各種鉱石(その1)

bessi-36a   bessi-36b

 

 概して、キースラガーの鉱石の種類は?・・と尋ねれば、おそらく塊状鉱と縞状鉱と答えが返ってくるだろう。各所で展示されている鉱石を見ても、確かに9割以上のものがそのいずれかに属することは少々鉱物をかじった人間であれば容易にわかるはずだ。それでは、上のような鉱石はどのように分類されるだろうか?少なくとも縞状鉱でないことは明らかであるから塊状鉱であろうか?・・まあ、“塊”といっても個人的な認識には大いに差があるだろうから、「緑色片岩の間に塊状鉱が散在しているのだ!」とすれば、当たらずと雖も遠からず、ということで正解!となるかもしれない。それでは第2問?!・・下の鉱石は如何?・・

 

bessi-36c

 

 これも緑色片岩の間にキースラガーが同じ程度に散りばめられているから、そう変わったものでもなく、「緑色片岩の間に“小さな”塊状鉱が散在しているのだ。」との答えが返ってきた場合、諸兄は如何にお考えになるだろうか?・・塊状鉱と呼ぶには、もはや有意な鉱物部分が少なくなりつつあり、これがもう少し進めば立場が逆転して、母岩の中に鉱物が散在する状態・・つまりは“ガリ鉱”というべきではないのか?と塊状鉱を疑問視される向きも増えてくるかもしれない。

 昔から鉱石を種分けしてそれに含まれる銅分を見極めることは、採鉱や選鉱を行うに当たって必要不可欠であったことから非常に詳細な名前による分類が与えられていた。それによると、このような形態は “ヨモギ”と呼ばれる脈状富銅鉱に属する鉱石とされている。「恐らくは草の名たる蓬より来り此種の鉱石の色が蓬の葉の色に似たるより来りたるにあらざるか。此鉱石は緑泥石と黄鉄鉱と混合しあれども縞は際立たずして模糊たり。」と岩崎重三教授は「銅」(内田老鶴圃 昭和16年)の中で述べている。この“ヨモギ”の色彩と紛らわしいものに高品位鉱の表面の緑青による錆色がある。下左がその表面。確かに全体に蓬の如きくすんだ青緑の色調でこれこそ典型的な“ヨモギ”では?と思ってしまうのだが、その割面は下右のように斑銅鉱を交えた塊状の上鉱である。従ってこれらの分類は、あくまでも新鮮な鉱石について適用できることをあらかじめ明記しておく必要があるだろう。

 

bessi-36d    bessi-36e

 

 そこで、以下に脈状富銅鉱に属する名称を、岩崎教授の「銅」から引用し、それに当てはまる鉱石の写真を小生所有の中から選んで列記しておく。岩崎先生の原文は緑色で記載し、必要に応じて同じ種類の鉱石を並記した。また黒ノ(クロバク)やハブなどは決して富銅鉱と呼べる代物ではないが、あくまでも岩崎先生の分類に沿って追加しておいた。ただ実際に坑夫さんに確認した訳ではないので誤りなどあるかもしれない。またご指摘、お叱りなど戴ければ幸甚である。

 

名称

鉱石の1例

説明

上ノ

bessi-36f

上ノは純粋の黄銅鉱を云ふ。カハの一部に裂罅を生じ此に銅分に富める鉱液侵入し来たりて後ち初めて此種の鉱石を作りたるものの如し。

 キースラガー生成についての理論は今日とは隔世の感がある。黄銅鉱のみのレベルになると塊状鉱とほとんど見分けがつかない。ただ茶色っぽい網目状の細脈が黄銅鉱の隙間を縦横に走っているのが特徴である。細脈に磁石を近づけても反応はないので、磁鉄鉱ではなく周囲よりやや鉄分の多い同じ硫化鉱なのだろう。実際、この種の酸化した鉱石では、黄銅鉱を除いた部分が網目状の褐鉄鉱に変化している場合がしばしば見られる。写真の上ノでは約17%の銅が含まれている。

ナリカエリ

bessi-36g

ナリカエリとは変成の義にして品位前者(上ノ)に比して稍劣り黄銅鉱中に黄鉄鉱の粒を混合す。此鉱石は元来塊状硫化鉄鉱なりしが脈状富鉱をなせる銅鉱の侵入し来れるとき塊状硫化鉄鉱中に銅分侵入して之を変化せるものならんと推察せらる。

 少し意味が分かりにくいが上ノとの決定的な差は写真を見ておわかりのように、粒状の黄鉄鉱の混じる鉱石の中に緑泥片岩や磁鉄鉱の断片が現れることである。ただそれらはあくまで断片的で少なく、脈状や縞状に連なっていないことで以下の鉱石とは明確に区別される。ナリカエリの品位はすこぶる良好でおおよそ10%以上の銅分が確保される。

ソバカハ

bessi-36h

ソバカハは蕎麦皮の義にして黄銅鉱中に奇妙なる斑点を有し其状、恰も蕎麦実の皮殻を散布せるに似たるを以て名づけらる。此黒斑は緑泥石と磁鉄鉱との混合物にして大きさは2分以下より2又3分以上に及ぶものあり。

