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Rf(ラザホージウム)からUuo(ウンウンオクチウム)は研究者のみ使用。 |
愛媛の鉱物と、その元素の生体との関わり合いを自由にまとめてみました。
少し、こじつけがましい箇所もありますが、ご了承ください。
「非金属元素」「半金属元素」も便宜上、すべて金属として扱いました。
元素の産出地は、ほんの思いつきです。そこだけに限りませんので・・念のため・
今は埼玉に居ますが、書き始めが愛媛在住時ということで「愛媛発!」にお許しを!
お気づきの点などありましたら、遠慮なくご指摘いただければ幸甚です。
それでは、ごゆっくりとお楽しみください!
1.H(水素) 特定なし ・・・・・水素は元素の基本。多くの鉱物が水素結合のかたちで水素を含んでいる。同族のリチウムからは金属の形態を取りうるが、水素は地球上では金属にはならない。しかし、この世に「金属水素」が存在しないのかと問われれば、答えは即「否」である。むしろ宇宙では金属水素の方がポピュラーであり、金属水素があるからこそ星も生まれるのである。例えば、木星や土星の中心部では、その巨大な重力によって圧縮された水素原子の電子が、周囲の水素原子と軌道を同じくする自由電子となっていて、それは金属そのものである。さらに重力が大きくなれば、今度は原子核どうしが核融合しあって遂には太陽のように光り輝く恒星となるのであり、この意味で、木星は太陽になり損ねた星とも呼ばれている。つまり水素は、光のつぎに神が造り賜うた万物の源であり、星の“落とし子”たる生命もまた水素を最大限、有効利用している訳である。その最たるものはなんといってもミトコンドリアで行われる「電子伝達系」であろう。水素が次々と電子を渡しながらエネルギー転換を行い、ブドウ糖1分子から34分子ものATPを生成し、生体に必要なほとんどのエネルギーを賄っている。それは体内の核融合とも呼べる高効率のエネルギー変換で、今の科学の粋を以ってしてもその部分的な模倣さえも叶わない、生命の恐るべき驚異である。
3.Li(リチウム)越智郡岩城島・・・杉石、片山石。加藤先生の「日本の新鉱物」によれば、岩城島のエジリン閃長岩に肉眼的に目立つ淡黄緑色の鉱物で、九州大学の杉健一教授らが最初に気づき、そのお弟子さんである山口大学の村上允英教授らが最終的に分析したものである。この鉱物中のリチウムを分析したのが、山口赤十字病院の検査室であったことも医学界として特筆すべきことであろう。また、「愛媛の自然」に記されている、30年に及ぶ杉石の発見史話は、何度読んでも感動する。学問のおける師弟愛の典型的なものであろう。片山石が、バラトフ石として名前が消えてゆく中で、杉石が世界の「スギライト」として定着しつつあるのは、せめてもの救いである。皆川先生によると、古宮鉱山ではMnを含む紫色の美しい杉石が採れるそうで、一度お目にかかりたいものだと思う。杉石には、リチウムが含まれている。リチウムはほんの偶然から、躁うつ病の躁状態を軽快させる鎮静作用のあることが発見されて、俄然、注目の元素となった。リチウムが土壌に少ない地域では、自殺、殺人、麻薬や他の犯罪による逮捕率が高かったという報告もあるというから面白い。最近は、白血球数の増加作用や、血圧降下作用も報告され、生体の必須微量元素ではないかとも考えられている。さらに核分裂を体内でおこす「中性子捕捉療法」の中心的元素でもあり、21世紀の夢の金属として期待されるに至っている。
4.Be(ベリリウム)北条市高縄山・・ガドリン石には、ベリリウムが含まれている。ガドリンはフィンランドの大鉱物学者。Y(イットリウム)の名付け親でもある。また、彼を記念して、原子量64のランタノイド系元素には、ガドリニウムの名前が冠せられている。愛媛県の代表的放射性鉱物でもあるガドリン石は猿川から高縄山に登る林道沿いで採集される。小生も一度、挑戦したが小さな破片程度しか採集できなかったのは残念である。さて、ベリリウムは生体毒性が強く、現在のところ有毒物質以外の何者でもない。特に吸い込んだ場合、肺への蓄積性が認められ最終的にはベリリウム肺と呼ばれる重篤な呼吸症状を引き起こす。小生が学生の頃、手塚治虫の「ブラックジャック」が大人気だった。その中にベリリウムをまき散らせた工場を糾弾する話があった。重い肺線維症で苦しむ貧しい女の子、それをベリリウム中毒だと見抜くブラックジャック。工場のせいではないと言い張る買収された産業医。しかし、女の子が天に召された朝、遺体の前に額ずいて、ついに告発を誓う2人の医師の姿は美しく感動的で、図らずも涙が止まらなかったのを思い出す。
5.B(ホウ素) 久万町槙ノ川 ・・・・槙の川のダトー石。大きな晶洞に群生するあの艶やかなピンク色に憧れて何回訪れたであろうか?国道を挟んだ高殿産に比べると、槙の川のはその色合いに得も言えぬ深みがあり、呼べば届くほどの距離なのに、どうしてそんなに形態が違うのか不思議である。しかし、マニアの乱掘がたたって今はすべて立ち入り禁止となり、まぼろしの産地になりつつあるのが寂しい。ホウ素は、自然のままで人体に役立っているかどうかは不明だが、ホウ素を腫瘍に集積させ、それに中性子を当ててα線を発生させる核医学の最先端「中性子捕捉療法」の担い手物質として、今後注目されていくであろう。その他、ホウ酸は目薬としても使用される。中学生の頃、先生から「眼をきれいにする眼薬にはホウ酸が入っているんだよ。」と教えられた。父と奈良の壺阪寺に行ったとき、たくさんの目薬が売られているのを見た。成分の中に「ホウ酸」と書かれてあるのを確認して、さすが先生だな〜と感心したものであった。謡曲「お里・沢市」ゆかりの名物目薬は、お寺でまだ売られているのだろうか?・・・その先生も父も今は亡く、すべては遠い日の思い出である。
6.C(炭素) 宇摩郡関川・・・・・・石墨。関川を散策しているとチラホラと認める。触ると手が真っ黒になるのでそのまま敬遠されてうち捨てられたままの姿は、哀れさえ感じさせる。ダイヤモンドとは同質異像、両方とも炭素だけの兄弟のような鉱物なのに、その一方は宝石の女王、かたや一方は鉛筆の芯。また一方は硬度10のもっとも硬い鉱物、かたや一方は硬度1の滑石と同じ。兄弟とはいえあまりに違う外見や性格に「両方とも同じ鉱物なんだよ。」と言われてもすぐには信じることができないのは当然だ。しかし石墨だって、その耐火性、伝導性から原子炉の制御棒や電極に、また銑鉄と混ぜてもっとも堅牢な炭素鋼の材料などなど、人類のために大いに役だってきた。だいたい炭素は生体の構成元素。その重要性はいまさら説明するまでもない。ではダイヤモンドはどうか?これはまず生物とは無縁だろうと思われるが、最近の研究ではそうでもなさそうである。炭素には炭素12と炭素13の二つの同位体があるが、マントルの炭素はだいたいが13。ほとんどのダイヤモンドはこれに属するが、一部は12を多く含むものも存在するそうだ。12は「光合成生物」などが利用することから、何億年も前のそんな生物の有機物が海底に堆積し、それがプレートの沈み込みで変成、ダイヤモンドに結晶した可能性も指摘されている。じゃ、関川の石墨の起源は??・・赤石のエクロジャイトに炭素は含まれてないの??・・夢はなんといっても愛媛産ダイヤモンドの発見である!
7.N(窒素) 砥部町扇谷鉱山・・・・砥部雲母。愛媛の誇る日本の新鉱物!高知大学の東正治先生によって伊予郡砥部町扇谷陶石鉱山の陶石中から発見された。「砥部石」とも呼ばれるが、砥部焼きの陶石と紛らわしいので、雲母とするのが良いだろうと「日本の新鉱物」には記されている。それにアンモニア成分が含まれているのは面白い。愛媛の鉱物を調べていくと「窒素」を含むものは意外に少ないことがわかる。これは別に愛媛に限ったことではなく元来、鉱物中の窒素成分は非常に少ないのである。大気中は8割が窒素というのに不思議といえば不思議だ。ところが生体は、この窒素をフルに活用する。アミノ酸には窒素を含むアミノ基があり、これとカルボキシル基がペプチド結合することによってタンパク質が形成されるのである。ミラーの実験によれば、アミノ酸は原始大気の中で、メタンやアンモニアなどが雷の放電によって合成されたとされる。では、そのアンモニアはどこから来たのか?最近の天文学では、星間物質や星雲ガスにアンモニアなどが多量に見いだされ、結局、地球の岩石が形成される以前から存在していたということに帰結するのかもしれない。一方、生体で余ったアンモニアは、オルニチン回路で尿素に合成され尿中に排泄される。19世紀後半、ウェーラーは世界で初めて尿素合成に成功した。「有機は神にしか作れない。」という神話をうち砕いた瞬間であり、近代有機化学の幕開けともなった人類の一大金字塔である。
8.O(酸素) 上浮穴郡鉢鉱山・・・・緑マンガン鉱。鉢鉱山が特に有名という訳ではないが、「日本のマンガン鉱床」(吉村豊文著 昭和27年)には「中津鉱山として一緒に稼行した、極めて普通の真名子型鉱床で、緑マンの多い、然し珪質の鉱床であった。」と記載されている。小生が「愛媛石の会」に入会して最初に連れて行ってもらった鉱山としても思い出深い。当時はまだキースラガーについて初歩的な勉強中で、多種多様、変幻自在、複雑怪奇なマンガン鉱物などまったく理解不可能だった。「ここからはテフロの良い標本や、うまくするとトサライトなども採集できます。頑張ってください!」との幹事さんのあいさつもほとんど上の空。目的は、割ったらすぐわかるという明快な緑マンガン鉱のみだ。緑マンガン鉱は、菱マンガン鉱の酸素の少ない状態での熱解離によって生成したもので鮮やかな緑色をしているが空気に触れると、酸化して茶色いお馴染みの二酸化マンガンに変わってしまう。3時間も格闘した頃、やっとそれらしい割面を発見。後日、喜び勇んで皆川先生に持ってゆくと「ああ、これはコケですね。」と鑑定は2秒で終わった・・酸素は命の源。生体はブドウ糖と酸素、水から己を賄うべき巨大なエネルギーを作り出している。だから酸素がないとわずか数分ではかなく死を迎えることになる。生体にとって絶対的な存在、眼には見えないが常にわれわれの周囲に充満している、この酸素を実験的に発見したのはプリーストリーだが、酸素の存在を最初に理論的に示唆したのはラボアジェであった。フランス革命で断頭台の露と消えたが、ドルトン、アボガドロと並ぶ、小生のもっとも尊敬する偉大な化学者である。ラグランジュは、「彼の頭を切り落とすのは一瞬で出来るが、彼の頭を作るには一世紀かかっても足らないだろう。」との最大の賛辞で天才の死を悼んだ。
9.F(フッ素) 伊予三島市富郷・・・Fを含む代表的な鉱物は「ホタル石」であるが、ここでは愛媛の誇る稀産鉱物「チタン斜ヒューム石」を挙げたい。藤原超塩基性岩中に脈状をなす赤褐色の地味な鉱物である。普通、斜ヒューム石はスカルン鉱物なので、ドロマイト鉱床やペグマタイトに含まれることが多いが、富郷の場合は母岩がカンラン岩などの超塩基性岩からして地殻深部での特殊な生成条件が考えられている。マントルの謎を解く「カギ」を握っているかも知れない重要な鉱物である。さて、フッ素は、テフロンを代表とする生体材料や、人工血液の異名をとるフルオロカーボンなどに含まれるほか、歯を強くするための有効な元素でもある。これも賛否両論なかなか喧しかったが最近は定着したように思える。しかし、フッ素の濃度がちょっとでも高すぎると逆に歯がボロボロになってしまうのでその認識は必要であろう。また冷媒や合成樹脂に使用される「フッ化水素」の持つ強い生体腐食性は特に注意が必要である。フッ化水素は、ホタル石に硫酸をかけると簡単に得られるが、間違ってもその蒸気を吸い込んではいけない。肺水腫を起こして最悪の場合は死に至る猛毒である。また高濃度のフッ化水素を含んだ液体が皮膚に付着した場合はもっと悲劇的で、最初はちょっとした発赤程度でも次第に蛋白融解や加水分解が進んで、最後は骨まで溶かしてしまう恐るべき組織損傷を示す。この反応を途中で止める事は困難で、組織をじわじわと溶かしてゆくいわば生体の「チャイナ シンドローム」とも言うべき深達効果に長時間もがき苦しむことになってしまう。
