菱沸石

  

 

 沸石の中では比較的ポピュラーな「菱沸石」。結晶形が三斜晶系で菱面体を呈することから名付けられた。安山岩の晶洞中に成長し、槙ノ川産は、無色透明のソロバン玉状で透入三連晶をなす面白い形態を示す(鉱物採集の旅)というが、この標本は松山市岩子山産で、美しいオレンジ色の典型的な六面体構造である。加藤昭先生の「沸石読本」には、「・・沸石としては、最も水分に富んだ種の一つで、他の沸石よりも晩期の生成になり、他種の下に敷かれることはまずありませんが、方解石だけは、菱沸石の結晶の上によく着成します。」と記されている。この標本を見る限りは、方解石と共生はしていないようだ。劈開がないので、他の沸石とも区別しやすいのも特徴である。

 

 産地の岩子山は、松山市西部、空港への新バイパスのトンネル付近に位置し、全山、角閃安山岩よりなる。古くからの石切場があって、槙ノ川と同様、さまざまの沸石が採れた。水舟淑朗氏は、「愛媛の自然」の中で、「香川県鷲ノ山とともに四国でもっとも美しい菱沸石である。」と絶讃している。香川県鷲ノ山も有名な沸石の産地であるが、こちらは沸石よりも寧ろ母岩である安山岩のほうがさらに有名である。というのも、香川県下の古墳の石棺が、ここの石材を用いて作られていることが証明されたからで、戦前、京都帝大により発掘調査された高松石清尾山の猫塚や石舟塚、東京国立博物館にその石棺が蔵される綾歌郡栗熊の快天山古墳、勾玉付き石枕で全国的にも有名な善通寺市の磨臼山古墳、さらに遠く大阪柏原の線刻石棺など、そうそうたる石造古墳文化を支えた工人達の大プロジェクト集団が其処に存在したわけである。今、当時の石棺がそのまま、鷲ノ山にポツンとひとつ残されているのは、誇り高き彼らの最高のモニュメントに違いない。それでは岩子山の石切場はどうだろう?近くには有名な「古照遺跡」をはじめ高い文化を示す遺跡も多く、岩子山に残る「椀貸し伝説」などから、石切り技術を持った渡来人の集団があったのだろうと、いせきこたろう氏は指摘している(道後平野から望む山の楽しみ方30章)。鷲ノ山と同様、極めて古い石切場であることは間違いあるまい。工人達は、安山岩とともに現れる、この美しい“石の花”をどのように見たであろうか?そして、彼らはそれを何と呼んでいたのであろうか?興味は尽きない。