輝安鉱の群晶である。太い単晶標本の迫力には及ばないが、ナイフリッジのような結晶が何重にもまとわりつく姿は、なんとも言えず神秘的で造形の妙を感じさせる。また、ほのぼのとした面白さがあって、チャーミングでさえある。このレベルの結晶は、市ノ川以外でも、四国各地や中瀬鉱山、津具鉱山などのアンチモン鉱山からも採掘されているので、観察できる機会も多いだろう。それだけ親しみを感じさせる。これ以上の大きさと太さを持つ、「市ノ川もの」と呼ばれる結晶は、はっきり言って”化け物”である。立派すぎて敬遠されることも多い。鉱物ファン必読書である「日本の鉱物」(成美堂出版)でも、輝安鉱の代表は、中瀬鉱山の群晶標本に譲っている。私たち、四国人にとっては一抹の寂しさを感じざるをえないが・・孤高の存在は、孤独でもあるのだ・・。
「昔は、この程度の結晶はゴロゴロあったものです。」と骨董屋のオヤジさんは言う。「最近は、ほとんど出回ることもなくなりました。わたしのところでも、これが最後の一本です。あなたが買われたので、遂になくなってしまいました。名残惜しいですが、仕方ありません。これももう時代ですね。」と寂しそうな顔をされた。