11.Na(ナトリウム)新居浜市東平・Naを含む鉱物は極めて多い。ここでは地元に敬意を表して「ソーダ雲母」を挙げよう。ソーダ雲母は、新居浜の誇る稀産鉱物「藍晶石」の周囲を綿のように取り巻くきれいな銀白色の雲母である。普通の白雲母との違いは、頭となる主成分がナトリウムかカリウムということで、ソーダ雲母は概してひすい輝石や藍晶石などの高圧鉱物に伴われることが多い(楽しい鉱物図鑑 堀秀道先生著より)。新居浜の藍晶石はだいたい淡青色〜白色であるが、それらに混じって、稀に目の醒めるような鮮やかな青色を呈するものがある。その青とソーダ雲母の白のコントラストは得も言えぬ美しさを醸し出し、名実ともに四国を代表する鉱物のひとつとなっている。一時、この青い藍晶石は、東平の道路工事に伴って多産し、鉱物専門店にもかなり出回っていたが、さすがに愛好家のお目は高く、あっという間に店頭から姿を消してしまったそうである。それも昔の話。今はマニアの乱獲がたたって再び絶産状態となっているのは寂しいことだ。Naは体液の主要電解質。特に細胞外液に多く、細胞内のカリウムとはポンプ機能を使って絶妙にコントロールされている。フグ毒の成分であるテトラドトキシン。この物質は、ポンプが働くナトリウムの孔(イオンチャンネル)を一時的に塞いでしまうために、神経や筋肉の電気伝達が正常に行われなくなる。その結果、全身の筋肉、特に呼吸筋の運動が傷害されて死に至るもので、一刻も早くICUに収容して人工呼吸を開始しなければならない。さもないと意識は最後まで正常に保たれているので、死んでゆく自分を、叫ぶこともできず体を動かすこともできず寂然と見つめなければならなくなる。
12.Mg(マグネシウム) 東赤石・・東赤石から峨蔵山系にかけてはエクロジャイトの産地。その一つに「苦礬ザクロ石」がある。ザクロ石には灰礬、鉄礬、苦礬の種類があるが、マグネシウムの多い苦礬はもっとも“高温”、高圧下で生成され、マントルの組成を反映するものと考えられていた。しかし最近の研究によると、地表近くの玄武岩が太平洋プレートの沈み込みに引きずられて“低温”、高圧の状態で地下100kmあたりまで達し、その後再び地表に現れたことが明らかになってきた。キンバレー岩と似てはいるものの、残念ながらダイヤモンドが見つからないのはそのせいなのだろう。思えば、江原真伍先生が徳島県祖谷鉱山の地層の特徴から、世界で初めてプレートテクトニクス説を唱えて以来、一世紀になんなんとなるが、なぜそのような石が地表に浮かび上がってきたのかは未だ謎に包まれたままで地球物理学という学問も奥が深いとつくづく思う。一方、マグネシウムはK、Naに次いで生体に多い必須元素のひとつである。その大半はリン酸マグネシウムとして骨に含まれている。また、中枢神経系、心臓血管系、酵素活性化など生命を維持するための不動の地位を保っている。もっとも危険な不整脈「QT延長症候群」に伴う多形性心室頻拍には、どの坑不整脈薬も無効であるが、唯一、硫酸マグネシウムの注射が有効というのも何か示唆に富んでいるように思われる。
13.Al(アルミニウム) 保土野・・別子山村保土野はルビーの産地。越智郡岩城島では青いサファイヤも採集されている。保土野のルビーは、益富地学会館の「日本の鉱物」掲載の写真を見てから、どうしてもほしいな〜と思うようになった。黒滝から保土野まで沢沿いに探索したこともあるが、収穫もなく夕闇迫る暗い谷間を焦って下りていった記憶がある。黒滝付近はカンラン岩と角閃岩入り交じる凄まじい断崖地形で、これからもまだまだ面白い鉱物が発見できそうな気配がある。一方、サファイヤは岩城島のミカン畑から偶然発見されたもので、しかも一個の転石のみで周辺からはまったく採集できないことから、花崗岩の捕獲岩であろうと皆川先生は述べておられる。小さいながら眼の醒めるようなブルーの味わいは、ルビーとならぶ素晴らしい愛媛の宝石である。小生も、長い間ねばって、やっとこの2つの“おこぼれ”を入手することができ大切に秘蔵している。コランダムの分子式はAl2O3であるが、これからアルミニウムを精製するのは難しい。アルミニウムは、土壌に普遍的に含まれる元素ではあるが、電気精錬が行われる以前は、金銀より高価であったという。アルミニウムはまた食器にも使われ、無害のように思われるが、透析患者にとっては恐怖の金属であった。高リン血症の治療に用いられるキレート剤として、また透析液に自然に含まれるアルミニウムが、骨軟化症や脳症の原因となったからだ。特に後者は「アルミニウム脳症」と呼ばれ蓄積性があり、現在でもアルツハイマー病との関連が研究されている。しかし、その後の予防策により透析過程で問題になることは今はない。
14.Si(ケイ素) 久万町千本峠・・愛媛県は市之川、石鎚山、久万町、面河村など美しい水晶の産地が多いが、千本峠と言えば「高温石英」。透明度日本一と称されるその美しい六方晶形の「ヘゴロ」(現地ではそう呼ばれる)に魂を奪われ、広いキャンプ場の片隅で時間も忘れて拾い続けたものである。577度以下では普通の水晶(低温石英)、1477度の高温ではクリストバル石となる。そんな変幻自在な石英の成分であるシリコン。石器時代の武器に始まり、陶磁器、セラミックスを経て、最近の発振材料や半導体に至るまで、シリコンは常に人類の進歩とともにあった。生体にあまり作用せず薬にも毒にもならない無害の元素というのも大きな利点であるが、慢性的な蓄積症の「珪肺症」に苦しむ鉱山労働者にとっては無害どころかむしろ「呪いの元素」といってもよい。昔から珪肺症は「よろけ」とか「シキザワリ」と呼ばれ、坑夫で四十二の厄払いができる人は少なく、三十代後半になるとゼーゼーと喉を鳴らすようになり、肺線維症で青白くなって死んでいった。従って、大抵の坑夫は自分の寿命を40歳と見積もって人生計画をたてていたという。そこには諦めにも似た達観さえ感じられるが、それを見て育った若者は、それでも「ヤマ」のエリートである坑夫に憧れ、坑夫を目指したのであった。今も鉱山の路傍に苔むす幾多の墓を見るとき、何百年にも亘るそんな坑夫の意地がそこはかとなく偲ばれて、万感胸に迫るものがある。
15.P(リン) 東宇和郡羅漢穴・・・いわゆるコウモリの糞、水酸化燐灰石である。洞窟のあちこちに得体の知れない茶褐色の塊として認識される。観光客には余り評判がよくないが、リン、窒素、カリウムなどをたっぷりと含む良質の肥料で、熱帯の洞窟産のものは「バットグアノ」として結構いい値が付いている。一方、白い色の燐灰石肥料は、南海の孤島に堆積する鳥類の糞や骨を採掘したもので単に「グアノ」あるいは「糞化石」と呼ばれている。これらとは別に「フッ素燐灰石」や「塩素燐灰石」などの種類があるが、これはスカルンやペグマタイトに含まれるまったく起源を異にするものである。今治市波方町の「白岩鉱山」からは、燐灰ウラン鉱も「四国鉱山誌」に記録されているが、皆川先生によると今まで再確認ができておらず、稀少な“wanted mineral”のひとつとなっている。さて、リンは、コウモリや鳥類と同じく人体でも骨の主要な成分。さらに「アデノシン3リン酸、2リン酸、1リン酸」などのエネルギー供給体、またDNAの構成成分として生命の維持には不可欠の存在であるが、興味があるのは死を迎えてからのリンの行方である。オカルト好きの小生にとって「人魂」は永遠のテーマであるが、これは土中からしみ出たリンが空気に触れて自然発火したものと当然のように説明される。しかし、自然発火するのは黄燐、人体に含まれるのはすべて赤燐である。赤燐から黄燐に替わるのはなにか特別な機構があるのだろうか?黄燐の炎は赤っぽいが、人魂が青白いのはなぜだろう?火葬の時代になってもあいかわらず墓場で人魂が飛ぶのはどうしてだろう?・・わかったようで、世の中にはまだまだ不可思議なことが多い。
16.S(イオウ) 別子銅山・・・・・キースラガー。キースラガーとはドイツ語で「黄鉄鉱床」のことで、日本では銅を含む硫化鉱床に用いられる。この鉱石は硫黄分が多いため「焼鉱」工程で夥しい亜硫酸ガスが発生し、周囲の山々を禿山にしてしまうのが特徴である。別子銅山では四阪島に溶鉱炉を移し問題を解決しようと計ったが、事態はそう簡単なものではなかった。海上を漂う煙害は新居浜に止まらず7ヵ町村にも拡大し、農民の暴動や坑夫のストライキなども重なり状況はますます深刻なものとなった。結局、昭和14年のペテルゼン式硫酸工場の完成で最終的解決となったが、四阪島移転からの50年間はどこも同じ賠償と交渉の苦難の歴史であったと言える。足尾鉱毒事件のような後世までの汚点を残さずに済んだのは企業にとってはラッキーであったが、遠くは大正15年刊の「愛媛県東予煙害史」(一色耕平編)から、平成17年刊の「別子物語(労働者・農民の苦しみ・立場からの歴史実話集)」(蟹江角義編)に至るまで当該書物が連綿と発行され続けている事実に、別子銅山が多くの人々の苦しみと悲しみの上に立つ繁栄であったことを知ることができる。そんな悪名高きイオウではあるが、生命を維持するためには最も必要な元素の一つ。メチオニン、システィン、シスチンは含硫アミノ酸と呼ばれ、―SH基同士の結合(ジスルフィド結合)はタンパクの立体構造を維持しその活性化を発現させるために絶対必要だし、脚気にならないためのビタミンB1 にもイオウが含まれている。フケを防ぐシャンプーや、ビタミン剤のタウリン、果ては車の排気ガスに至るまで我々の周りは今もイオウだらけである。
17.Cl(塩素) 喜多郡出海鉱山・・アタカマ鉱。硫化鉄鉱などが海水でハロゲン化されると生成される。山口県萩市の志津木鉱山が有名で、澎湃打ち寄せる海岸の岩場が、一面緑色に染まっているのは壮観である。それほど大規模ではないが、愛媛でも海岸近くの鉱山跡や露頭で観察することができる。志津木鉱山産はキラキラと綺麗な結晶体が多いが、喜多郡「出海鉱山」のは皮膜状で色も薄く少々見劣りがする。しかし愛媛産の貴重なハロゲン化鉱物として大切にしてゆきたい。そんなハロゲン化の源である塩素。体内では10番目に多い必須元素でほとんどは体液に含まれ、ナトリウムやカリウム、重炭酸イオンなどと連動して電解質の酸塩基平衡を保っている。たとえば嘔吐が続くと胃液の塩素が失われるため、それを補うように同じ陰イオンの重炭酸イオンが増加して体内は代謝性アルカローシスに傾く。嘔吐のあと、体がとてもだるく感じるのは単に嘔吐で体力を消耗しただけではない訳だ。また稀な疾患に「嚢胞性線維症」という遺伝病がある。これは細胞膜を塩素イオンがうまく通過できないために起こるもので、呼吸器や消化器に重大な傷害を与える。この病気は“汗”の電解質異常で気づかれることが多い。昔からどうしてそんなことに気づくのか不思議だったが、なんと母親が生まれたばかりの赤ちゃんにキスをするとき、その余りの塩辛さに驚いて発見されるのだという。納得である!
