水晶(久万町産)

  

 

  上浮穴郡久万町産の透明水晶。愛媛県には水晶、石英を採集できる場所はいくらも有るが、これだけ透明な水晶を見つけるとなると、そう簡単ではない。盗掘の危険もあるので、ここでは久万町とだけ記しておこう。久万から面河にかけては、安山岩や石鎚火砕流の凝灰岩が汎く分布しており、岩の間隙には、見事な水晶が群生している場合がある。「愛媛石の会」のY氏が、NHK番組で、面河産の美しい紫水晶を披露し、また産地で採集した水晶を同伴した女子アナに誇らしく手渡しておられた勇姿は、まだ記憶に新しい。水晶は、とにかく不思議な魔力を持つ鉱物だ。それについて、小生の経験したことを少し述べてみたい。

 透明な水晶は「玻璃」とも呼ばれ、古今東西を問わず、遙か昔から大切に扱われている。特に仏教では、金、銀、琥珀、瑪瑙などとともに極楽を彩る「七宝」の一つとして神聖視されてきた。かって、小生が中学生の頃、香川県坂出市の白鳳寺院「開法寺」の発掘調査が大々的におこなわれた。小生も文化財少年団の一員として塔址の発掘をお手伝いさせていただいたが、ある日、現場で小さな琥珀の破片を、友人は水晶の破片を土の中から拾い上げた。どうして、こんな処に琥珀や水晶があるのだろう??さっそく、立ち会われている先生にお見せしたが、琥珀はそこにたまたま在った古い樹の樹液が固まったものだろう??水晶は、横の城山からいくらでも採れるので誰かが捨てたのだろう?・・・と言うことだった。ふ〜ん、成る程。大したものじゃないんだ、でもきれいだからもらっておこう・・とお互い、家に持って帰ったことだけは憶えている。ところが、何年か経って、それが「鎮壇具」と呼ばれる貴重な古代遺物であることがわかったのだ。鎮壇具は寺院建立の際、地鎮のために前もって埋められる祭祀具で、琥珀や水晶が用いられることが多い。地方寺院からの出土は稀で、多くは有形文化財に指定されている。遠い昔、五色の旗に囲まれた壮大な寺院の建設現場で、国司をはじめ豪族があまた並ぶ中を、僧侶がうやうやしく鎮壇具を地中に納める情景は、想像しただけでも身震いがするほどの荘厳さである。何ということ!・・あせって家中を探したが、どうしても見つからない。友人に電話してみたが、水晶を拾ったこと自体も忘れてしまっている・・結局、今に両方とも見つかっていない・・何回、想い返しても、やはり残念で残念で仕方がない痛恨の思い出のひとつである。別に先生を恨む訳ではないが、先生が、そのとき「鎮壇具」の知識を持ってさえおられれば、或いは一大発見として開法寺をさらに有名にしたかもしれず、反面教師の事例として、今は同じ教職に身を置くひとりとして、永くみずからの教訓と戒めにしている次第である。

 また、この写真は、奈良の正倉院に納められている“御物”の水晶である。はっきり言って大した水晶には見えない。「この正倉院の白石英に似た水晶は東大寺の宝物中にも見ることができる。古来我国には透明無色の巨晶を産するところも少なくないのに、さほど美しくもなく、またかつ大きくもなく、琢磨しても念珠となり得ないような水晶が、多数東大寺の宝物として伝えられていることは、或は宗教上の意味があるのかも知れない。正倉院の白石英は、上記東大寺の水晶と甚だしく似通っている点も看過できない。」と益富壽之助先生は、名著「正倉院薬物を中心とする古代石薬の研究」(昭和33年刊 写真も同著より抜粋)で述べておられる。

 水晶は、それほど不思議な力を持つ鉱物である。その価値は、大きさや見栄えとは別次元の何か強い呪術的パワーを秘めているようである。小生は、そんなストーンパワーや卜占は信じるほうではないが、それでも、このような何の変哲もない琥珀や“クズ”水晶が、或いは聖武天皇の御物として、或いは古代寺院の地下に大切に納められている事実に、得も言えぬ神秘さと畏怖の念を感じてしまうのである。

「鉱物趣味は水晶に始まり、水晶に終わる。」という格言にも、なにか特別に人を引きつける力、なにか人類に秘められたもっと普遍的な深淵な力が水晶には隠されているからだ、という気がしてならない。