第381回新居浜小児科医会(1999/11/17)

  特別講演

小児気管支喘息の吸入療法の吸入療法

                         大阪府済生会中津病院小児科 免疫・アレルギーセンター部長 末廣 豊

  講演要旨

                                        
1.小児気管支喘息の最近の考え方
 最近気管支喘息について以下の点が強調されている。1)気管支喘息の病因として気道のアレルギー性の炎症が重要な役割を果たしている。非発作時には必ずしも可逆的ではなく不可逆的変化(リモデリング)がみられる。2)治療はアレルギー性の炎症を抑え薬剤、とくにステロイドの吸入による予防・管理が大切である、ということである。
 これらは、成人喘息の気管支肺胞洗浄や生検などに基づくところが多い。
 しかし、小児ではこれらの検査は困難な事が多く、小児でも同様に非発作時に慢性アレルギー炎症や、非可逆的な変化が起こっているのだろうか、という疑問が当然出てくる。

2.小児喘息の特徴とステロイド吸入の問題点
 小児喘息でβ2刺激剤が非常に良く効くタイプでも、発作間欠期にアレルギー性炎症あるいはリモデリングが起こっているのかどうか。あるいは、感冒罹患時にのみ発作が起こるいわゆる喘息様気管支炎タイプや、季節性に悪化するタイプ、運動誘発でのみ起こるタイプの発作間欠期にも慢性のアレルギー性炎症が起こっているのかということは今後解決されなければならない問題である。
 2)に関しては、小児喘息においては、成人喘息とは異なり、ステロイドの吸入が軽症からの第一選択では必ずしもない。すなわち小児は環境の影響が強く、約95%の症例でダニ抗原が陽性であり、アレルゲン除去を含めた環境調整が非常に重要で、また有効ある。

3.小児気管支喘息のガイドラインにおける吸入療法の位置づけ
 1998年8月、従来のガイドラインにさらに改訂が加えられ、厚生省班研究の一環として「喘息予防・管理ガイドライン」が発刊された。新ガイドラインにおける吸入療法の位置づけについて述べる。

 急性発作
 小発作、中発作にはβ2刺激薬の吸入、大発作、呼吸不全にはβ2刺激薬and/or酸素吸入が第一選択で用いられる。中発作以上では、アミノフィリン点滴、大発作以上ではステロイド点滴、イソプロテレノールの持続吸入療法が行われる。
 長期管理
 小児気管支喘息のステップ1の軽症間欠型では、β2刺激薬(吸入/経口)の頓用と抗アレルギー薬(経口/DSCG)、ステップ2の軽症持続型ではそれにキサンチン製剤を追加するとなっている。続いて、中等症持続型のステップ3では、DSCG+サルブタモール液の吸入(2回/日)を追加する。それでもコントロールできない場合の中等症持続型のステツプ4ではじめて、BDP吸入を200〜300μg/日で開始するとしている。さらに重症持続型の場合はステップ5、6、7と重症度が増すにつれて、BDPの増量、長期入院療法が行われる。

4.軽症喘息における気道過敏性とECP
 13例(7歳から18歳、平均年齢11.3±3.5歳)の軽症気管支喘息において、メサコリン吸入テストによる気道過敏性と、同時に血清ECPとを測定した。これらの症例は、最終発作からの経過日数が平均308.9±392.1日で、全例軽症、多くが自分の気管支喘息はもう治りかけていると信じている人たちである。検査前の%一秒量は正常の92.5%、気道過敏性の指標であるPC20の幾何平均は、490.9μg/mlであった。ECPは32.5±5.2μg/L。
 正常値+2SDは16μg/Lといわれており、16μg/Lより低かったのは二人だけであった。これらのことから、小児においても成人と同様、ほとんど発作がなくても、気道過敏性はなお高く、好酸球性の慢性炎症が持続していることがわかる。

5.ステロイド吸入療法導入の時期
 現在、ステロイド吸入療法(BDI)をしている28例について、非発作時のフローボリュームカーブの形から、末梢気道閉塞群16例と良好群12例に分け検討した。BDI投与量、BDI継続年数、気管支喘息発症年齢、開始前重症度、現在の重症度、開始前入院回数、開始後入院回数については両者の間に有意差はなかった。しかし、現在の年齢は、閉塞群が18.4±8.3歳、良好群が11.1±3.6歳、BDI開始時年齢は閉塞群が14.5±6.9歳、良好群が8.3±4.3歳、喘息発症後BDI開始までの年数は閉塞群が11.8±6.8年、良好群が5.3±4.8年でそれぞれ両者の間に有意差が認められた。これらのデータから、BDI開始が遅れると非可逆的な変化が起こるので、少なくとも年齢では8歳、発症後の年数では5年までにBDIを導入する必要があるのではないかと、考えられる。