19.K(カリウム) 弓削郡弓削島・・日本の新鉱物である「カリ定永閃石」。東大の島崎英彦先生らにより発見されたケイ素に乏しいカルシウム角閃石の一種である。石灰岩のスカルン中に黒褐色の層状、塊状鉱物として認識される。残念ながら小生は、現物を目にしたことがないため、これ以上の書きようがないが愛媛産の新鉱物として大変貴重な存在である。むしろ小生がカリウムと聞いて一番に思い出すのは、硝酸カリウムである。この鉱物?は、昔の汲み取り式便所の床下などに糞尿の副産物として堆積しているが、これから何と黒色火薬が作れるのである。松山の南高井病院 故長岡 悟会長は、戦時中に、この硝酸カリウムとイオウ、炭粉などを混合して火薬を製造し、周囲の人たちを驚嘆させた話が「大成の自然と人文」(面河村)に記されている。当時の住民が全面的に協力すれば相当量の火薬が得られたかも知れず、楠木正成の“クソ合戦”宜しく敵に一泡吹かせてやれたのに・・と今に悔しく思っている。さて、生体内でカリウムは「細胞内液」として多量に含まれている。細胞が傷害されたり、腎臓からの排泄が滞った場合は、血中濃度が上がり一気に心臓を停止させてしまう恐ろしい一面を持つ。以前から点滴に入れるべきカリウム溶液を、誤って静脈注射してしまう医療ミスが繰り返されているのは憂慮すべき問題であるが、心停止を逆手にとって、人工心肺時の手術時に心停止状態を継続させる目的で高カリウム液が使用されているのも事実である。その機序は細胞外カリウム濃度上昇により細胞膜電位が脱分極し、ナトリウムチャンネルを不活化させることであり、名前も驚くなかれ「心筋保護液」という。
20.Ca(カルシウム) 赤石鉱山・・カルシウムを含む鉱物は山ほどある。だいたい愛媛南部の秩父帯や四万十帯は巨大な石灰岩層で、山口県秋吉台に負けないくらいの四国カルストだってある。最近までは石灰岩やドロマイトを採掘する小規模な鉱山も多かった。方解石や霰石はどこにでも出るし、珪灰石やベズブ石などのスカルン鉱床も島嶼部に散在している。しかし頭に「灰」が付く鉱物となってくると次第に稀少価値が上がってくる。「灰礬ザクロ石」「灰簾石」「灰鉄輝石」「灰十時沸石」「灰曹長石」・・その中でも鞍瀬鉱山の「灰バナジンザクロ石」と赤石鉱山の「灰クロムザクロ石」は稀産鉱物の2大巨頭と言える。灰クロムザクロ石は、クロム鉄鉱床の空隙に菫泥石などと共存する、それはそれは美しい結晶であったという。ウバロバイトはロシア産のが有名だが、それと比較しても決して見劣りがすることはない。以前、第6回世界エクロジャイト会議にあたって土居町で一般講演会が開かれたが、「土居町には日本を代表する鉱物が多いが中でもグリーンガーネット(本人はそう言っていた)は特に貴重だ。ぜひ探してきてもらいたい。」としつこく駄々?を捏ねて、日本を代表する大先生を困らせている町民がいたのを思い出す。さて、そのカルシウム!生体では骨の成分であるばかりか、筋肉の収縮、ホルモンや酵素の発現、凝固機構への介在、神経伝達物質の放出など生命の根幹に関わっている重要な元素である。血中の濃度調整は、副甲状腺という豆粒ほどの器官ですべて調整されている。そこから放出されるホルモンは、視床などの上位中枢が介在しない直接支配で血中カルシウムの調節を一手に握っている。脳も心臓も・・その命をこの小さな器官ひとつに託している訳で、「本当に大したヤツだ!と心から感服している次第である。
22.Ti(チタン) 土居町五良津・・ルチルと言えば徳島市眉山。和田維四郎教授の「本邦鑛物標本」にも記載され、同地の紅簾石とともに世界的産地であった。今は過去形になってしまったのが寂しいが、大正5年刊の「有用鑛物の産地及用途」には、「本邦に於いては美濃恵那郡高山地方に錫石と共に産し又伊豫別子銅山の石英塊中にも産す。」と別子のルチルについて言及がある。最近は五良津産のものがよく知られ、ルチルとともにチタン鉄鉱やクサビ石なども同時に採集でき、鉱物愛好家のメッカとなっている。眉山と比べて、五良津産もその大きさ美しさともに決して見劣りはしない。「愛媛石の会」S氏のものは長さ10cm近くあったし、もう一人のS氏のは頭および条線付き、銀紅色に輝く数cmの完品で、一目見るなり感嘆の叫びをあげたのを覚えている。知られている最大級の国産ルチルは、九州大学「高標本」(眉山産、皆川先生によると棍棒ほどの大きさだとか!?)とされているが、それ以上の標本がここ五良津でも採集されることを心から楽しみにしている昨今である。そのルチルの構成元素、チタン。生体では余り役にたっていないが、「生体材料」としては最近とみに注目されている。チタンはその強靱な酸化膜によって、耐食性、生体適合性に優れ、また軽量で強度もあることから人工弁や人工歯根、人工骨などに応用が広がっている。ニッケルとの合金は「形状記憶合金」として知られ、ブラジャーのワイヤに使用され一躍有名になったが、人工肛門や人工食道など筋肉制御の地味なところでも役立っている。今後さらなる応用が期待できよう。
23.V(バナジウム) 鞍瀬鉱山・・・・鞍瀬鉱山は、三波川帯のマンガン鉱床。ここから産出する「灰バナジン石榴石」や「ヴォーネライネン石」はバナジウムを含む稀産鉱物としてマニア垂涎の的。「ヴォーネライネン石」は特に珍しく国内唯一の産地でもある。それが昂じて、鉱山は荒らされ放題で、最近はめっきり採れなくなってしまったのは悲しいことだ。最初に報告された皆川先生も、鉱物のみならずその場所を紹介してしまったことを深く後悔され、返す返すも痛恨の極みだと述べておられる。さて、バナジウムには血糖降下様作用があることが、1987年に発見された(という)。その後、研究が続けられているが、もし、インスリン注射に変わる「バナジウム化合物の経口インスリン」が開発されれば、それはもうノーベル賞ものだろう。生体では、血糖を上げる薬物やホルモンはいくつもあるが、血糖を直接下げる物質は今のところインスリンしか存在しないからだ。最近は、「〇〇山のバナジン水」などと喧伝著しいが、それが先行して科学的根拠がいまひとつ霞んでいるのが残念である。逆に、動物実験では、バナジウム自身の毒性も認められているようなので摂りすぎはくれぐれも禁物である。
24.Cr(クロム) 赤石鉱山・・・・宇摩郡土居町にある赤石鉱山。クロムの唯一の鉱石とも言える「クロム鉄鉱」を採掘していた。発見は明治43年と意外に古い。戦後は母岩のカンラン岩が溶鉱炉などの耐火剤や研磨剤に優れていることがわかり、オリビンサンドとして昭和43年頃まで採掘されたという。日本一高い処にある鉱山としても有名であった。しかし海外の安い鉱産物に押されて遂に倒産。瀬戸内海を眼下に望む東赤石の北斜面には、旧坑や事務所の跡が荒れ果てたまま残っており、「諸行無常、盛者必衰」をしみじみと感じることができる。生体では3価クロムは、グルコース代謝や肥質代謝に関与しており、クロム欠乏は糖尿病の原因のひとつになるという。しかし、その必要量はごく微量であるため、日本ではいまだクロム欠乏症の報告はなく、詳しいことはまだわかっていないというほうが正確かもしれない。副腎にはカテコールアミンを分泌する「クロム親和性細胞」という細胞がある。クロム健康食品には、このクロム親和性を生体作用に結びつける説明文をちらほら見かけるが、これは標本固定の際にクロムによく染まるという意味で生体作用とは直接関係ないので注意が必要である。
25.Mn(マンガン) 野村鉱山・・・愛媛で最初に発見された新鉱物「高根鉱」。小生はマンガン鉱物にはトンと疎いので、フォッサマグナミュージアム発行の「日本の新鉱物」から引用させて戴くと「1967年8月、東北大学の南部松夫は、野村鉱山から採集した二酸化マンガンの中から、カルシウムよりも二価のマンガンが卓越するランシー鉱系の鉱物を発見し、高根鉱と命名した。(一部 改変)」とある。高根先生は、戦前の東北帝大教授。昭和20年4月に長崎市内で爆死されたという。本鉱は恩師に対する最高の追悼の品であろう。マンガン鉱床の成因についてはまだまだ謎が多い。そもそも海底の「マンガン団塊」とはいったい何者なのか?そんな中で、微生物の作用でマンガン鉱床が出来つつある北海道阿寒湖近くの「湯の滝」は、学会にセンセーショナルな一石を投じた発見であった。2000年には緊急に「特別天然記念物」に指定され厳重に管理されている。マンガンは、生体ではミトコンドリアの中に多く含まれている。内部の電子伝達系における数多くの酵素の補助因子として不可欠の存在だからで、その欠乏によって成長傷害や血液凝固能低下、血清コレステロール低下、皮膚炎など数多くの傷害が報告されている。そもそもミトコンドリアは、太古に生命に侵入、寄生した原核微生物といわれ、宿主細胞とは独立したDNA、細胞膜を持っている。宿主細胞の活発なエネルギー源がミトコンドリアの電子伝達系に依存していることを省みるとき、マンガンこそがわれわれ真核生物にとって、最も必要で有り難い元素ではないかとも思えてくるのである。