 確かに蕎麦の実のような粒状の緑泥石や磁鉄鉱が混在する面白い形態である。小生のは緑泥石が占めているが、新居浜市立郷土美術館には黒い磁鉄鉱の混じる典型的なソバカハが展示されている。ナリカエリと違いがなかなか分かりづらいが蕎麦殻の主観的なイメージで区別するしかないだろう。銅分も良好で、別子のソバカハの平均銅含有量は最高で14%に及ぶ。当然、江戸時代から採掘対象となっていた。

ヒトハガイ

bessi-36i

ソバカハ中の黒斑稍長くして其数多く其状、笹の葉の如し。各葉の尖頭常に一方に向ふて流るるが如し。元の緑泥片岩の破片たるよと頗ぶる明かなり。輪郭稍丸みを帯び又波状をなすことあり。

 ナリカエリやソバカハで見られる斑点が次第に大きくなり、鉱脈の方向に沿って膨縮を繰り返している状態である。その様子が恰も笹の葉のように見えるのでかく名付けられた。ヒトハガイとはおそらく「一葉交い」と書くのだろう。要はキースラガーと母岩の比率が名称の違いになっている訳だから、母岩の成分が多くなるにつれてナリカエリ→ソバカハ→ヒトハガイ→ハリガネセンマイとなるのである。

ヒトハガイ

bessi-36j

 同じくヒトハガイの鉱石であるが、上と比べると葉の有り様が、ますます長く大きくなっているのがわかる。母岩や磁鉄鉱が多くなると精錬効率も著しく低下するため、こうした鉱石は江戸時代には採掘の対象外に違いないと思われがちだが、さにあらず、細い縞状や脈状の場合も非常に良好な品位を保っているのが別子銅山最大の特徴で、「これが、江戸時代を通じて操業を可能とした大きな理由の一つと考えられる。」と「住友別子鉱山史」には特に強調して記述されている。おそらくこのような脈状鉱脈は、大規模なハネコミの一種に属するのであろう。本鉱石でも、品位は7〜8%以上と容易に推察できる。

ハリガネ千枚

bessi-36k

前者(ヒトハガイ)の黒斑更に大となり黄銅鉱は細線となりて金網の状をなして鉱石中に入れるものをハリガネ千枚と云ふ。普通のカハに接せるところには寧ろ少く、多くは緑泥片岩中に上ノを通ぜるところに発見さる。

 その名の通り、母岩の中にハリガネが何本も通っているような形状をなす鉱石。ヒトハガイの笹の葉が極限まで大きくなった姿とみてもいいだろう。ズリ場でよく見る縞状鉱のガリ鉱との決定的な違いは、やはりその品位にある。ここまで細脈になっても黄銅鉱特有の暈色を放っているのはまさに驚きである。別子の別子たる所以が此処にある。

黒ノ

bessi-36l

黒ノとは主として磁鉄鉱の集合より成れる鉱石を云ふ。稍青味を帯ぶるは緑泥石を有すればなり。

 さすがにこうなると今も昔も採掘の対象にはならなかったので記載は至って簡単である。ハリガネ千枚に連続的に移行することもあれば、塊状鉱のイヤやアツバクに沿って帯状に広範囲に分布する場合もある。黒ノの中にも鉱石が散在しているが浮遊選鉱導入までは無用のものとしてズリ場にうち捨てられていた。本山ではあまり目立たないが、筏津坑では、東の尖滅点付近で磁鉄鉱やバラ輝石から成る大きな黒色石英レンズが出現するのが特徴で当時の地質学者の興味を惹いた。

黒ハブ

bessi-36m

上ノを距ること遠ければ磁鉄鉱の生成益々減少し遂に単純となる。緑泥片岩となる。

 鉱脈から離れていくと塊状の磁鉄鉱も次第に少なくなり、この写真のように粒状の磁鉄鉱(光っている処)が泥質片岩や石英に混じる程度となる。石英成分の多いところをガリとかハブと呼んでいる。色調に応じて、黒色片岩が混じれば“黒ハブ”、赤鉄鉱や紅簾片岩が混じれば“赤ハブ”、石英が多いところは極めて堅いので特にオニハブと称する場合もある。こうなればもはや鉱脈ではなく単なる母岩で、岩崎先生の書物にも独立して記載されている訳ではないが参考として挙げておいた。

 

 これ以外にも品位に応じて多くの名称があったようだが、「別子鉱山は古来久しく稼業し来りたるところなれば坑夫の使用し来れる鉱石名称甚多く一々列挙しがたきものあり。」とさすがの岩崎先生も匙を投げているのは可笑しいが、諸兄のお持ちの鉱石類も古い名称で分類し直してみるのもまた一興であろう。そうすれば、あんなものは鉱物じゃないと往々にして軽蔑される?別子の鉱石の奥深さをさらに再認識できるものと小生は確信している。また、小さな鉱石ひとつひとつにも、その森羅万象を己が意のままとする底知れぬ自然の力に深い畏怖の念さえ感じるのである。正に恐るべし、恐るべし・・

 

LIN_005

   back