マイントピア別子

(愛媛県新居浜市)

 鉱山みやげの定盤、鉱石シリーズである。マイントピアの場合、プラスチック封入されていて見栄えがするが、中の鉱石は、まあ、並のガリ鉱でちょっと残念である。この他にも、表面が茶色に変色した低品位のキースラガー鉱もそのまま販売されているが、「黄銅鉱」と堂々と表示するのは、別子銅山の名誉のためにも、やめてほしいと思う。

 以前、販売されていた、住友が世界に誇った”KS銅”型文鎮である。右側の舟型は、明治5年、住友がイギリスから購入し、大坂、新居浜間に就航した蒸気船「白水丸」と思われる。しかし、これを見て「ああ、これは白水丸だね。」と即座に答えられる人がどれほどいるだろうか?なんとも不思議なおみやげであった。

 これは現在も販売されている、精錬滓の「からみ」である。旧別子にゆけば、道ばたにいくらでも転がっているものであるが、マイントピアでは500円程度の値が付いていたと記憶する。しかし、どうして「からみ」が「ミレニアム・ストーン」なのか、いまだにわからない・・・

 

白滝鉱山

(高知県土佐郡大川村)

 別子銅山と並ぶ四国の銅鉱山の雄「白滝鉱山」。閉山後、大川村によって「自然王国 白滝の里」として再生し、水気耕栽培や各種教育設備、バーベキュー施設などが完備している。そこの売店で売られていた鉱石の入った小瓶。ん〜、素朴だけど夢があっていいよね。最近、バーベキューを食べに立ち寄ると売り切れていた。いいおみやげだから、再販を願っています!

 

生野鉱山

(兵庫県朝来郡生野町)

 生野銀山の巨大な遺跡であるとともに、三菱が鉱山の近代化に力を尽くした同社の聖地でもある。併設されている「生野鉱物館」には有名な国宝級の「和田コレクション」がある。そこの売店で売られている高純度錫のインゴットである。今も国内唯一の錫精錬が行われており、「三菱」のマークに、その誇りが感じられる素晴らしいおみやげである。

 銀山は採掘が進むにつれて、次第に銅山となっていくのが普通である。生野鉱山も、銀のほか銅、亜鉛、鉛などが重要な産出物となっていた。実際の坑道で鉱脈を観察し、素晴らしい鉱物を鉱物館で勉強し、売店でそこの鉱石を手に入れる。鉱物愛好者にとってまさに冥利に尽きるというものである。

 

鯛生金山

(大分県日田郡中津江村)

 日本で有数の金山遺跡である。菱刈鉱山とともに、別子に変わる住友の財産である。今は採掘されていないが、内部の機器類はそのまま、竪坑もきれいに残り、鉱山とは何かをわかりやすく勉強できる貴重な施設である。これは鯛生金山名物、「刻印入りインゴット型羊羹」!食べたあと、箱を何個か積み上げておくと結構、サマになっている。

 これは、おみやげ用の金鉱石である。緑色調の変朽安山岩を母岩とする石英脈に金銀が含まれている。富鉱部は「銀黒」と呼ばれる黒い縞模様が特徴であるが、そこまでの鉱石は、さすがに置いてないようだ。売店のきれいなおねえさんにおねだりして奥の倉庫?まで探してもらったが、見あたらないとのこと。当然といえば当然だが・・・。それはともかく、いい記念の品ではある。

 

菱刈鉱山

(鹿児島県伊佐郡菱刈町)

 これこそ日本の誇る菱刈鉱山の「銀黒」である。平均して80g/tの金を含む。別子鉱山では0.7g/t程度であるから、恐るべし!住友「最後の金蔵」と云われる所以である。菱刈鉱山が枯渇するまでは住友はまだまだ安泰であろう。これを友人に見せたところ「俺は、ギングロよりガングロがいい!」ときっぱり。しかし、私はやっぱり、「ガングロよりギングロがいい。」!

 

北海道みやげ(石炭)

(北海道)

 高さ30cmの良質の無煙炭である。中央にプレートがあって「北海道 特産 石炭 黒ダイヤ」と記されている。炭坑、華やかなりし頃は、良いおみやげとして駅でも売られていたという。そして閉山。そんな夕張炭坑を舞台にした「幸せの黄色いハンカチ」、本当に、いい映画だったな〜。当時、どんどん炭坑は閉鎖されていったが、まだまだ日本には精神的余裕はあったように思う。今、そんな余裕もなくなった中で、最後の「太平洋炭鉱」が閉山された。一つの大きな時代の終焉である。