26.Fe(鉄) 別子銅山・・・・・・別子銅山は銅山ではあるが、銅の含有量はたかだか数パーセントで、その採算性は豊富な鉱石の埋蔵量に依存していた。成分的に見れば鉄の方が遙かに多い。これに目を付けたのが、明治22年に外遊から帰朝した広瀬宰平であった。外遊中、西洋鉱山の製鉄業と鉱山鉄道には特にその意を動かされ、「別子の製鉄」に向けて頑迷とも言える一途さで推進したが、採算折り合わずとの上層部の意向でついに幻に終わった。結局、このことが遠因となって彼は住友総理事の職を退くこととなる。「四季の序、効を成すものは去る」の言葉を残して・・。言葉とはうらはらな憤懣遣るかたない彼の無念の思いが偲ばれる。製鉄業は、宰平最後の見果てぬ夢であったのだろう。Feは、言うまでもなくヘモグロビンの中心元素。生体のすみずみまで酸素を運ぶ担体である。ただ単純に酸素を運んでいる訳ではない。体が発熱状態や強い酸性状態にあるときは、酸素飽和度が減少して、必要とする末梢組織に酸素を受け渡しやすくする自動調整ができる。これは「ボーア効果」といって、医学生が生理学で最初に感動する生体の神秘のひとつである。一方、カニやエビの血液は青いが、これはヘモシアニンという中心元素が銅の酸素運搬物質のせいである。同じ地球の酸素を利用しながら、生命の長い進化過程のどこで進む道を分かつていったのか、謎は尽きない。
27.Co(コバルト) 佐々連鉱山・・愛媛県でコバルトを含む鉱石といえば、佐々連鉱山のカロール鉱、大久喜鉱山の輝コバルト鉱がまず挙げられる。特に佐々連鉱山のカロール鉱は、日本の肉眼的稀産鉱物の最右翼的存在である。稼行中ならいざ知らず、閉山から30年も経て、その稀産鉱物を手にいれることなど、まず不可能と思っていたが、ひょんなことから購入した佐々連産のキースラガーに小さな銀白色の粒が入っていることに気が付いた。皆川先生に鑑定してもらったところ、たぶんカロール鉱だろうとのこと。成る程、こんなものなんだと思って他の鉱石をよくよく観察すると、別子産の斑銅鉱にも同様の小さな鉱物が混入しているのを見つけた。さっそく東京の鉱物科学研究所で蛍光X線分析をしていただき間違いなくカロール鉱ということで、佐々連に限らず、他の三波川帯のキースラガーにも含有されていることを確認できた次第。そんなコバルトは生体で必須微量金属である。ビタミンB12の構成金属として、葉酸と協力して赤血球の生産したり、神経細胞内のタンパク、脂質、核酸の合成を助けたりする。従って、ビタミンB12の欠乏は、神経症状や悪性貧血を引き起こす。このビタミンは動物性で微量しか必要としないので、菜食主義者以外はまず足らなくなる事はないが、胃から分泌される内因子と結合することによって回盲部から吸収されるため、胃切除術を受けた人は少し注意が必要である。Co60 はまた、強いγ線を出すのでガンマーナイフなどの癌治療にも利用されている。
28.Ni(ニッケル) 西条市加茂川・加茂川といえば「加茂川ひすい」。愛石家に珍重される美しい輝緑色の石で、珪ニッケル鉱とかスメクタイトなどとも呼ばれる。宮久先生は「愛媛の自然」の中で、「この石は、以前から一部の人々によって“ニッケル鉱石“として注目されていたようで、関川の支流、加茂川中流、市ノ川ふきん、砥部川上流などの結晶片岩中にときどきみられ、蛇紋岩のなか、またはその延長の片岩中に分布します。」と述べている。よく似た鉱物にヒーズルウッド鉱やビオラル鉱などがあるが、すべて蛇紋岩の中に包胎しているのも面白い。しかし何と言ってもニッケルといえば、隕石であろう。なかでも隕鉄は主に「鉄−ニッケル合金」でニッケルの含有率は15%程度であるという。以前に香川県高松市の地下深く巨大なクレーターがあると話題になったが、そこからも、証拠となる「自然ニッケル」が確認されている。地球はそんな隕石が衝突しあってできた鉄族惑星なので、ニッケルは地球内部にも多量に存在していると考えられている。生命起源をその隕石に求める最近の風潮からすると、生体は一方の鉄をおおいに利用して進歩を遂げたのだから、もうひとつのニッケルを利用しても一向におかしくはない。ニッケルが役に立っているのかどうかは長らくわからなかったが、ようやくさまざまなリボ核酸中に見いだされてDNAやRNAの安定化を図っていることが明らかになりつつある。また鉄吸収の補助剤であるともいわれ、結構、生体の中心で頑張っている訳だ。やはりそうであろう、そうでなければならないとひとり納得している今日この頃である。
29.Cu(銅) 別子銅山・・・・・・愛媛の鉱工業を支えた銅山。三波川帯の結晶片岩中に、層状含銅硫化鉄鉱床として各地に包胎している。その鉱石も含銅率100%の自然銅から、0.01%程度の“素石”寸前のガリ鉱に至るまで多種多様の産状を示している。超高品位の輝銅鉱や斑銅鉱、四面銅鉱の部類はそれなりに鑑別もしやすいが、当時の採鉱夫が使っていた一般のキースラガーの分類になると・・たとえば塊状鉱の「イヤ」「アツバク」「シロジ」「メゴマ」や、縞状鉱の「カワ」「イシジ」「ガリ」、脈状富銅鉱の「ジョウバク」「ナリカエリ」「ソバカハ」「ヒトハガイ」「ハリガネセンマイ」「クロバク」「ヨモギ」などこと細かな名前が与えられていて、どれがどれやらサッパリわからない。しかし、これを即座に答えられないと一人前の採鉱夫とは到底言えない訳だ。以前、別子の鉱石を鑑定してもらいに「別子銅山記念館」を訪れた際、同席された鉱山の方は「ああ、これはアツバク、鉱床の下盤、それも東部に近い坑道のものです。」など次々と即座に答えられ呆気にとられるとともに、やっぱり大したものだな〜と心から感服した思い出がある。そういう方々がご健在な今ならまだ間に合うが、もう半世紀も経てば、これらの分類も完全に過去のものとなるだろう。なんとかして後世に伝える方法がないものかと思案に暮れる昨今である。さて、その銅。銅を含むタンパクや酵素は数々あれど、やはり電子伝達系のチトクロームc酸化酵素の構成成分であることを忘れてはならない。これがないと酸素を活用できないため、ヒトは一秒たりとも生きてゆくことはできない。銅は単に身の廻りの道具であるばかりか、体内の道具としても、人類が利用したもっとも古い金属の一つであると言えよう。
30.Zn(亜鉛) 周桑郡千原鉱山・・桜三里の景勝地、千羽ヶ嶽。その山懐に「千原鉱山」がある。宝暦3年の古文書に「千原銅山宿壬生川三津屋紛争し・・云々」とあるので相当古くから開発されていたことがわかる。また、明治時代にはあの狭隘な山間で精錬を行ったものだから、煙害や川への鉱毒流出が著しく、別子銅山とともに煙害訴訟の槍玉に挙がったことでも有名である。一方、あの近辺は、徳島からまっすぐ延びてきた中央構造線が、北側の巨大な領家帯の花崗岩に押されて南に撓っている場所で、凄まじい断層や褶曲が坑道のあちこちに見られ、地質学者の研究の対象にもなってきた。そういう訳で、ここの閃亜鉛鉱は、別子銅山や大久喜で普通に見られる産状とは異なり、石灰岩質の母岩の中に粒状を為して連なる特異的な形態で、皆川先生はスカルンの一種であろうと述べておられる。先生によるとミネラライトで黄褐色に美しく光るそうだが、小生のは蛍光らしきものを見ることができずとても残念に思っている。さて、亜鉛は必須微量元素の一つで、その生理作用はタンパク代謝、脂質代謝、糖代謝、骨代謝など多岐にわたる。また、味覚を司る「味蕾」に多く含まれており、その欠乏は味覚異常や味覚消失を引き起こす。もっとも有名なのは男性の精液に多量に含まれているということ。精子が元気に発育するためには不可欠であり、その欠乏は性機能の低下や男性不妊の原因のひとつとされている。しかし、大抵は食物から充分量を補給できているので、よっぽどの偏食や絶食状態が続かない限り症状がでることはない。世の男性方の悩みをいいことに「亜鉛」のサプリメントも世に溢れてはいるが、精力減退の原因は別にあることが多い。
32.Ge(ゲルマニウム)四国炭坑・・Geは、松山市久谷の四国炭坑の石炭に微量認められている。しかし、これは有機Geとしての含有なので、狭義の鉱物とは認められないかも知れない。有機Geは、今もサルノコシカケや朝鮮人参などに含まれ、制ガン剤やガンの免疫療法に利用されている。小生がまだ駆け出しの頃は、胃癌の患者さんに「クレスチン」というサルノコシカケ抽出物を使用するのが流行っていた。キノコがそんなに効果的とはどうしても思われないので使わないでいると、「どうして使わないんだ!」と先輩からどやされたものだ。「どうして使わなければならないんですか?」とはどうしても言えず、しぶしぶ処方箋に書き込んでいたのを思い出す。さすがに、その後の調査で目標となる効果も現れず、おまけに効果ならぬ“高価”な薬なので、今は単独で使用されることもなく、保険上の審査も厳しくなっている。しかし、患者さんの“藁をもつかむ”気持ちは痛いほどわかるので、いろいろな「キノコ」や「丸山ワクチン」(最近はあまり聞かなくなったが・・)などの免疫療法(保険適用はない)も希望されれば無碍に否定することはしないようにしている。一方、金属しての無機Geは、体内に入れると倦怠感や消化器症状、食欲不振、腎障害、貧血などをきたし、死亡例の報告もあるので危険である。健康補助食品の中には、無機Geを混入している粗悪品もあるので、特に注意が必要であると「朝倉の内科学」教科書にも明記されている。世に氾濫しているもうひとつのGeは、体表のブレスレットやテープなどの金属製品。半導体のように電子が流れて、生体電流を整えるということだそうだが、半導体の性質を得るには、まず精度99.999999999%(イレブンナインの法則)の金属ゲルマニウムの精製が必要である。製品には、果たしてそれほどの純度があるのだろうか??