6.吸入療法
 原理) 薬剤を粒子として浮遊させる(1〜10μm)。粒子の大きさに応じて沈着部位が異なる。
 吸入器の種類) MDI(Metered-Dose Inhaler、定量式吸入器具)、ジェットネブライザー、超音波ネブライザー
 吸入療法の利点と欠点) 吸入療法の利点は、1.速効性、2.薬剤の量が少量ですむ、3. 副作用が少ない、4.携帯できる、5. 操作が簡単。
 欠点は、1. 閉塞部位より末梢には薬剤が到達しにくい、2.効果が吸入手技に大きく左右される、3. 吸入補助具(スペーサー)が必要。
 吸入療法で使用される薬) β2刺激剤  吸入液、MDI
              DSCG    吸入液、パウダー、MDI
              ステロイド  MDI、 パウダー

7.吸入療法の実際
 吸入療法を安全に効率よく行うためには、患者指導、スタッフの教育が大切である。
 外来でのパンフレットの配布、吸入手技のデモンストレーション、喘息教室などで効果を上げることができる。

8.当科で経験したNear fata1 asthmaの問題点
 ここ10年間の間に19例のNear fata1 asthmaを経験したが、各症例における問題点を考えてみると、コンプライアンス不良、母子家庭、父子家庭、崩壊家庭、β刺激剤MDIの頻回吸入、入院拒否が目立つ。母子家庭,、父子家庭、崩壊家庭というのは,、喘息のコントロール不良ということに、社会経済的な問題が密接に関係しているということに他ならない。β刺激剤MDIの頻回吸入は、β刺激剤の吸入の副作用で喘息が悪化するのではなく、ステロイド吸入などによる抗アレルギー炎症治療が不足し、結果的には治療の不足、すなわち抗アレルギー炎症治療の不足ということを意味している。

9. 家庭訪問の実際
 15歳女児の一症例
 ステロイド吸入療法は、あくまでもアレルゲン対策が前提となることを以下の自験症例を提示して強調したい。
 症例 15歳女児
 3歳初発の気管支喘息。発作時のみの投薬で軽快傾向にあったが、93年頃(10歳)から、テオフィリン徐放製剤のRTCとDSCG定期吸人が必要となった。救急外来受診回数の経過を図1(省略)に示す。
97年12月からBDPを800μg/日に増量。RASTスコアは、97年、98年でそれぞれダニが5、6、ネコが0、2。
98年7月の最後の入院における、外泊とPEF値の関係を図2(省略)に示す。患児宅に家庭訪問をしダニの算定を行った。1平方メートルを1分間掃除機で吸引した結果は、寝室と子供部屋の粗ゴミの量は各々14.1g、17.9g、ダニの量は695匹と1128匹という膨大な量であった。また、ネコの毛も大量に見つかった。家族にはアレルゲン対策の重要性を力説、やっと、6匹のネコの貰い手が見つかりその後は発作が激減、99年1月以降は救急外来受診は皆無となった。
 現在ステロイド吸入は400μg/日でコントロール良好である。
 この症例では、ネコアレルゲンの増加と、それに伴うダニアレルゲンの増加が発作の原因になっていたと考えられる。

10.気管支喘息治癒への道のり
 小児の気管支喘息が良くなってゆく順序と言うべきものがあるとすれば、このようになるのではないか。すなわち、治療を継続しながら、皆と同じ生活が送れる。次に、発作のの強度、頻度が減少し、発作なしで過ごせる。さらに、小児ですから、運動しても喘息発作にならない、という状態を経て、薬なしですごせる(まず、発作時のrescue medication、続いて予防的に投与している薬剤)。そして、呼吸機能が正常である。究極の目標は、気道過敏性が改善し、正常化する。この長い道のりを、患者さん、ご家族を励ましながら一緒に歩み続けるのが私たちの仕事だと考えている。
 最近、色々な病気の成因について、遺伝的素因と環境要因とで考えるのが一般的になっているが、アレルギー疾患は遺伝的素因もさることながら、環境要因の影響がかなり強い。
 環境要因に対策を積極的に講じることにより、症状を随分と改善することができる。
 うまく行けば治癒も可能である。それを達成するためには、患者教育の一環として、アレルギー教室、スタッフの教育が重要である。

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