6月16日(日)
 雨の季節に似つかわしい花といえば紫陽花である。紫やピンクの花の色が、いつのまにか入れ替わっていたりすることもある。紫陽花の花の色の変化は、土壌が酸性かアルカリ性かで変化が起こると思っていたが、土中のにアルミニウムが含まれていると青くなり、マグネシウムが多いと赤くなるともいう。これはアントシアニンという色素が関係しているそうだ。
 理科の授業でおなじみのリトマス試験紙は、アルカリ性に触れると赤の紙が青くなり、酸性は青い紙を赤くする。小学校の先生は、この現象を「坊さん酒飲み赤くなり、借金アルカリ青くなる」と教えてくれた。今でも、リトマス紙の色の変化を覚えているのは、この先生のおかげである。
紫陽花で理科の実験思い出し
6月17日(月)

 紫陽花で思い出すのは、愛媛にも関係のある医師で植物学者のシーボルトである。帰国する直前、所持品の中に国外に持ち出すことが禁じられている地図が見つかり、日本追放となった。
 シーボルトは、紫陽花の新種に「オタクサ」と名付けた。自著で日本での紫陽花の通称名を付けたと記しているが、植物学者の牧野富太郎はシーボルトの愛妾・滝の名前ではないかと推察した。
 牧野は、東京大学から理学博士の学位を授与された年、自分の発見した新種のササに、妻の名前を取って「スエコザサ」と名付けている。赤貧のなか、不平をいわず針仕事で牧野を支え続けた妻への感謝を捧げた。そのためか、牧野は、花の名前に花柳界の女性の名前をつけたとシーボルトを憤慨したという。
 シーボルトと滝の間に生まれたのがイネで、孫はタカといい、大洲出身の三瀬諸淵と結婚している。どちらも、美人であった。

紫陽花の心変わりに過去の傷
6月18日(火)
 月は不思議なエネルギーを持つと信じられている。満月の日には、犯罪や交通事故が多発したり、地震や津波が起こるという。月の魔力の証明として代表されるのが狼男の伝説で、旧約聖書「ダニエル書」に、自らを狼であると信じる王の話があるほど、その期限は古い。
 月の光の美しさは、妖しさも秘めている。神秘的な月の光を浴びていると、心癒されるが、なぜか心乱れる刻が訪れる。心が高揚するためか、別の自分が動き出すのである。
 映画「悪魔のいけにえ」やヒッチコックの映画「サイコ」にインスビレーションを与えたアメリカ・ウィスコンシン州の連続殺人魔エド・ゲインは、殺した女性たちの皮膚を身にまとい、満月の光を浴びて踊ったという。普段、おとなしいゲインは、満月の日に踊り狂うことで、エネルギーを発散させたと考えられている。果たして、負のエネルギーは、心のどこに溜まっていくのだろう。
月見草夜まで溜めるエネルギー
6月19日(水)
 今年も、庭の桑の木が実をつけた。なぜ、庭に桑の木が生えているのかの記憶は定かではないが、10年ほど前から実をつけるようになった。カタチはクランベリーを少し長くしたようで、色はブルーベリー。赤紫に色づきはじめ、のちに暗い紫色に変わる。つまんでみると、木いちごを少し甘くしたような味だ。
 三木露風作詞、山田耕筰作曲による童謡「赤とんぼ」に「山の畑の桑の実を小籠に摘んだはまぼろしか」の一節がある。愛媛には、三木露風の作詞による校歌はないが、山田耕筰作曲の新居浜市惣開小学校の校歌がある。自筆の楽譜が残されているそうだ。
 近年の少子化のため、地方の学校が次々と統合されている。ドーナツ化減少で中心部の児童が減り、学級が運営できなくなっているのだ。廃校になっても、当時の校歌は引き継がれていくのだろうか。それとも、「赤とんぼ」の歌詞のように「まぼろし」となってしまうのだろうか。
桑の実の唄われし歌の題忘れ
6月20日(木)
 幸福のシンボルといわれるのが「四葉のクローバー」だ。十字架に見立てられ、幸せを呼ぶといわれる。日本では、キリスト教への信仰が許されてから、幸福のシンボルと見なされた。クローバーが日本に渡来したのは江戸時代末期。荷物の緩衝剤として箱に入れられたものが、日本の大地に根付いて繁殖した。こうした交流により、別の世界の文化や生物が知らず知らずに伝播していく。
 だから、クローバーの和名「シロツメクサ」の漢字は「白詰草」となり、「白爪草」「白摘草」とは書かない。詰められた箱に長い時間息を潜めて生きてきて、別天地で勢力を伸ばしたのである。クローバーの生命力、恐るべし。
 四葉のクローバーは、注意して探すと意外にも、あちこちで見かけることができる。四葉のクローバーだけが群生している場所もあったりする。しかし、見つけてやろうという野心を持つとなかなか見つけられない。どうでもいいやとあきらめた瞬間、足もとに見つかることもある。幸せ探しに努力は欠かせないが、運も必要だ。四葉のクローバーと幸せは、そこがよく似ている。
葉の数で白詰草の価値変わり
6月21日(金)

 今治は、郊外にレンコン畑が多くある。蒼社川の下流は、水量が豊富で湿地帯でもあった。そのような土地でよく育つ作物として植えられたのが、レンコンなのである。今治のなかでも、鳥生(とりゅう)地方のレンコンはよく知られている。大正時代に、高山卯三郎氏がレンコンの栽培をはじめ、立花地区の特産として有名になった。卯三郎は、レンコン栽培の熱心さから「れんこんうーさん」と呼ばれていたという。その名前のついたレンコン焼酎「卯三郎」も、JA今治立花から発売されている。
 7月を過ぎたころ、レンコン畑では、蓮の花のショーが始まる。美しい白い花が咲き誇り、その花を目指して蜂が乱舞する。花をよくみると、花芯にはレンコンの姿そのままに、穴が空いている。
 レンコンは縁起物として、おせち料理にも使われる。穴の空いたところから、「先を見通す」との願いを込めて、食べられる。

泥田から極楽の座が咲き誇る
6月22日(土)

 愛媛では、栗の産地として伊予市中山が有名だ。この地を治めていた大洲藩主が参勤交代のおりに将軍に献上したと伝えられ、大振りの栗は「日本一」とも称される。
 栗の花が咲く季節になった。山間部で、かすむように多くの白い花をつけるのが栗の木だ。しかも、強烈な匂いを放つ。男性の精液にも似た匂いだが、これは匂いの成分としてスペルミンを含んでいるためだ。しかも、栗は雌雄別花で、白く広がる花は雄花である。
 スティーブ・マックイーンが出演した、フォークナー原作の「華麗なる週末」という映画には、マックイーン演ずる使用人が花満開の栗の下に主人公の少年を誘い、匂いをかがせるシーンがあった。原題は「The Reivers」で、泥棒を意味する古い英語。家族の留守中に、使用人が盗んだ自動車で旅した少年は、さまざまな世界に触れ、成長していくという内容である。少年から大人への道を歩み始めることの象徴として、栗の花を登場させたのだろう。
 栗の花は青春時代をどこか想起させる。そして、なぜか恥ずかしい。

栗の木は青春の匂いまき散らし
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