「葉たばこ売り渡し」の慰労で、「子供の頃の暮らし」が話題になっておりました。
少しその頃(昭和30年前後)を振り返ってますと、、、
どこの農家にも「和牛」が一頭いてて農耕に使われ、何年かすると「馬喰さん」がやって来て、
新しい「和牛」と引き替えに売られていきました。
農業収入は「水稲」と「養蚕」と「葉たばこ」と「炭焼き」「芋の栽培」が主であり、家の改築、
結婚式、病気等で思わぬ出費が必要な時は、山の立木を売ってその場を凌いでいました。
養蚕は「春」「夏」「秋」と3回あり、「熟蚕(はき立てから約25日たった蚕で、繭を作り蛹
になる前の段階)」になると座敷.中の間(寝室)が「お蚕さん」に占領され、家族は廊下で
繭が出荷されると、部屋が急に広くなり解放された気分になり嬉しくなったものでした。
「葉たばこ」は15アールくらいでしたが、収穫期は大変忙しく、親戚の方が手伝いに来て
頂いておりました。
乾燥は共同で、一日中「マキ」を焚き、夜は乾燥場の隅に「蚊帳」を吊り、寝泊まりをして
いた様に記憶しています。
「炭焼き」も、原木集めから「カマ入れ」まで一家で協力し良く働いたものでした。
あの頃は「炭ひき(カット)」の職人さんまでいてて、雇用費を支払っても採算が取れてた
のがから古き良き時代だってんですね。
電器冷蔵庫もテレビも車もなく不便だったけど、、、何だか心の余裕があり、裕福な気持ち
がしておりました。
今は「便利」な世の中だけど、心に余裕なくなってきている様に思います。
人と人との触れ合いを軽視して「便利さ」を追求するあまり、人間はロボットに限りなく接近
してきたかもしれないですね、、、?
悲しむべきことか、喜ぶべきことか、、、後は「ロボット」に判断させなければならない。