鍰（からみ）
これを鉱物と言うには、いささか躊躇する。言うまでもないが、鍰とは、荒銅を採る間吹きの過程において、銅分を多く含む“カワ”と分離されたいわゆる精錬滓のことで、“ドブ”とも呼ばれ廃棄される人工物である。成分は主として酸化鉄で、広瀬宰平などは、これを製鉄の対象として熱心にそのプラント計画も立てたらしいが、結局は幻に終わった。今も、旧別子、高橋精錬所近くには、うち捨てられた鍰の厚い堆積物が、何とも得体の知れない茶色の塊として川向かいに観察される。登山道にも、バラバラになった破片が至るところ散乱しており、入手するのにそう苦労はしないが、一見、汚れた１０円玉のような色合いなので、これを銅と間違ってお持ちの方が以外に多いのには驚かされる。小生もいままで、別子の銅を持っているので譲ってもいいという情報を得て、喜び勇んで拝見すること数度に及んだが、ことごとくこの鍰であったという失望の極みを経験している。
まあ、慣れればすぐに区別できるものなのだが、普通の岩石とは少し違う趣を持っているのも事実で、銅山跡でこれを見つけると、銅だ！と、そんな早合点な誤解を生じても仕方がないな・・とも納得して、呉れるというものは、鍰でも何でもありがたく頂戴することにしている。しかし、詰まるところ、カスで人工物の鍰など収集する価値もないというのが鉱物オタク一般の認識ではないだろうか？？
と書くと、お前は鍰を余りに馬鹿にしている、鍰だって貴重な歴史の証人だ、研究すれば何か新しい事実がわかるかもしれないじゃないか、とお叱りを受けるかも知れない。この鍰は、小生にそんな意識改革をもたらしてくれた一品である。その所以を述べることにしよう。
今から３年ほど前、ホリミネラロジーの堀 秀道先生が来新され、「愛媛石の会」のメンバーで国領川上流を案内した。藍晶石の露頭で有名な川原付近（清滝）を散策していたとき、こんなものがあります、と先生自ら採集され、たまたま小生に手渡されたのがこの鍰であった。一面に緑錆が吹き、大きさの割にズッシリと重い。一瞬、これは銅ではないのか！？という驚きと期待がこころをよぎった。何のことはない。小生も結局は、馬鹿した人と同じレベルなのだ・・「先生、ひょっとしてこれは銅ではないですか？」「はは、それはないでしょう、でもまあ、銅分は多いみたいですね。いわゆるカワですかね。採るべきものを間違って捨ててしまったのでしょうか？鍰としても、とても古い部類ですね。この上流にも銅山はありましたか？」「・・・もちろん別子が・・。」と言いかけた時、ハッと気が付いた。川筋がひとつ違うのだ。立川銅山にしろ、東平にしろ、すべて足谷川沿いであり、鹿森ダム付近で国領川に合流している。それより下流であれば立川銅山から流れてきたものと容易に推察できるが、ここは合流地点より上流の国領川なのだ。これより上に鉱山などあっただろうか？急に不安になってきた。「もう少し、調べてみます。」と、お茶を濁しつつその場は逃れた。
帰ってさっそく地図を見る。足谷川と、国領川本流の間には、東平の“三ヶ森”、“一の森”に至る急峻な稜線が、銅山峰の一角である西山から続いている。どう考えても、銅山峰から流れ落ちてくる筈はない。じゃ、ここから上に銅山などあっただろうか・・手持ちの文献をあたったが詳しいことはいまだわからない。ただ、「山村文化 第３号」（平成８年 発行）中に伊藤玉男先生の次の一文を見つけた。「・・大阪屋敷とは昔、大坂屋久左衛門という立川銅山の経営者が、綱繰山の西斜面で探鉱を行ったとき、近くに小屋がけをしたのがそれだ。・・綱繰山の旧坑は筆者も知っているが・・」と続く。大阪屋敷とは、今の大永山トンネル付近の稜線にあたる。稜線より別子側は、当時、天領であったため侵入することができず、別子開坑までは稜線の西斜面を中心に開発していた。綱繰山は西山の隣に位置し、旧坑があるとすればそこで間吹きもしたかもしれない。そうすると一応、この鍰の存在理由にも筋道がつく。古い時代の鍰だから銅分が多いのも道理である。加えて、この鍰にはどれほどの銅が含まれているのだろうか？考古学では、神獣鏡や銅鐸、貨幣などに含まれる不純物から製造地を特定できるほど分析技術が進歩しているのだから、ひょっとして、成分分析によってその時代や限局的な産地がわかるかもしれない・・表面だけでなく内部の分析も必要かもしれないな、と興味は増すばかりである。
大坂屋は、別子開坑より数十年も以前に、立川銅山を開発した住友のライバル山師である。佐々連鉱山も大坂屋開坑と云われ、とても魅力的な興味深い人物であるが、住友の台頭とともに別子地域を撤退したと伝えられる。別子に関する大坂屋の資料も今はほとんどなく、わずかに大阪屋敷の地名にその名残を残すだけというが、その大坂屋の夢の一滴がこの鍰であると思えば、限りなく愛おしく思えたりもしてくるのである。まあ、誰かが単に捨てただけのものかもしれないのだが、小生のロマン溢れる宝のひとつとなっている。
「あなたのＨＰの標本目録に、鍰まであるのはユニークですね。」と、先日、ホリミネラロジーのＩ氏が冗談混じりに皮肉っぽく言われたので、すかさず「ええ、堀先生のおかげですよ！」と答えたときの氏のキョトンとした顔が忘れられない。
追： 先日、大坂屋第14代のご当主から御連絡があり
（１）江戸時代を通じて、東北を中心に大規模に稼行を続けていたこと
（２）江戸時代は、幕府の政商として住友に次いで第二位の地位を保持していたこと、
（３）明治にはいり鉱山業からは撤退したこと
などを御説明いただきました。
現在も連綿と豪商大坂屋の血脈が保たれていることを、とても嬉しく感じるとともに 自分の不勉強をただただ恥じ入るばかりです。
大坂屋の素晴らしいＨＰもありますので、リンクさせていただきます。
https://www.kdi-inc.jp/osakaya
また、ゆかりの地である新居浜の「大坂屋敷」を、ご案内できる機会が訪れることを楽しみにしております。
さらにご当主は、現在も、大坂屋文書を多数蔵されておられますので、
佐々連をはじめとする新しい四国鉱山史料が発見されることを期待したいと思います。
今後とも、よろしくお願い申しあげます。
