三嶺〜躄峠

[所在地]徳島県東祖谷山村

[登山日]1998.8.22

[参加数]6人

[概要]2台の車を使用し、一台を久保部落に置き、もう一台にて三嶺林道下部の登山口から縦走を行う日帰りコ−スである。三嶺までは自然林に恵まれたすがすがしい道であり、山上部の巨岩と笹原の調和も素晴らしい。なによりも360度の大展望は何度来ても新たな感動がある。頂上から西を望むと笹原の稜線が延々と続き、その果てに天狗塚の金字塔が聳えている。そのまっただ中にある一本の縦走路を進んで行くと、まさに天上の楽園に迷い込んだような錯覚に陥ってしまう。さらに石鎚山を発見する幸運に恵まれたら天にも昇る気持ちになるだろう。西熊山のピ−クまで来ると眼下に「お亀岩ヒュッテ」の瀟洒なログハウスが望まれる。躄峠への登りはちょっとこたえるが、壮大な笹原の大斜面はとても見栄えがする。峠まで来ると天狗塚がデンと目の前に居座っている。そんな縦走の満足感も大きいが、久保まで一気に 1000mを転がるように下らなければならないウンザリ感もまた相当なものである。

[コ−スタイム]

 三嶺林道下部登山口(6:30)―三嶺頂上(9:50)・・・発(10:15)―

西熊山(11:25)―躄峠(12:40)―・・途中昼食・・―久保登山口(15:30)

 

[登山手記]昨年は剣山から白髪分岐まで縦走できたので、今回は三嶺から天狗塚まで縦走してみようと計画しました。ここ数年、毎年8月は剣山系登山が愛山会の恒例行事となっています。前日の21日は「東祖谷山青少年旅行村」に一泊し、翌22日、三嶺林道下部登山口から登高を始めました。風がなく蒸し暑く、最初からジグザグの登りはこたえますが、すがすがしい森林の深い緑が慰めてくれます。途中、豊かな水場があるのも救いですが、シンドさには勝てず次第に一人遅れてしまいました。稜線にでると、林道終点からの登山道を合わせて、しばらくは緩やかな登りが続きます。水のない水場を過ぎ、木々の背丈が低くなってくると次第に笹原となって、展望が開けてきます。遙かに剣山と次郎笈が仲良く並んで、その手前には三嶺へと続く大稜線が長々と横たわって「あそこが高の瀬、石立分岐、目の前が白髪分岐・・・」と昨年の縦走が懐かしく思い起こされます。山上の巨岩が眼前に迫ってくると、ワンピッチで池のほとりに飛び出しました。三嶺避難小屋も以前と変わらず健在でなによりです。池に飛び交う小鳥の姿が優美でしばらく見とれていました。しかし、それはシンドさを隠すパフォ−マンスだったかもしれません。今日はとにかく疲労感が強くお腹の調子も悪く、天狗塚への縦走に自信が持てません。遂に避難小屋でみんなに「私はここから引き返して久保下山地点で待っているから。」と弱音を吐きましたが、「ゆっくりゆくから。」と逆に説得されてしまい、とにかく三嶺頂上まで行くことになりました。頂上からは、西の展望もよく、遙か天狗塚に手招きされてしまっては、もうたまらず、結局、全員で縦走に移ることになりました。

