[由良半島]

愛媛出版文化賞特別賞 受賞

写真集
由良半島
原田 政章
B5判・152p
¥3619+税

四国西南部・由良半島の暮らしを写した
貴重な写真集三部作が、復刊!

 段々畑の村に生まれ、少年期を過ごした私にとって、由良半島は思い出の深い地である。小学校四年生から3年ほど父の赴任先である魚神山(ながみやま)小学枚に通い、村の生活が強く印象に残っている。
 まつたく偶然であるが、海軍での勤務先も由良要塞であった。当時は、軍事機密として労役以外は岬の立ち入りが禁止され、沖を航行する船は岬の見える窓側を遮蔽して通り、地元の人も装備の内容を知らなかった。
 戦後、宇和島に出て漁村相手の電機商を営むようになり、再び半島の網元を訪れることになつた。村は大漁が続き、芋麦も高く売れて景気はよかったが、生活は相変わらずで、明治時代を偲ばせる環境であった。
 記録写真を写そうと思ったのは、このころからである。村に写真機を持っている人はなく、私が撮らなければ永久に生活記録は残らないと思い、義務と責任を感じて写し始めた。
 当時の村人の生活を都会人から見れば、苛酷な労働だけで、芋麦を育成する情愛と勤勉さは分からなかった。村人や都会で働く若者を思うと、発表は世が変わった時にと考え、私が死ねば、原板を墓にでも入れて保存し、後の人にお任せしようと思っていた。平成の時代になり、私が写したお年寄りはほとんど亡くなり、私も若年寄りになった。昭和40年代までの子供は、顔と体つきを見れば親が誰かとすぐに分かった。ところが、今の子供を見ると、みな、垢ぬけして格好がよく先代の想像がつかない。温かく豊かな家庭と、テレビなどの情報文化によるものであろう。
 お年寄りが今の時代を見ると、これでよいのかと思う。昔のことを話そうとしても、若い人は興味がなく、伝説にもならない。昔を語る生活用具も残らず、完全に時代が変わった。今だからこそ話せることもある。
 先祖から受け継ぎ、子孫に残すために精いっぱい働いた大先輩のお年寄りに代わって、私の見たこと、開いたこと、感じたことを、忠実に写真と文で後世の人に伝えたい。

B5判モノクロ 152ページ 布張り上製本写真 点数121点
作者による当時の状況を記した詳細な文章も掲載

 藩制の頃から、村人に食糧を供給してくれた段々畑は、長い務めが終わり、静かに原野に還っている。遠くから風に吹かれ鳥が運んだ草木の種子は、春になると、色とりどりの姿で美しく芽ぶき、見慣れない木も何種かある。今、二十歳代の原野も、あと百年もすれば、南伊予独特の原生林になるであろう。
 海藻の茂っていた海では、“真珠”“はまち”の養殖が行われ、芋麦を干していた浦には、カラフルな屋根の作業楊が並んでいる。その中で、老いも若きも家族ぐるみで、朝早くから夜更けまで仕事に励み、昔と変わらないのは、村人の人情と勤勉さである。
 高度成長で国中が豊かになり、気品のある真珠のアクセサリーとグルメ志向で、働くほど収入が増え、休日は、高級車に家族を乗せてレジャーを楽しむようになった。狭い敷地は昔通りであるが、立派な住宅が建ち、室内には豪華な家具を備えて、昔を知っているお年寄りには夢のようである。汚染のない自然の海は、無限の宝を恵んでくれた。
 由良岬での体験は貴重であった。海軍精神を注入すると称して新兵を殴り、囚人扱いだと少年兵は泣いた。殴った下士官は空戦のとき壕に逃げていた。少しでもお国に役立ちたいと、純粋な気持ちで海軍を志願した学生兵にとって、現地の生活は想像外であった。一兵の生命も大切にして、危険をおかして宇和海に着水した救助の米軍飛行艇を、撃たなくてよかったと、いま思う。
 要塞は、敗戦後に米軍が爆破したが、廃墟が昔の名残りを留めている。訪れる者も少なく、人の住まない岬は、野鳥と昆虫の楽園になり、眼下に広がる宇和海は、魚類が豊富で、全国的な磯釣りの名所になっている。
 岬からの展望は、速く鵜来島、沖ノ島が見え、太平洋に続く。半世紀前のいくさは今やもう歴史の中。いま、人々は平和の尊さも忘れかけている。
 美しい郷土の風景、出会ったすべての方々が、私の人生の師匠であり、私の現在があると感謝をしている。

原田政章プロフィール(宇和島市在住) 
 二科会写真部会員
 愛媛県美術会参与会員
 南予写真協会会員

1926年  愛媛県南宇和郡西外海村に生まれる
1943年  旧制吉田工業学校電気科を卒業
1944年  川崎造船所(株)電気設計課に入社
1945年  海軍対潜学校に特別幹部練習生として入校。由良衛所に勤務、終戦
1947年  宇和島市で南海電業社を創立し集魚灯、バッテリーを営業。
       南伊予の記録写真を撮り始める
1952年  1962年までに二科会写真部(推薦)、ニューヨーク万博(銀賞)国際サロン、
       日米対抗展、朝日カメラ年鑑、全日本報道写真、愛媛県展、その他に出品
1959年  愛媛県展招待作家
1961年  二科会写真部会友。各種コンテスト年間最多入選(全国)
1962年  1973年まで愛媛県展審査員
1972年  二科会写真部会員(審査員)
1975年  第60回二科展写真部で内閣総理大臣賞
1976年  「戦後の宇和島と段々畑の記録」写真203点を宇和島市に寄贈
1995年  写真集『由良半島』で愛媛出版文化賞特別賞。
      「美しい宇和海いつまでも」で愛媛広告賞
1998年  写真集『宇和海』で愛媛出版文化賞
2003年  山本友一氏の伝記『友さん』を出版
2004年  愛媛新聞賞を受賞

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