鉱物・岩石標本箱(佐々連鉱山)
今から30年余りも前、雑誌「地学研究 Vol 26, 1975」に次のような広告が載った。少し長いが、全文を掲げておく。
「四国には東西方向に走る中央構造線に沿って、別子系の結晶片岩が分布し、別子・佐々連・筏津・白滝などの含銅硫化鉄鉱床が胚胎し、日本の最も主要な銅鉱床を形成している。別子鉱山閉鎖後は、愛媛県伊予三島市金砂町の佐々連鉱山に主力を注ぐこととなり、目下盛大に稼行中である。一方、同鉱山では国民の地下資源に対する知識の啓発のため、下記のような佐々連鉱山産の鉱物・岩石の標本を作製し、実費頒布することとなった。日本の鉱山が標本を頒売するなどということは、会社の沽券にかかわるとでもいうのであろうか。大鉱山ではかってみなかったことである。然るに当鉱山では、多くの犠牲を払ってまでも、地球の科学知識を浸透させようとの同社の試みは高く評価さるべきである。けだしこの標本によって、別子系層状鉱床の鉱石や、四国に幅広く東西に分布する結晶片岩の多様性と統一性を識り、片岩類の同定の場合の助けを受けること甚大であろう。
[標本の説明]縦17cm、横25cm、深さ4cmのプラスチック製箱に20区画の仕切りをし、これに4.5×2.5cmの標本を収容、8ページの標本説明書が付いている。
1.銅鉱床露頭のヤケ 2.斑銅鉱 3.黄銅鉱 4.含銅硫化鉄鉱 5.絹雲母質縞状鉱 6.緑泥石質縞状鉱 7.磁鉄鉱 8.ザクロ石石英片岩 9.紅レン石石英片岩 10.緑レン石石英片岩 11.角閃石石英片岩 12.鏡鉄鉱石英片岩 13.石英(片岩)14.蛇紋石(カンラン岩) 15.陽起石片岩 16.滑石片岩 17.緑色片岩 18.点紋緑泥片岩 19.砂質片岩 20.黒色片岩(石墨千枚岩)・・・1組2,500円 云々」
以前から、佐々連鉱山の鉱石標本箱があることは知っていたが、今回、ホリミネラロジーのI氏が奔走してくれて遂に入手することができた。深甚感謝!残念なことに8ページの標本説明書は失われていたが、そんな些細なことはどうでもいい。一個一個、標本を取り出すと、鉱山の音や匂いまでがありありと蘇るようで、往年の佐々連鉱山の息吹を直に感じることができ本当に嬉しく、感無量である。広告文にもあるように、このような“チマチマ”した標本箱を、巨大な鉱山会社が販売すること自体が異例で、当時この世界では結構、話題になったそうである。標本箱を販売した1975年は昭和50年、佐々連鉱山閉山は昭和54年であるから、すでに閉山の足音が確実に忍び寄っていることは誰の耳にも届いていたであろう。頼みの綱であった佐々連周辺の新鉱床探鉱も惨憺たる結果に終わり、瀕死の鉱山を延命させる処方はすでに無かった。そのような逼迫した状況下での標本箱販売は、別子型鉱床を、少しでも若い人たちの記憶に残して置いてもらおうという住友の最後の意地であったに違いない。説明文の「多くの犠牲を払ってまでも」のひとことが特にこころに沁みる。いったい、当時のこの発案者は誰だったのだろうか?鉱山長?それとも技師長?しかし、利益などまず見込めないそれを裁可した上層部はもっとスゴいと思う。普通だったら「そんなクダラナイことをしている場合か!自分のクビのことを考えろ!」の一言で終わりだろうから!別子を神と仰ぐ住友400年の伝統と、明治初頭にいち早く西洋の思想と科学を取り入れた先取開明の精神あってこそ初めてできる余裕というべきか・・・次世代の若者に託する一握の夢・・「事業は人なり。」の住友精神をこの小さな標本箱にありありと見るようである!・・そんな住友が、だから好きなんだよな〜、憎いほど粋な心意気だよな〜と、標本箱を前にいつまでも恍惚としている小生でもある・・