 山頂で憩う数人の登山者の羨望の眼差しを背中に感じつつ、西の肩の大稜線を下って行きます。北には祖谷山脈、南には綱付森、御在所山をへて遠く太平洋を望むことができ、眺めに飽くこともありません。鞍部を過ぎると西熊山への登りになります。苦しい登りを20分ほど耐えると西熊山頂上に到着。途中、ザックを持たないワイシャツ姿の暗いイメ−ジの登山者と行き違い、「何か気持ち悪いね〜。自殺するんじゃない?」と一問答。後日、別にニュ−スにもならないので思い過ごしだったのでしょう。さて、西熊山頂上は以外にこじんまりとしていて、木標がただ一つあるだけの寂しい感じですが、躄峠が目前に迫り、天狗塚の頂上部も次第に大きくなって期待が膨らみます。下を見ると、お亀岩避難小屋が優雅に建っていて安心感があり、人の姿も認識されます。後ろを振り返ると、遠くなった三嶺のキリッとした凛々しい整った姿がとても印象的です。ただ、その後ろには真っ黒な雷雲が盛り上がってきていて、剣山はすでにその中に覆い隠されてしまっています。急がなければなりません。休憩もそこそこにお亀岩分岐へと下っていきます。小屋までゆくつもりでしたが、天候が急激に悪化しているので、そのまま通り過ぎて、躄峠への最後の急登に移ります。一部、ロ−プをよじらなければならない場所もあって、疲れた体にはかなりこたえますが、忍の一字で頑張りました。ここの笹原は斜面の角度も関係しているのか、とても雄大に見えて見栄えがします。その分、峠への道も遠くに感ぜられて、一人ヘバりで、本当にみんなに迷惑をかけてしまいました。やっとのことで峠に着くと同時に雷鳴が轟き渡りました。黒雲はすでに三嶺をも包み込んでいます。雷雨になるのは時間の問題です。12:40遂に久保分岐まで到着。天狗塚は、本当に目の前に聳えています。なにもなければ片道30分程度の行程でしょう。CLの決断が迫られます。本当につらかった。私のヘバりがなければ、そして、あと30分早くここまで到着していたら充分往復できたはずです。ちょっと無理してでも空荷でピストンをかけるか・・・。みんなの眼もそう訴えているようにみえます。「せっかくここまできたのだから・・・」と。しかし、周囲はまったくの笹原。身を隠すところはありません。頭をよぎるのは被雷した場合の悲惨な結末です。起こってからではあまりにも遅すぎます。熟考数分、そして、決断しました。「残念だが、直ちに下山しよう。」本当は、どうしても天狗塚までゆきたかった。その衝動を押さえ込むのには苦労しましたが、一度、撤退を決めれば、もう長居は無用です。北に下るしっかりした道を灌木帯まで急いで下って行きます。樹林帯まで来たとき、凄まじい閃光と同時に地も裂けんばかりの雷鳴が轟き、思わずしゃがみ込んでしまいました。すでに空は夕暮れのような暗さでチャ−ジしたガスが不気味に周囲をたれ込めてゆきます。そして、ついに猛烈な雨が降り始めました。閃光と雷鳴が繰り返される中を足早に下って行きますが、その坂の長さには辟易してしまいます。足はガクガク、おまけに全身濡れネズミで縦走の喜びもどこかに飛んでいってしまいました。途中、林道に飛び出して、女性軍は車デポと勘違いして「よかった、よかった。」とぬか喜びしていましたが、実際はまだ半分下ったにすぎません。道の対岸にある大岩の後ろにふたたび道は続いています。ここからは、昨年の悪夢の再来です。一気に機嫌を悪くした女性軍は「もう、ウンザリだよ!」とブツブツ言いながら、話しかけることもできない状態で足早に下っていってしまいました。最後は、もう足が痛くて痛くて、自分の体を持ち余して人のことどころではありません。本当に転がるようにしてガレた悪路を下りて行くのみです。廃屋を過ぎて、集落が近いことがわかっても以外に道は長く、もう限界に達する頃、やっとのことで舗装道に下り立ちました。天狗塚に再度挑戦するには、再びこれを登らなければならないのか、とは思いましたが、女性軍に話すのはひかえておきました。我ながら賢明であったと思います。あのとき話せば、半殺しの目にあっていたでしょう。なにはともあれ、無事、終了して久保登山口にあるお店で、冷たいジュ−スを飲みましたが、本当においしさ百倍で生き返る思いがしました。

 その日は、見の越の「大塚製薬つるぎ山荘」で焼き肉パ−ティ。徳島の仲間も駆けつけて快適な楽しい時間を過ごしました。翌日は、ゆっくりと起床し、みんなで剣山まで登りましたが、ふたたび雷雨に見まわれて、さんざんな目に遭いました。「いったい雨男は誰ぞネ!」とお互いをののしりあいながら新居浜へと帰ってゆきました。