フェルグソン石
馬刀潟の放射性鉱物の中でも高い人気を誇るフェルグソン石である。堀秀道先生の「楽しい鉱物図鑑」によると、鉱物名はスコットランドの物理学者ファーガソン (P. Ferguson) による。フェルグソンとは、そのドイツ発音であるが、一度聞くと、忘れがたい印象を持つ。ニオブとイットリウムが主成分の酸化物で、先端が尖っているのと、ギラッとしたヤニのような光沢が特徴である。トリウムやウラニウムなどの放射性元素を含むため放射能を帯びており、わが愛用のガイガーカウンター(ベータちゃん)を近づけると、あっという間に針が振りきれる。イットリウムはわたしにとっては思い出深い元素。若い頃、医用レーザーを少々かじっていたが、当時は、組織凝固用に、 Nd: YAG レーザーが汎用されていた。先輩の先生は、「ヤグ」とか「ヤグレーザー」と略して呼んでいたので、最初は、凝固用だから“焼くレーザー”なのかな?と思ったりした。当時のわたしの知識はその程度のものであった。「イットリウム アルミニウム ガーネット」と認識したのはしばらく経ってのことである。物性研究所で、その遷移構造を調べ、実際にガラス棒のようなYAGのロッドを手に取るに及んで、イットリウムという元素の面白さを実感したものだった。それから20余年・・・愛媛で、地元のイットリウム鉱石を手に入れることができるとは、まことに感無量である。
在りし日の広末さん(左)と桃井先生(右)
(神野裕之氏 撮影)
この標本は、「愛媛石の会」物故会員 広末悌次郎氏の旧蔵品である。 広末さんは、わたしより、ずっとずっと先輩の「愛媛石の会」会員である。採集会には、ほとんど皆勤で参加され、そのお人柄も相まって、石の会にはなくてはならない方であった。数年前に大病を患ってからは、いつも奥様が同伴され、そのおしどり夫婦ぶりが、またほのぼのとしたムードメーカーとなっておられた。高知の白滝鉱山巡検で、熱心にズリをかけずり回って、立派な黄銅鉱を採集された時のうれしそうなお顔や、香川県坂出市の金山巡検でツルハシをかついで300mあまりの登山を苦もなくされた元気なお姿が昨日のことのように思い出されてならない。平成15年11月14日早朝、その日は山口県喜和田鉱山巡検の前日であったが、突然、ご自宅で急逝された。わたしの車に同乗される予定であったため、しばらくは信じられない思いで体の震えが止まらなかったのを覚えている・・・
年が明けて平成16年2月、奥様のご厚意で、広末さんのコレクションを分けていただくことになり、数人の会員とご自宅にお邪魔した。奥様のやつれ様は本当に痛々しくとてもつらかったが、居間に整然と並んだ鉱物類を見るに及んで、広末さんの几帳面な性格とお人柄が今更に偲ばれてみんなで泣いた・・・しばらくして、鉱物を整理していくうちに、このフェルグソン石が、たまたま、わたしの手に留まったのだった。何度も馬刀潟にかよって海岸のズリ石を割ってみたが得ることのできなかったフェルグソン石、愛媛県立博物館で「ほしいな〜・・。」の一念で、ガラスを通してなめるように見続けたフェルグソン石、その夢のような鉱物が、ついに現実に我がものとなったのだ。悲しさと嬉しさの交錯する複雑な心境であったが、このフェルグソン石を見るたびに、広末さんを思いだすことが何よりのご供養になるだろうと確信し、ありがたく頂戴した次第である。広末さんにとっても、わたしにとっても想いの深いフェルグソン石。「広末悌次郎氏 旧蔵」と書いた紙片を入れ、いま一度、あの微笑むやさしいお顔を偲びながら、標本ケースのふたを静かに閉じた。
心より、ご冥福をお祈り申し上げます。合掌・・