33.As(砒素) 西条市河口・・・・県内の砒素を含む鉱物を二、三列記すると、別子銅山の砒四面銅鉱、奥道後の硫砒鉄鉱、大久喜鉱山の輝コバルト鉱、福見山鉱山のゲルスドルフ鉱など硫化鉱物が多いが、ここではアルデンヌ石を挙げたい。堀先生によると「マンガン、砒素、バナジウムの組み合わせは地球化学的に面白く、何か特別の生成条件を示唆している」という変わり種だ。三波川帯のマンガン鉱物はブラウン鉱にとどまらず、灰バナジンザクロ石やこのアルデンヌ石などとにかくユニークである。黄褐色の地味な鉱物ではあるが、愛媛の稀産鉱物でもあり、小生のもっとも慈しむ鉱物のひとつとなっている。鉱物として慈しめても医学的には慈しめないのが、この砒素である。ナポレオンの暗殺、徳川秀忠正室(於江与)の暗殺、孝明天皇の暗殺(以上、確証はなし)、森永砒素ミルク事件、最近では和歌山砒素入りカレー事件など無色、無味、無臭をフル活用?した中毒事件は枚挙に遑ない。殺鼠剤、シロアリ駆除剤で容易に入手できるのも問題である。急性中毒は診断が比較的容易であるが、慢性中毒は症状が多彩でなかなか診断できないのも厄介である。調べていると、昭和初期に今治市波方町でも「黒んぼう」と呼ばれる砒素中毒が発生したそうだがいったい何が原因だったのだろう?事故か?事件か?・・興味は尽きない。
34.Se(セレン) 別子銅山・・・・Seは、別子鉱床にわずかに含まれており、回収の対象にもなっていた。酸素やイオウと同じ属性を持つが、あまり馴染みがない金属である。恥ずかしい話しながら、セレンがどういう外観なのか今までお目にかかったこともない。しかしセレンには光をあてると、その金属抵抗が変化するという極めてユニークな特性を有する。それを利用したのがファクシミリプリンターだ。セレン蒸着したドラムは、それまでの感熱式プリンターに比べて極めて鮮明で一世を風靡した製品である。今は他の金属にお株を奪われてしまったが、ふたたび最新の「常温超伝導」物質として物理学の表舞台に現れつつあるのはとても頼もしく感じる。また、微量のセレンは、体内でも、大変良いことをしてくれる金属として有名である。それはグルタチオン ペルオキシダーゼという抗酸化酵素の構成金属だからだ。抗酸化酵素は、その名の通りビタミンEやCと強力して、癌の原因となる活性酸素を取り除いてくれる。アメリカの調査では、セレンを土壌に多く含む地域の癌化率が、少ない地域に比べて有意に低かったという。また、セレン欠乏は「心筋症」などの原因になるといわれており、「必須微量金属」の栄誉が与えられるに至ったが、反面、セレンの摂り過ぎは極めて有毒でもあるので注意が必要である。
38.Sr(ストロンチウム)槙ノ川・・安山岩の大きな晶洞に咲く、方解石、霰石、モルデン沸石、濁沸石、菱沸石、剥沸石、輝沸石、魚眼石、ダトー石は、鉱物愛好家なら誰もが憧れる愛媛の美しい「石の花」だ。「含ストロンチウム輝沸石」は、その一つではあるが外見上の特徴と呼べるものはない。むしろお隣の、高知県高岡郡日高村産の「ストロンチアン石」の方が有名である。これは石灰岩中の方解石脈の割れ目に成長した針状結晶で、本邦の稀産鉱物。元素ストロンチウムは、イギリスのストロンチアンで産出したこの鉱物から1808年に抽出された。ストロンチウムは食物から毎日2mgほど摂取され、同族のカルシウムと性質が似ているため骨や歯に蓄積されていると考えられている。この元素が注目されたのはチェルノブイリ原発事故であった。ウランやプルトニウムの核分裂物質であるストロンチウム90が、人体に吸収され骨に長時間蓄積(半減期は約30年)される。ストロンチウムは次第にイットリウム90に変わるが、この間、強力なβ線を出し続けるために白血病や癌などへの発現が促進される訳である。このように危険極まりない一面を持つ元素ではあるが、ストロンチウムはガスバーナーによる炎色反応で鮮紅色を呈するのが特徴で、ナトリウムやカルシウムとともに高校の化学の教科書を飾っていたのを思い出す。それを応用した花火の鮮やかな赤い色は、ストロンチウムの平和を彩るもう一つの顔でもある。
39.Y(イットリウム)松山市米野々・イットリア石。「カコウ岩ペグマタイト中に暗緑色ガラス光沢のある塊状〜錐面を持つ柱状結晶?」と「愛媛の鉱物」には記されている。米野々のほかにも、同じペグマタイト鉱山である庄鉱山からも見つかり、また立岩鉱山のトロゴム石は、イットリア石の変質物であろうと皆川先生は指摘しておられる。さらに高縄山のガドリン石にもイットリウムが含まれ、何かこの地域に共通の生成条件が存在するように思われる。イットリウムは、1794年にかのガドリンによって発見された。その名前は、鉱石の発見されたスウェーデンの小さな町イッテルビーによる。ストロンチウムの項でも述べたが、イットリウム90は強いβ線を出す放射性核種で、体内に入ると内部被爆を起こし危険である。また希土類に属するので、蛍光性にも富み、カラーテレビの赤色蛍光物質として利用されている。医療分野では、イットリウムを含む銅酸化物が、液体窒素温度(77K)より高い遷移温度を持つ「高温超伝導物質」であることから、MRIの最新のマグネット物質として注目されている。MRIは、低損失で、より強力な指向性の良い磁場を得るために超伝導マグネットが利用される。超伝導は、普通、液体ヘリウムを使用するため、絶対温度5K程度を維持しなければならず、その冷却装置は大がかりで高価、維持費も大変であるが、液体窒素程度であれば、装置も小さく維持費もグッと節約できる、という訳である。高温超伝導MRIが実用化すれば、CT程度の手頃な医療器具として普及すると思われ、大きな福音となるだろう。
40.Zr(ジルコニウム)馬刀潟・・・馬刀潟の放射性希元素鉱物は、戦前戦後を通じて軍事、医療、核燃料方面で注目されてきた。四国で核燃料を目的に採掘されたペグマタイトは、馬刀潟の「白岩鉱山」と、北条市の「立岩鉱山」の2つしかない。昭和天皇に鉱石が献上されたというから大したものだ。変種ジルコンは灰褐色の短い錐状の結晶で、結晶面が曲がっているのが特徴、以前は「波方石」と呼ばれていた。昔は1cmに近い良品も採集できたというが今は海岸のズリもなく、手当たり次第に転がっている石を割っても見つかることは稀である。愛媛県の誇るもう一つのジルコンは「大山石」。こちらは大山祇神社のある大三島で採集できる。しかし「波方石」も「大山石」も過去の名前となってしまったのはかえすがえすも残念!せめて名前の由来と発見の歴史くらいは郷土史書に詳しく記して永久に残してもらいたいものである。さて、そのジルコンであるが手短な資料を調べてみても生体作用に関しての記述は皆無である。遙か昔には、体内の毒素を排除する力があり、骨折の治療や出産時の苦痛を和らげる効果があると信じられていたようだが、その効果のほどは不明である。「麦飯石」の宣伝にも時々利用されているが、どの程度の作用があるのかはわからない。ただ、風化されにくいジルコンの放射能測定は「ジルコン年代法」と呼ばれ、化石や地層の正確な年代測定に有効で、生命の起源解明にも期待がかかっている。
41.Nb(ニオブ) 白岩鉱山・・・・フェルグソン石。イットリウムとニオブを含む希元素鉱物である。白岩鉱山産のは、黒雲母から垂直に生える様に成長した先端の尖った柱状結晶。剥落面には光沢があり、ヤニのようにギラッと光るのが特徴である。「四国鉱山誌」によると、ここの放射能鉱物は、大正5年頃、東大名誉教授 佐藤伝蔵博士が発見し「波方石」と名付けたことに始まり、昭和9年頃、今治市の医師 市村長静氏が佐藤博士の論文を見て鉱業権を取得、森木弥五右衛門氏を現場担当者にして研究、探査を行った、とある。市村氏は、鉱石を風呂に入れてみたり、コップに入れて飲んでみたり、さらにゴムで固めてラジウムバンドとして売り出すなど、種々の医療への応用を試みたということだが、どれほどの効果があったかは不明である。むしろトロゴム石などは相当強い放射能があるため現在なら恐ろしくて到底お奨めできないが、核分裂の理論や生体への副作用がまだ知られていなかった時代の応用なので、当時としてはむしろ卓見と言えるのではないだろうか?ゴムで固めたラジウムバンドというのも大変ユニークで、ぜひお目にかかりたいものと、一時、今治の骨董屋や古道具屋を尋ね歩いたりもしたが、とうとう探し当てることはできなかった。森木氏は戦後もご健在で、鉱山跡を訪れた子どもたちを親しく案内され、貴重な鉱物をみずから手にとっては渡していたことが「鉱物採集の旅」にも書かれているが、そうした詳しい方々も今は亡く、鉱山跡は荒れるにまかされている。医療面はともかく、現在、ニオブ酸カリウムは、その大きな電気機械結合係数を利用して、チタン酸バリウムなどとともに医療用超音波プローブ用の無鉛圧電体材料に利用されている。超音波検査は、診察代わりに使用されるほど急速に普及しており、動脈硬化の診断には1mmレベルの精度も求められるため今後の更なる発展が期待される。
42.Mo(モリブデン) 弓削鉱山・・モリブデンといえば輝水鉛鉱であるが、越智郡弓削町の弓削石灰石鉱山で皆川先生が発見された「ポウエル石」が有名である。これは灰重石(CaWO4)のタングステンがモリブデンに置換された稀な鉱物で、ミネラライトで強い黄白色の蛍光を発することが特徴である。同じ条件下で産するポウエル石、水鉛灰重石、マラヤ石がすべて強い蛍光を発するというのも興味深い。なぜ蛍光を発するのか?その詳しいエネルギー構造はまだわかっていないというのだから鉱物学もまだまだ奥が深いという外ない。モリブデンは生体の必須微量元素。キサンチンオキシダーゼ、亜硫酸オキシダーゼなどフラビン酵素の重要な構成成分で、絶食状態が長く続くと、頻脈、多呼吸、夜盲症、失見当識、昏睡状態など重篤な症状に陥ってしまうという。しかし、その必要量はごく微量であるため、まずお目にかかることはない。もし、同じ症状が見られても、よもやモリブデンが欠乏していると診断できる医者はほとんどいないのではないだろうか。本稿を書くに当たってモリブデン欠乏症の文献を少々あさってみたが、すべて同じ症例、同じ文章であったのもそれを裏付けているようだ。
46.Pd(パラジウム) 別子銅山・・パラジウムは白金族の柔らかい金属で、1803年に白金鉱石から発見された。別子銅山では従来、金銀の分離は造幣局に委託して電気分解にかけていたが、昭和11年の電練工場の完成に伴い自家精製になるとともに、昭和13年からはパラジウムの抽出も可能となった。戦前は年間 5〜6kg 程度の生産量が記録されている。この数値は金銀やセレンに比べるとすこぶる少量で、地殻に平均で 0.0006 ppm (0.00000006%)しか含まれていない稀少金属であるというのも良く理解できる。パラジウムを使用する電子部品も多いが、如何せん、その稀少性とともに生産量の大半をロシアに依存するという政治的特殊性もあって市場の動きもなかなか複雑なようである。パラジウムはまた毒性が弱いので義歯の材料としても有名で、金銀とパラジウムの合金は「金パラ」と呼ばれ汎用されている。さらに最近は女性の身を飾る装飾品の金属材料としても人気を博している。これが「ホワイトゴールド」で、白金、パラジウム、ニッケルの合金、色調も白金の銀白色に近い。おまけにプラチナよりかなりお手頃値段であるというのもグッド!名前も“白金”と紛らわしいので以前はプレゼントしても簡単に騙せたが、さすがに最近は、ホワイトゴールドというと「安物」という軽蔑の眼で見られることがあるかも知れない。しかしパラジウムは、ニッケルよりも白金よりも皮膚アレルギーの頻度が少ないらしいので、「君の体を思って、あえてこちらを選んだんだよ。」と自信をもって答えると良いだろう。
