安四面銅鉱
かって別子銅山の銘柄であった「安四面銅鉱」である。「黝銅鉱(ゆうどうこう)」とも呼ばれる。木下亀城先生の「原色鉱石図鑑」をはじめ、ほとんどの鉱物図鑑に別子銅山産のものが記載されている。キースラガーを横切る、アンチモンを含む第三紀熱水鉱床により生成された。銅分40数%を含む優良鉱石であるが、これのみが採掘の対象となるほどの産出量はない。鉱床の割れ目に写真のようにキラキラ黒光りする結晶が散りばめられている様子は、それはそれは壮観であったという。採鉱課におられたJ氏は「・・採掘に先立ち、私たち地質調査の者が鉱床の割れ目を覗くと、ギッシリと安四面銅鉱や黄銅鉱の吹き寄せが光り輝いていました。どうにかして取り出そうとは思いますが良い方法もなく、後ろで、まだか、まだかと無言の圧力をかける採鉱夫の視線に負けて、結局はそのまま発破をかけられ、こなごなになってしまう運命のことが多かったです。安四面銅鉱は、特に筏津坑で多く産出していたようです。」と述べられている。
そんな“名物“「安四面銅鉱」の標本がほしかったが、なかなか情報もなかった。吹き寄せは何点か入手できたが、安四面銅鉱はその中にはなかった。ある骨董屋では、安四面銅鉱があるとのことで前金まで支払ったが、そのままトンズラされて詐欺にあった痛い思い出もある。詐欺にあえばあったで、ますますほしくなるのが小生の悪い癖で、悶々とした日々を送っていた。標本を見に来る同好の方にも、「残念ながら安四面銅鉱はないんですよ。すみません。」と言われる前に釈明するのが常であった。ところが、嘆く小生の姿に同情されたのか、東京の鉱物専門店のI氏が奔走してくれて、S氏の所蔵する「安四面銅鉱」標本を譲っていただけることになった。HPを見られる方には、「この標本は・・」と思い当たる節がお有りかもしれないが、ここでは、これ以上は伏せておこう。
今、この標本は二重の桐箱に入れて大切に保存し、小生の自慢の一品になっている。小生版「二十一種珍蔵」の一つである。そんな訳で、ここにその経緯を記載し、I氏とS氏に、改めてこころから感謝の意を表したいと思います。