出鉛(貴鉛)

  

 

 小生のコレクションの中で、最も稀少にして変わり種として珍蔵する一品!別子銅山の貴鉛(出鉛)である。貴鉛とは粗銅に含まれる金銀成分を抽出する「南蛮吹き」の一工程で得られる鉛と貴金属の合金のことで、これから鉛分を取り除く「灰吹き」を行うと、いわゆる「灰吹き銀」となる訳である。住友家編纂「鼓銅図録」にも、「銅分を吹分る図・・合銅を炉の中に入れ吹き溶かし、汁にならざる程にし、鉄の道具を用ひて操れば、銅は上の方にとどまり、鉛は汁となりてながれ出づ。此の銅をしぼり銅といふ。鉛を出鉛といふ。かくすれば、銅に含める銀を鉛へ匂引出(よびだしい)づ。是をしぼり吹といふ。異国より伝へたる吹きかたなれば、南蛮吹ともいふ。  銀鉛を吹分る図・・出鉛を以て灰炉の中に入れ、炭火にて徐(しず)かに溶かし吹けば、鉛は灰の中に沈み、銀ばかり中央にあらはれ出づ。これを灰吹銀といふ。(一部、改字)」とある。

左図は、「住友の風土」(住友商事株式会社 発行)所載の「南蛮吹き」再現の場面である。炉から流れ出している“出鉛”の様子がよくわかる。もともと「灰吹法」は銀鉱石から銀を抽出する中国伝来の方法で、日本では石見銀山で最初に導入されたと言われているが、銅鉱石から粗銅、出鉛を経て灰吹銀を得る過程は、住友家独自の方法で日本有数の銅商として発展してゆく歴史の原点でもある。住友の祖、蘇我理右衛門が南蛮人の「白水(たぶん、ハックスリーなのであろう)」から修得したもので、その恩を永久に記念して、家号を「泉屋(白水を組み合わせた)」とし、その方法を南蛮吹きと唱えたと伝えられる。トレードマークの「井桁」の社章もまた「泉屋」に由来することを鑑みると、住友の歴史が、この一塊の“出鉛”に全て込められているといっても過言ではないであろう。

 

 

 さて、この出鉛であるが、東京の鉱物科学研究所で蛍光X線分析をしてもらったところ、Pb 38.7%,  Ag 28.8%,  Cu 22.5%,

Fe 3.3%,  Au 3.3%,  Si 1.79%,  Al 0.74%,  Ca 0.31%,  Ni 0.24% という結果を得た。金銀の含有比率も納得できるものである。珪素やアルミニウムは、別子鉱脈に普遍的に含まれる“礬土”の残留によるものであろう。さらに興味深いのは、ニッケルの存在である、と同研究所の井上氏は言う。別子のキースラガーには微量のニッケルが含まれることが特徴であり、一時は回収の対象にもなっていた。「成分的にも別子の特徴をよく表しています。このような中間製品が残っていること自体が珍しく、私も初めて見ました。実に驚きました。」とは堀 秀道先生のお言葉である。石見銀山から出土した「灰吹き銀」が、有形文化財級の扱いを受けていることを思うと、この出鉛もひょっとして新居浜市の文化財モノかな・・・??と何度も眺めては独りほくそ笑んでいる今日この頃ではある。