47.Ag(銀) 大久喜鉱山・・・・・愛媛の産出する銀のほとんどは、キースラガー鉱床の高品位鉱に伴われるもので、銀含有率は低いが、それを巨大な鉱石の産出量でカバーしている。四国には銀山として稼行されている場所はないので、ここでは、「愛媛鉱産誌」中でもっとも銀含有率の高い大久喜鉱山を挙げておいた。大久喜は御荷鉾帯に属する数少ない銅山で、母岩が砂岩や粘板岩、チャート、輝緑安山岩など特異なことも品位に関係しているかもしれないが、それでも 銀含有率は60g/ton 程度である。お隣の高知県、土佐郡大川村小麦畝の古い記録(土佐藩仕置き役「松平長兵衛高継」の元禄13年の視察文書「節録」)には「・・小麦畝の銀山へも罷り越し見分仕り候。ただ今長さ八間余、高さ三尺余、横二尺余掘入り候。・・右銀石、かね掘りの者に割らせ、少々吹き(精錬)申し候処、銀ござ候・・」という「銀山」?の記述もみられるが、真偽のほどは不明である。銀は貴金属であるばかりか熱伝導性や電導性にも優れ応用分野も極めて広い。電線にも本当は効率的な銀を使用したいところだが、そんなことをするとあちこちで盗まれて停電だらけになるだろうから?仕方なく銅線を使っている訳である。銀は優れた殺菌性も呈するが、体内では毒にも薬にもならず排泄されてしまうことが多いようである。組織での含有量は 0.8mg/dl 程度。あまり中毒症や欠乏症も聞いたことはない。ただ薬としての歴史はすこぶる古く、「本草綱目」という明の医学書に角銀鉱が眼薬やてんかんの処方として用いられることが述べられているそうで、今も殺菌薬として使用される硝酸銀溶液ひとつにも中国四千年の重みが感じられる。
48.Cd(カドミウム) 奥道後・・・カドミウムは、亜鉛とともに産することが多く、「カドミウム」の名称も「菱亜鉛鉱」を意味するギリシャ語のkadmeia に由来している。東日本の「黒鉱」には含有量が高いが、キースラガー鉱床では概して少ないようである。「日本鉱産誌」でも、大久喜鉱山が「痕跡」程度で記載されているに過ぎない。標本程度ではあるが、奥道後温泉ホテル付近の崖で、黄銅鉱や黄鉄鉱、閃亜鉛鉱に伴う少量の硫カドミウム鉱が採集できたという。これは花崗岩に接触した砂岩や頁岩の変成したホルンフェルスによるものである。しかし、ここも柵に囲まれて今は立入禁止となっている。カドミウムは言わずと知れた「イタイイタイ病」の元凶物質。神岡鉱山から神通川に流出したカドミウムによる慢性中毒症である。肺、腎、骨などに蓄積して時に致命的な傷害を引き起こす。特に骨軟化症の症状は重篤で、触っただけでも骨が折れてしまうほどであったという。昔見たドキュメントで「皆さんは、こんなに綺麗な川に毒が含まれていると信じられますか?私は今も信じられません。こんなに綺麗な川なのに・・・。」と涙ぐんで佇む老人の姿が印象的だったが、魚も住めないその綺麗さこそが悪魔の仮の姿だったのである。
50.Sn(すず) 別子鉱山・・・・・・愛媛の鉱物で、錫鉱といえば別子銅山の「黄錫鉱」「赤錫鉱」であろう。小生のは、おまけにもらった別子のキースラガーに付着していたもの。四面銅鉱の部類かと思い、住友化学でEPMA分析してもらったところ黄錫鉱であると判明した。住友化学の方も興味を抱かれたらしく「別子の黄錫鉱」の論文を何編かコピーしてくださった。「よかったですね〜!別子からこんなものも出ているんですね!大切にしてください。」と我が事のように喜んでくれたのを憶えている。元来、四国では錫鉱は皆無といわれていたが、下部鉱床からキースラガーとは異なる熱水鉱床鉱物の「黄錫鉱」が発見され採鉱課の研究者達は目を瞠った。別子の地下深くに熱水の源となる残留熱源が横たわっていることが推測されたが、実際にどの時期のどのような形態なのかは明らかになっていない。まあ、中央構造線の直上なので、今「日本沈没」で話題となっている「メガリス」のような巨大なエネルギー源が存在していても不思議ではないが・・・。錫は生体には約14mg程度含まれているが、人体に必要な元素かどうかは明らかではない。有機スズ化合物のひとつであるトリメチル錫は、ラットで海馬傷害をおこすと言われている。海馬は短期記憶に必要な場所、いわばコンピュータのキャッシュメモリーに相当し、その障害は重大な記憶障害を引き起こす。海馬を摘出された人は1秒前のことも思い出せない、現在のみに生きる「瞬間人間」になるということだ。それは、嬉しくもあり嬉しくもなし、といった心境であろうか?!(新・医学ユーモア辞典 長谷川榮一著より抜粋)
51.Sb(アンチモン) 市之川鉱山・市之川鉱山の輝安鉱。大英博物館の鉱物部門の中心にドッカと収まって燦然と輝くその冠たる姿は、まさに「鉱物の女王」の名に相応しい。名実ともに愛媛の誇る世界一の鉱物である。和田維四郎教授も「日本鉱物誌」の中で「・・多数の産地中特に著名にして其名を世界に知られたるものは伊予市ノ川なりとす。・・其結晶の盛に現出したるは明治十四五年より明治二十年頃の間にあり。当時採取されたる結晶は多く外国人を由て海外に輸出せられたり。外国鉱物学者が本邦産の鉱物中最も貴重し且つ研究を精密にしたるものは当時輸出せられたる輝テイ鉱(輝安鉱に同じ)の結晶にして各国の大学及博物館中之を見ざるはなく各国の産に比し卓絶せるものなり。」と絶賛している。特にその存在が世界に知れ渡ったのは、明治11年、藤田組(後の同和鉱業)がパリ万博に出品してからだと言われるが、同じ時期、東京帝大教授のクルト ネットーが「日本鉱山編」という書物の中で市之川を紹介しているのも見逃せない。ネットーは実際に別子銅山や市之川を訪れて、その様子をスケッチに残したことでも有名である。その女王の名とはうらはらにアンチモンは、猛毒で昔から殺虫剤として用いられてきた。クレオパトラがハエ避けに、目の回りに塗っていたのは有名。また、飲むと吐き気を催すため、催吐剤でもあった。モノの本によると、現在は、この有毒性を利用して、日本住血吸虫やフィラリアなど寄生虫や原虫の駆除剤として用いられている。たとえば、5価アンチモン化合物のスチボグルコン酸ナトリウム Sodium stibogluconate(商品名
Pentostam)。このスチボは、まさにStibniteの接頭形である。でも、なんか副作用が強そうではある・・・ 「美しい××にはドクがある!」は、女性にも石にも通じる格言である。
56.Ba(バリウム)上浮穴郡久万町・バリウムの鉱物、重晶石はキースラガー鉱床に普遍的に含まれている。Ba自身はそう珍しいものでもなく、回収の対象にもなってはいなかったが、鉱床の割れ目に白く咲く重晶石の花はとても美しかったという。銅鉱床だけでなく、重信川上流の和泉頁岩の割れ目や、久万町の安山岩の晶洞にも、白色板状結晶で見ることができる。和泉頁岩の場合は、生成過程として「頁岩中に含まれている硫化物が地下水により分解され、間隙水が硫酸酸性となり、有機物などに吸着されていたBaと反応して沈殿したもの。」と皆川先生は述べておられる。一方、小生は久万町産のものを一個持っているが、小さな晶洞にモルデン沸石と共存する紙のように薄い結晶は、いつ見ても飽きない面白さがある。世には「北投石」というラジウムを含む不思議な石がある。硫酸バリウムの温泉沈殿物であるが、日本では東北の玉川温泉しか記載がなく、現在、天然記念物に指定され採集は禁止されている。ところがなんと、この石が愛媛県にあるというのだ。そこは大洲から八幡浜に向かう途中にある「嵯峨野温泉」?!露天風呂に北投石の入った袋が沈めてある。触ってみると、確かに石を砕いたような感触はあるが、こんなもので本当にラジウムが効くのであろうかと首を傾げることしきり。まあほんのギャグだが、鉱物採集の帰りにでも、疲れ治しにお寄りになってみるとよい。バリウムは、ご存じのように胃透視の造影剤として広く用いられている。硫酸バリウムは、溶解度積が非常に小さく体内でもイオンに解離しないため安全なのである。これが炭酸バリウムや塩化バリウムになるとたちまち強い毒性を発揮するので代用にすることはできない。硫酸バリウムは、安価で優れた造影剤であるため、ときどき便秘や腸穿孔などの副作用が問題となることもあるが、100年以上にわたって使用され続けている数少ない無機医薬品のひとつである。
57.La(ランタン) 白岩鉱山・・・希土類ランタノイド系元素の総称として使用される。これら元素の特徴は、化学的性質を左右する最外核電子は不変のままで、内側の電子軌道に次々と電子が埋まっていくというもので、原子番号は増えてゆくが周期律では同じ3(VA)を占め、別表に15ヶを羅列しているため、慣れないとちょっとわかりずらい。ランタンとはその軽妙な響きが美しく、キャンプで用いられる灯りのランタン(lantern)に通じるものがあるが、実はギリシャ語で“人目を避ける”という意味の “lanthanein”に依るそうで“灯り”とは関係ない。ブラウン管の蛍光剤として汎用されているが、小生が小学生の頃、全国上空を雄大な飛行船が飛び回った。名付けて「キドカラー号」。某電機メーカーのカラーテレビの宣伝であったが、坂出上空を舞ったときは授業を中断して全校生が屋上に集結、ちぎれんばかりに手を振り続けたのを憶えている。いま思えば素朴な良き時代であったが、あの「キド」は「希土」のキドということである。(金属なんでも小事典より)さて、愛媛県のランタンは、皆川先生によると白岩鉱山の褐簾石分解産物であるバストネス石に、セリウムと一緒に含まれているということである。バストネス石を見たことがないため詳しいことは書けないが白色粉状の地味な鉱物で、「楽しい鉱物図鑑」所載の板状結晶体のごとき美しいものではない。ランタンの生体作用は明らかでないが、細胞膜を通過しないようなので、将来的には造影剤などへの応用が期待される。
58.Ce(セリウム)越智郡玉川鉱山・愛媛県の代表的放射線鉱物である褐簾石。領家帯のカコウ岩ペグマタイトに含まれる緑簾石の一種で、セリウム、トリウムなどの希土類元素を含み弱い放射能がある。白岩鉱山、立岩鉱山産がポピュラーであるが、ここでは、「玉川鉱山」の褐簾石を挙げておこう。玉川鉱山は長石を主体に採掘していた鉱山だが、皆川先生によると、ここから産出した立派な褐簾石が新居浜の愛媛県立総合科学博物館に保管されているということだ。博物館には「四国鉱山誌」でお馴染みの「四国通商産業局」寄贈の四国産鉱物コレクションがあり、企画展などの折りに“まれ”に展示されることがある。小生も、香川県猫山鉱山の「珪線石」標本を見る機会があったが、稼行時代のとても立派なものであった。わが四国の宝であるので、ぜひ、年に一回くらいは県民の目に触れさせていただきたいと思う。一方、玉川鉱山の褐簾石は、先生も何回か現地の鉱山跡を探索されたそうだが、未だ巡りあうことができない”wanted mineral”のひとつということだ。ぜひ、どなたか見つけていただきたいと願っている。セリウムで有名なのは「ベローゾフ ジャボチンスキー反応(B−Z反応)」であろう。1958年にベローゾフが発見したもので、臭素酸カリウムとセリウム塩を含む硫酸水溶液にシュウ酸を加えると、溶液の色が無色から淡黄色に周期的に変わり、それが際限なく繰り返される。したがって、これは一種の閉じた反応系を形成する「動的平衡状態」と考えることができる。ちょっと難しく聞こえるが何のことはない、「動的平衡」とは生体系の反応そのものである。生体で「静的平衡」とは“死”そのものを意味するものだから・・・。とにかくB−Z反応は、有機の複雑な過程を、無機で再現できる貴重な突破口になるかもしれない重要な反応で、代謝モデルやロボット制御への応用など21世紀の人類の夢がかかっている。
60.Nd(ネオジム) 立岩鉱山・・・北条市の立岩鉱山から、ペグマタイト褐簾石分解産物のネオジムラブドフェンが、皆川先生の「四国産鉱物種」に記載されている。その構造式
(Nd, Ce, La)PO4・H2O は、ときどき放置された放射性鉱物として問題となるモナザイトとよく似ているが、同じ鉱物と考えてよいのだろうか?
