の対象拡大のため努めてきた。1.57が流行語になったのはつい一昨年のことである。昨年は1.53と一層低下したにも拘らず世間はもうそれほど大騒ぎしなくなった。まだまだ低下しないという保証は何もない。恐ろしいことである。難しい人口推計学のお世話にならなくとも、今の18歳人口205万人が、18年後には五分の三の120万人に減少することは明白な事実である。現在の出生数は120万人であるからである。少産少死が今のままずっと続けば日本社会のあらゆる分野に未曾有の影響が出てくるのは必至である。
国は児童手当法の改正、育児休業法の施行など、子どもが健やかに生まれ育つための環境づくりと称する一連の政策を打ち出しているが、乳幼児医療費無料制度については一見冷淡である。
全国の乳幼児の多くが今までどれほどこの制度の恩恵を受けてきたか計りしれない。地方自治体でこの制度を導入していないのは数都府県に過ぎない現状を国はどう考えているのであろうか。「もう来月からお金がいるようになるのよ、病気になったらどうしよう」、と窓口で何とも言えない悲しそうな顔をする零歳児を持つ若いお母さんに、毎日のように接するのは私達第一線小児科医師であり看護婦達である。
愛媛県の三歳未満児医療費無料費無料制度実現化の道はなお遠い。その成果は目に見えなくとも、今後とも行政など関係機関に粘り強く働きかけていかなければならない。会員の皆様のご理解とご協力を切にお願いする。
(愛媛県小児科医会報平成8年3月号から)
しかも所得制限なし、給付制限なし、現物給付という完全な形の無料制度が発足したからである。
このような県下全市町村一斉に行われる完全無料制度は、全国的に見ても福井県、愛知県など数県で実施されているに過ぎず、先駆的な制度と言っても過言ではない。
愛媛県小児科医会が、「零歳児医療費無料制度」の対象年齢拡大を求め、関係機関等に働きかけることを決めたのは、4年前の第15回総会(平成3年3月10日)であった。その後、目標をはっきりと定め、「三歳未満児医療費無料制度」の実現を目指すことになった。
当時は、1.57ショック(平成元年の合計特殊出生率1.57が翌2年に発表された)が流行語になり、少産少子対策の重要性が各界で声を大にして説かれ始めた時代であった。しかしながら、零歳児医療費無料制度の対象年齢拡大は、県並びに市町村財政にとって大幅な負担増になるとの懸念から、自治体関係者は極めて消極的であった。
このような状況下ではあったが、小児科医会は一丸となり、愛媛県医師会や郡市医師会を通じ、あるいは直接、愛媛県や市町村関係者に機会あるごとに「三歳児医療費無料制度」実現を要望してきた。
特に、平成3年から4年にかけて、活発な働きかけを展開したが、当時の模様は、既に、会報第21号(平成4年3月号)の論説[三歳未満児医療費無料制度実現に向けての歩み」に詳しく述べているので省略する。
バブル崩壊と日本経済の低迷、自治体財政の悪化のなか、出生率は年々低下し、平成5年の合計特殊出生率はついに史上最低の1.46(愛媛県は1.54人でともに史上最低)となった。
国は早くから高齢者対策を推進していたが、その影に隠されていた少産少子対策が、ここに至り一躍脚光を浴びるようになり、厚生省はエンゼルプラン(子育て支援のための総合計画)を打ち出した。
文部、労働、建設省など各省もこれに協力し、殊に、労働行政の側から育児休業、保育サービスの拡大などが進められた。 その集約が、平成6年4月に発表された平成5年度版厚生白書で、その提言は、「未来を開く子どもたちのためにー子育ての社会的な支援を考えるー」であった。
このような大きな流れのなかで、愛媛県では、小児科医会の働きかけとは別に、公明党や市民グループなどからも「三歳未満児の医療費無料化」を求める声が次第に高まってきた。新聞の投書欄にもこの問題が度々掲載された。
平成6年3月の定例愛媛県議会で、伊賀貞雪知事は公明党議員の一般質問に答え、三歳未満児の医療費無料化を検討する協議機関を設置する考えを初めて明らかにした。同じ趣旨の質問は、前年の2月と9月の議会でも出されたが、その際は「検討したい」と答えたに過ぎなかった。今回はさらに一歩踏み込んだ答弁であった。
これを受け、愛媛県に乳幼児医療費助成事業検討委員会(会長:大塚忠剛愛媛大学教育学部教授)が設置され、その初会合が平成6年9月9日に開かれた。
委員構成は、県議会代表者4人、学識経験者3人、女性団体代表者3人、教育・福祉関係団体代表者3人、働く女性代表者3人、医療関係者5人、行政関係者3人、県職員3人の合計27人であった。医療関係者5人のなかの1人とした徳丸実氏(愛媛県小児科医会理事)が参画した。
その後、10月11日、11月11日に委員会が開かれ、平成6年12月16日、次のような画期的な委員会報告が知事に提出された。
1.乳幼児医療費助成事業のあり方について
○現行零歳児医療費助成事業の対象年齢を三歳未満児(二歳児)までとする。
○助成制限のない完全実施が望ましい。
1.県、市町村の財政負担について
○事業に係る費用の負担割合は、現行と同じく、県、市町村それぞれ1/2とする。
○制度拡大にあたっては、全市町村の合意が得られるよう考慮し、足並が揃うようにすべきである。
本検討委員会で審議中の11月、愛媛県医師連盟執行委員会で、次期愛媛県知事候補として伊賀貞雪現知事の推薦が決まった。
11月27日、知事と三師会(愛媛県医師会、愛媛県歯科医師会、愛媛県薬剤師会)との間で、7項目からなる政策協定が結ばれた。
その1項目に、「乳幼児の疾病の早期発見と治療の促進を図るため、乳幼児の医療費助成制度を拡充する。」が明記された。
愛媛県は、知事に提出された委員会報告に基づき、乳幼児医療費助成制度の拡充について全市町村及び関係団体と協議を進め、関係各機関の同意を得た上で、平成7年4月1日から三歳未満児医療費助成制度の完全実施を決定した。
平成7年2月、愛媛県の7年度当初予算に、三歳未満児医療費助成制度実施に要する愛媛県負担分8億4763万円が計上され、4月1日から新制度が発足した。
新制度が発足して既に半年が経過した。多くの乳幼児がこの制度の恩恵を受けている。子どもたちはその制度の有り難さを何も知らない。しかしながら、その親たちは、この思いがけない新制度の発足を素直に喜び、愛媛県住民であって良かったと話し合っている。
また、これから結婚し、やがて父親、母親となる若者にとっては新制度は大きな福音であるに違いない。 小児医療に携わる医師にとっても、新制度発足は正に僥倖と言わざるを得ない。
患児、家族の自己負担を考慮することなく、必要かつ十分にその専門性を発揮することが出来るようになったからである。
現在、中央で小児科保険医療に”まるめ”導入の動きがあると言われている。”まるめ”が導入された場合、新制度の果たす役割は計り知れない。