モナザイトの放射能は、トリウムが微量成分で含まれているからであるが、立岩鉱山からは、褐簾石のほかにトロゴム石やフェルグソン石も一緒に産出するため、なかなかひとつの鉱物に集約するのは難しいかもしれない。リン酸が炭酸に変わると、かの有名なネオジムランタン石になるのだが、母岩も異なるため生成過程もまったく別物なのだろう。しかし、3つのレアメタルがだいたい“仲良しこよし”で現れるのはとても面白く興味深いものがある。医療では凝固用レーザーとして、よく
Nd:YAG レーザーが用いられている。レーザーを発振させるロッドは、ガラス棒のような形で両端が全反射するようにブリュースター角に切ってある。潮解性があるため密封されていてなかなかお目にかかる機会もないが、小生は物性研究所で一度、拝見したことがある。確かにきれいなガラス棒そのものであったが、かすかにピンク色をしていた記憶があり、それはたぶんネオジム自身の色だったのだろう。その美しい色とはうらはらに、何個もの増幅装置を経たレーザー光は強力な見えない破壊光線になった。時代はまさに1980年代後半、レーガン大統領のスターウォーズ計画のまっただ中で、マスコミの問い合わせや抗議、非難、危惧を抱く有識者の訪問で、大学は連日とても賑やかだったし、小生も医療光線と殺人光線のはざまで自問自答する日々が続いたが、そのキャンパスも都外に移転して跡地には影もなく、今はもう懐かしい思い出の世界でしかない。
73.Ta(タンタル)八幡浜大島・・・マンガンコルンブ石。皆川先生の「愛媛の鉱物」には、「鉄電気石を伴う斑糲岩質ペグマタイトにブロック石を伴い黒褐色柱状結晶をなす。」とあるが、なかなかイメージしにくい。加藤昭先生の「ペグマタイト鉱物読本」には、「Ta置換体の鉄コルンブ石およびMn置換体のマンガンコルンブ石とは化学組成上連続するとされているが、前者の理想化学式
FeTa2O6 の相当する鉱物は別構造の鉄タピオル石であるので、連続固溶系は端成分までは伸びていない。」とまったく意味がわからない。堀先生の「楽しい鉱物図鑑」では「コルンブ石はニオブ、タンタル石はタンタルという珍しい元素を含む代表的鉱物である。・・ニオブとタンタルの割合が自由に変化するので中間的なものもあり、この2つの鉱物を区別することはむずかしい。」となんとなくその感じが掴めるという程度でなかなか難しい鉱物である。しかし稀少性が高く、コンデンサーや半導体などに非常に役立つレアメタルのひとつとして、愛媛でタンタルの産出が確認されたのは誇らしいことだ。タンタルは、沸点が非常に高いので、昔は電球のフィラメントに用いられていたがタングステンに取って代わられた。最近はもっぱら集積回路のコンデンサーとして需要性が高い。また、タンタル合金は耐腐食性、耐摩擦性にも優れ、細胞毒性も極めて小さいことから、生体材料、特に歯のインプラント治療用の金属材料として注目されている。ちなみにレアメタルの、チタン、ジルコニウム、ニオブなどは生体毒性がないが、バナジウムの毒性は結構知られていて、同じ周期律系列でもどうして生体内の性質はこんなに違うのか、思えば不思議なことである。
74.W(タングステン)睦月島・・・・スカルン鉱物である灰重石は、瀬戸内海の睦月島、大三島、弓削島、明神島などの石灰石鉱山や、松山市近郊、石手川流域などで見いだされている。お隣、広島県の瀬戸田鉱山では、黒雲母カコウ岩中から鉄マンガン重石も採掘されている。しかし、何と言っても灰重石といえば、山口県岩国市の「喜和田鉱山」であろう。「愛媛石の会」では、最近、2回にわたってその巡検を繰り返したが、それは2005年を以ってすべて閉鎖された坑道内部の最後の見学の機会だったからである。鉱山長 長原正治氏には、あの巨大な第11鉱体をはじめ、二鹿銅山時代の銀切坑跡や、いずれ荒れ果ててしまうであろう「山神さん」までご案内いただき、忘れることのできない素晴らしい時間を過ごすことが出来た。長原氏のご見識と古武士的風格は、往年の鉱業大国日本を支えた、質実剛健、剛毅木訥な一徹鉱山師の姿そのものであり、いつまでもお元気に、鉱山や鉱物の面白さを若い人たちに語り継いでいただきたいと思う。ちなみに喜和田の大坑道「長栄坑」は長原氏を記念して付けられた名前だそうで、氏は愛媛県ご出身でもあり、ここに感謝と敬愛の気持ちを込めて記させていただいた。タングステンは、体内の必須超微量元素と言われている。「超」が付くのは体重1gあたり、1〜10μg 以下を指し、アルミニウム・バリウム・セレン・ヨウ素・モリブデン・ニッケル・コバルト・バナジウム・ゲルマニウム・リチウム・タングステン・チタンが該当するそうである。しかし、これらはあまりに微量過ぎて、どこに役だっているのか未だ不明な点も多く、まだまだ研究段階というのが正直なところであろう。これらを含む健康補助食品を無碍に否定する訳ではないが、中毒症も欠乏症も明らかでない金属を安易にお奨めすることはできない。
76.Os(オスミウム) 銅山川・・・オスミウムとイリジウムの合金であるイリドスミン。銅山川に砂鉱として堆積している。もともとはカンラン岩や銅鉱床に微量含まれているが、それらの風化とともに川床に流れ出したもので、比重が大きいため表土や砂礫層の最下底の基盤上に集中していることが多い。とはいうもののどこでも掘れば出る、という代物でもない。「愛媛石の会」巡検で配布された資料によると、川が流れにくく石がゴロゴロしている所や、岩盤上の割れ目、そこから生えている草木の根っこについている土砂の中などに集積しているそうである。それらを頭に入れた上で必死でパンニングを繰り返したが、結局、砂金もイリドスミンも手に入れることはできなかった。たぶん、上流にダムが出来たために新しい砂鉱が流れて来なくなり、含有層も分厚い砂の下になってしまったことが原因なのだろう。本流がだめなら、ダムのない支流はどうか?昔は、新宮の「辺地床」からも立派な川金が採れたというし、新宮や三ツ足山の銅鉱脈もある。せっかく「霧の森」ほどの立派な施設もあるのだから、この際「砂金の里」として売り出してみてはどうだろう?パンニング皿一日1000円。ネコダ(猫流し)一日5000円・・どこかの“ニセ砂金”よりは、自然の金、白金なのだからぜったいアタルゾ〜と一攫千金を夢見るのは小生だけであろうか・・オスミウムは、ハーバーが「空中窒素固定法」に際して最初に見つけた触媒のひとつ。彼はこの発見によりノーベル賞の栄冠に輝き、固定法成功の報告を受けたドイツ皇帝ウィルヘルムU世は、もはや爆薬、農薬の憂いなしとしてフランス、ロシア、ベルギー、イギリスに対し宣戦を布告、第一次世界大戦が始まったと伝えられる。化学が世界を変えたこの話が有名すぎて、生体との関連を余り見つけることが出来なかったのは残念。小生の不勉強だけかもしれないが・・・。
77.Ir(イリジウム) 銅山川・・・イリドスミンの成分、イリジウム。オスミウムと同様、銅山川に砂鉱として含まれる。この砂金は古代に秦氏により開発されたと伝えられ、川之江にかけて金砂や金田、金川、金生など「金」の付く地名も残っているが、それを証明するものは残っていない。ここに面白い伝説がある。「弘法大師が幼少の砌り、雲辺寺で修行していたところ、美しいカニが何処からか出てきた。大師はそれがほしくて堪らない。それを追って行くうちに宇摩郡三角寺の奥の院「仙龍寺」まで辿り着いた。カニはそこの淵に入ってしまった。そこで、「蟹淵」と名付けたという・・。」たかがカニ一匹に、雲辺寺から仙龍寺まで、御大師様もよくもまあ追っていったものだと感心するが、小生は「カニ」は金のことではなかったかと推測する。江口久雄氏によるとカニはタミル語で鉱物を表し、アイヌ語でもカニが原型のまま残った。アイヌでは、金は「コンカニ」、白金は「シロカニ」といい、日本語の「コガネ」は「コンカニ」の訛ったものであるという。大師は素晴らしい鉱山師であったから「蟹」を「金」と考えれば、この伝説も充分納得できるのである。“金光山”仙龍寺は、今も幽玄な「蟹淵」の真上に覆い被さるように建っており、何処にもない荘厳さに溢れている。ご本尊を安置する岩窟は薄暗くてよく見えないが、それは古代の鉱山跡そのものではないかと考えたりもするのだが、さて如何だろうか?イリジウムはとても硬い金属で万年筆のペン先に使用されるが、医学では前立腺ガンの「高線量率組織内照射法」に利用されている。これは、β線やγ線を出す「イリジウム192」の針のような線源を前立腺内し刺入してガン治療を行うもので、排尿傷害やインポテンツをおこしにくいという利点を持ち、男性にとっては大きな朗報である。
78.Pt(白金) 宇摩郡銅山川・・ 現在、四国には鉱物としてPtが含まれるものはないが、銅山川の河床から少量の金銀、白金、イリドスミンが採集され、かっては鉱区にもなっていた。これらは含銅硫化鉄鉱床やカンラン岩に微量含まれる白金族金属が、鉱床の風化と分解によって川底に堆積したものであると考えられている。実際、別子銅山でも昭和11年以降、戦中にかけて1kg程度の白金を回収している。銅山川では、明治時代に平盤やネコダと呼ばれる道具を使って盛んに砂金が採取されたという。大きな川金を見つけると、雇い主に見つからないように飲み込んで帰り、あとでゆっくり本当の“金糞”が出るのを密かに待ったとか、褌に金ナゲットを隠して「急に金玉が痛くなった。」と云いながら金ごと金玉を押さえて、そのままそそくさと家に帰った話など、抱腹絶倒ものの昔話も数多く伝わっている。さて、Ptはその腐食性や生体毒性のない耐久金属の特性を活かし、古くから入れ歯などの生体材料に用いられてきた。最近は脳動脈瘤をはじめカテーテル治療のコイルとしてテレビでもお馴染みであるが、しかし、なんといっても制ガン剤の「シスプラチン」の中心金属であることを忘れてはならない。がん細胞のDNAをガッチリと組み伏せたシスプラチンの姿は美しくさえある。白金に2つの塩素、2つのアンモニアが結合しただけの極めて単純な無機分子というのも21世紀的な神秘さである。
79.Au(金) 南宇和郡荘和鉱山・・ここに「愛媛県の金銀鉱資源」(宮久三千年、桧垣淳先生 共著)という論文がある。愛媛県の金銀鉱床を4つに分類して詳しく解説したものである。その4つとは、1.新第三期花崗岩に伴う鉱脈型(荘和鉱山など)、2.金銀を目的とした古生層中の含銅硫化鉄鉱床型(野村金山など)、3.副産物として金銀を含む含銅硫化鉄鉱床型(別子銅山など)、4.砂金鉱床型(銅山川など)である。このうち、荘和鉱山は、ホルンフェルスがさらに珪化して灰白色となった母岩中の石英電気脈中に包胎する四国唯一の鉱脈型金山と言われているが、どれほどの金を出荷できたかは不明である。野村金山は、含銅硫化鉄鉱床の金含有率としては群を抜いており、地表近くの酸化した褐鉄鉱中に自然金を認めることもあるそうだが、採算ラインに乗ったかどうかはやはり不明。 銅山川の砂金はPtの項でも触れた通り、明治時代には財をなした人も居たとは云うものの、今はその盛況を想像することすらできない。そんな中で、別子の金はさすがに住友400年の伝統を受け継ぐ“業物”で、今日もグッド・デリバリー・バー(=ロンドン金市場に正式登録されたブランドの金地金)の日本8ブランドのひとつとして健在であるのは、わが「鉱業大国」愛媛の大きな誇りである。しかし、われわれ庶民が金に出会うのはせいぜいお正月に飲む“金箔酒”程度?であるのはまことに寂しいが、金は食べても吸収されないため、まず体に無害と考えてよい。また「金チオリンゴ酸ナトリウム」などの金製剤は、慢性関節リウマチの症状緩和剤として関節内にも注入される。その作用機序はいまだ不明だそうだが、70年も前に、どうしてそんなものが有効とわかったのか不思議といえば不思議である。
80.Hg(水銀) 北宇和郡双葉鉱山・水銀の代表的鉱物である辰砂。古代よりその防腐性や彩色性から尊ばれ、身の周りの装飾品や道具に塗られていた。さらに呪術的意味合いで、死者や棺、石室内部にも使用され、千数百年を経ても不気味な鮮紅色に染まっている。東大寺の大仏建立に当たっては、その鍍金に膨大な量の水銀が使用されたと伝えられ、多数の水銀中毒患者を出したものと推測される。鍍金のほかにも身近な染料や顔料としても有用で、有毒とわかっていながら今に至るまで使用され続けてきた。そんな水銀中毒の代表は「水俣病」。工場から垂れ流された有機水銀が魚に蓄積され、それを食べた住人が重い水銀中毒に陥ったもっとも有名な公害病である。メチル水銀は脳に蓄積して、平衡の失調や錐体外路症状、視覚、聴覚障害を引き起こすため、介護なしでは生きていくことができず、今も4000人近くの人々が苦しみ続けている。一方、血圧計や体温計など身近なところにも無機水銀が使われているが、割れてその蒸気を吸入すると急性の腎障害や嘔吐、神経症状を引き起こすためやはり有毒で、できるだけ迅速に、吸い込んだり体表に付かないようにして処理しなければならない。最近、プロレスで蛍光灯を割りながら相手を攻撃する過激な試合が行われているが、蛍光灯にも無機水銀が使われており、その蒸気を多量に吸い込み、またガラスによる傷口からも水銀が流れ込むため、危険極まりなくほとんど自殺行為と言ってよい。本人達だけならまだしも、レフェリーや周囲の観客にも甚大な影響を及ぼすため、全くもってのほか、という外ない!
82.Pb(鉛) 市之川鉱山・・・・・市之川鉱山の毛鉱。毛鉱はアンチモンと鉛を含む髪の毛そっくりの鉱物である。一方、鉄を含むベルチェ鉱を毛鉱と記載する本もあるが、双方は明らかに異なる鉱物である。本当に市之川鉱山で毛鉱が採れたのだろうか?毛鉱を最初に発見したのはかの田中大祐翁であると云われ、明治32年の「日本鉱業会誌」には「・・鉱脈ヲ構成スル鉱物ハ石英ト輝安鉱ヲ主トシ稀ニ之ニ伴ヒテ水晶、毛状鉱、灰重晶石、方解石ヲ含ム事アリ・・」と記載されているが、戦後の「日本地方鉱床誌」では詳細不明とのことである。それとおぼしき標本が西条市立郷土博物館に保存されているので、ぜひ詳しい成分分析をして「シロクロ」をはっきりさせて戴きたいと思う。四国では「鉛」鉱物は稀少で貴重な存在だから・・。鉛は生体にとっては有害物質。体内に蓄積して腹痛、貧血、神経炎などの多彩な症状を引き起こす。古くはヒポクラテスの医学書にも記載があり、ローマ時代にはすでに水道に鉛管が使われていたため鉛中毒患者が多発したという。何千年も前にそんなことがわかっていながら、今の日本の水道はどうか?鉛管を使っているのは全国の世帯の5分の1にあたる852万世帯、総延長約2万7000キロ以上にも達しているという。濃度が基準以下だから何の問題もない!という論法で本当に大丈夫なのだろうか?
83.Bi(ビスマス) 別子銅山・・・別子銅山は、キースラガー鉱床であるが、深部に掘り進むに従って、深部残留熱源による母岩のホルンフェルス化が進み、多様なスカルン鉱物が記録されるようになった。「・・28L以深では透輝石・珪灰石・アキシナイト・スカポライト・ザクロ石等のスカルン鉱物を伴い・・鏡下では黄錫鉱・輝蒼鉛鉱・自然蒼鉛・格子状黄銅鉱・星状亜鉛鉱等の共生が認められる。」と「住友別子鉱山史」には記載されている。銅山にとってはあまり有り難くない鉱物ではあった。さて、ビスマス(蒼鉛)は下痢を止める「止瀉剤」として汎く用いられている。これは大腸粘膜に被膜を作って刺激を和らげることによる。また、その粘膜保護作用を利用して胃潰瘍治療薬として、さらに最近何かと話題の多い、ピロリ菌の治療の切り札として挙げられたこともある。しかし、原子番号83、それもアンチモンやヒ素と同族の重金属をそう安易に使って良いだろうか、という疑問も残る。実際にビスマス剤の副作用を見ると、「間代性ケイレン、昏迷、錯乱、記銘力減退、無力感、振せん」などの重大な精神神経症状が記載されており、さもありなんと頷ける点も多い。下痢を止めるには余りにも大きな副作用と言えるのではないだろうか。
90.Th(トリウム) 立岩鉱山・・・ランタノイド系とともに3(VA)に属する15ヶのアクチノイド系列。原子番号もここまで大きくなるともはや安定ではなくなり、核分裂を起こして他の元素に変換してしまうものも多く、原子炉内にしか存在しない人工的な物質も含まれるようになる。トリウムはその中でも比較的安定な元素で、発見も古く19世紀にまでさかのぼるため、名前も正当な?北欧神話の軍神トールに由来している。トロゴム石は、愛媛県の誇る数少ないそんなトリウム鉱石のひとつで、立岩鉱山の他、白岩鉱山や庄鉱山などでも産出しているが、その量はわずかのため原子力利用ができるかどうかは明らかではない。小生の所有する鉱石は立岩鉱山産で、一見単なる土状の地味な外見のため、どこがトロゴム石なのかわかりづらいが、ガイガーカウンターを近づけると、壊れてしまうほど一瞬で針が振り切れてしまうので、それと知ることができる。自然の放射性鉱物は、始終傍らに置いておかない限り安全とはいうものの、やっぱり気持ちが悪いので他の鉱物とは引き離し鉛板で囲んで保存している。戦前はこのトリウムが何と体内の造影剤として使用されていた。名前は「トロトラスト」。有名なのでお聞き及びの方も多いだろう。当時はまだ原爆もこの世になく、その被爆に対する意識もなかったため、造影効果も良く副作用も少ないという理由だけで汎用されたが、体内、とくに肝臓や骨髄に蓄積してα線を出し続けるため、戦後になって肝癌や白血病が多発、医療被曝として大問題となった。しかし、それももう50年も前の話でほとんどの人はすでに鬼籍に属しているだろうが、死後もその骨からは、強力なα線が140億年にわたって放出され続けるというのだから恐ろしいというほかない。
92.U(ウラン) 松山市湧ヶ淵・・・含ウラン玉滴石。滴状の形態をとるオパールで、微量のウランを含むためミネラライトで美しい輝緑色に輝く。いわゆるウランガラスと同じ要領なので暗闇で照らすと結構、神秘的である。皆川先生によると湧ヶ淵産のがもっとも透明で美しく輝くそうだが、小生のは槙ノ川産のモルデン沸石と共存しているもので蛍光も今ひとつのようである。ウランといえば燐灰ウラン鉱。「四国鉱山誌」には白岩鉱山の燐灰ウラン鉱が記載されているが再確認されておらず、今に“?”マーク付きである。標本程度ではあるが、同鉱山の閃ウラン鉱やウラノトール石なども確認されている。ウランは今のところ、愛媛で採れる最重量元素。まあ、このあとに続くネプツニウムやプルトニウムの含有量は極めて少なく、さらに大きなバークリウム、カリホルニウム、アインスタニウム、フェルミウムなどは、その名前が示すように、偉大な理論物理学者を記念して創設された研究所の原子炉や素粒子加速器の中でのみ存在する人工的元素で、地球上には存在しないから、ウランがもっとも重い一般的な元素と考えても間違いはないだろう。ゼウスの祖父にあたる天上神ウラノスの名を与えられたウランは、ただ重いというだけでなく原子爆弾の登場によりその最強さと恐怖性を余すところなく人類に見せつけたが、今も核開発と核拡散を止めようとしない人間の愚かさを天上からどのように眺めておられるだろうか?・・やはり、神は最後の審判を人類に下すのだろうか?この最後の審判というのは、罪ある人間はすべて地獄に堕す!という前触れで人類を恐怖のどん底にたたき落とすのだが、予想に反して、神は寛大にもその罪をすべて許し賜う!というシナリオで感動を与えてきたわけだ。しかし自分自身で地獄を作り出した今の人類を、神は本当に許してくれるだろうか?と、得も言えぬ不安と新たな恐怖を感じてしまうのだが、それは小生だけの杞憂にすぎないのだろうか?・・・
さて、如何だったでしょうか?
遠くなった愛媛を懐かしみつつ
万物創世の“水素“から、最後の審判の”ウラン“に至る小生の想いを何とか綴り終えました。
しかし、103番Lrまでの内、54ヶもの元素をカバーする愛媛は、やはりスゴい!
改めて、鉱物王国、愛媛の底力をまざまざと感じることができました。
さらに、新しい元素を書き足せる日をこころから楽しみにしております。
皆川先生!「愛媛石の会」の皆様!おおいに頑張ってくださいネ!!