東赤石山

[所在地]愛媛県宇摩郡土居町

[登山日]2001年1月27日

[参加数]2人

[概要]再び、東赤石北斜面からのアプローチである。昔から、ここは「五良津(入らず)」の森として恐れられ原始の姿が保たれていた。「杣の平四郎と天狗」伝説は特に名高い。「・・平四郎が木を伐っていると、天狗がやってきて、あの木を切れ、この木を切れと足で指図する。うるさくなった平四郎は、斧で切り払うと、図らずも天狗の足を切り落としてしまう。その後、雪の上に片足の天狗の足跡が残るようになった・・」それから千年の歳月が経ったが、今も私の友人は「あそこは片足の化け物が出るから行ってはいけない。」と平然と言ってのける。そんな禁足の聖域も、別子銅山の集炭基地として集落が形成され(古宿や新宿など)、18世紀初頭には「上野山吹所」(精錬所)まで出来て開発の波に晒され、原始林はすでに残ってはいない。しかし、雪の日の恐ろしいまでの静寂は、天狗の足跡が実際に発見できそうな不思議な気配に満ちている。

[コースタイム]

 五良津谷車デポ(9:10)―登山口(9:55)―新宿(10:45)―

 鉱山分岐(12:10)―山神祠(12:30)―行動中止(14:30)―デポ(18:00)

[登山手記]朝から冷たい雨が降りしきり、出発を見合わせたい天気ですが、月一度の楽しみだからと自分に言い聞かせつつ、8時、家を後にしました。関の原から五良津林道を遡って行くと、河又を過ぎた頃から大粒の雪に変わり始めました。あっと言う間に周囲は一面の銀世界。3週間前、ここでチタンの鉱物である「ルチル」を見つけて飛び上がって喜んだ河原も、今は重い雪の下に隠れてしまっています。林道工事現場付近に車デポ。雪が降りしきる中、準備を整えて出発です。思えば同じルートばかり3回目のリベンジ登山(平成12年4月の記録をご参照下さい)。今まで悪天候や事故やらで一度も頂上に立てた事はありません。不思議な因縁を持つルートですが、今日もまた、悪天候の上、積雪期の日帰り登山という制約付きで、はたして成功するかどうか不安が付きまといます。おまけに8時出発というのは、余りに遅すぎる!「まあ、天気も悪いし、無理をせず雪見トレッキング程度で引き返そう。」とは本当に言い訳がましく、言った自分がいやになります。林道崩壊現場では、寒い中、黙々と作業が続いています。「ご苦労様です。」と言葉を交わして通り過ぎましたが、人が近くにいてくれるというのは、この上ない安心感を与えてくれて、急にウキウキした気分になってきました。登山口までは退屈な林道歩き。視界はありませんが、風もなく雪が降りしきり、限りない静寂の世界を楽しみました。そして10時前、登山口着。ジッとしていると寒いので、休憩もそこそこで登山開始。

 「新宿」分岐まではくるぶし程度の積雪で、ほぼ夏時間で登っていけます。それでも冬の日の鬱蒼とした植林帯は滅入るほどの寂しさで、話が途切れると不気味な孤独感に襲われます。どこかから誰かに見つめられているような威圧感を背中に感じて、何度も後ろを振り返ってしまいます。友人が真顔で諫めてくれた通りに、今も天狗の存在をひしひしと感じてしまいました。新宿を過ぎ、鉱山分岐までは、緩急の繰り返しで次第に雪も深くなってきます。氷穴を過ぎたところの朽ちかけた桟道は、雪を被っているせいで恐怖感が夏よりはましですが、その反面、真空を踏み抜かないように注意が必要です。12時過ぎ、無事、鉱山分岐着。ここからは初めての道筋です。気合いを入れ直してから出発。道は深堀れでしっかりしていて迷うような場所はありません。ワンピッチで山神様の祠に到着。登山の無事を祈っていきました。ここからは雪もますます深く、ほとんど膝までのラッセルの連続、おまけに灌木帯のジグザグ道で一部、不明瞭な場所があります。赤テープが整備されていますので、ゆっくりと確認しながら登っていきます。思ったほど傾斜も急ではないのですが、反面、雪の吹き溜まりも多く、なかなか前に進めなくなってきました。周囲の視界もなく、ごうごうとした風の音が林の上を通り過ぎていきます。ガイドブックでは赤石鉱山索道跡の広場があるらしいのですが、それらしいものは確認することができません。次第に焦燥感が募ってきます。鉱山分岐から2時間が経とうとしています。夏道では1時間で頂上を極められる筈ですが、どこまでも斜面が続いています。時計の高度計は1700mを指しているので、もうそろそろ稜線に出てもいいと思うのですが、気持ちだけ焦って前に進めません。ようやく少し視界が開けた山上部に到着。ここでプッツリと道が途絶えてしまいました。赤テープも見あたりません。どちらに進んでもほとんど腰までのラッセルで精神的に参ってきました。おまけに風が強く寒い。髪は白髪のように凍りつき、衣類にも樹氷が成長して真っ白です。時計を見ると14時を過ぎ、下山のタイムリミットです。頭の中までも真っ白になってしまいました。また頂上を極めることが出来なかったと・・・

最後はやけくそで斜面をしゃにむに直登してみました。凍りついたシャクナゲにすがりつつ20mほど登ってみましたが岩と氷に遮られて遂に前進不可能となりました。写真は最後に見た岩稜の一角です。高度計はすでに1760mを示していました。標高は1706mなので、誤差を入れてももう頂上直下のはずです・・しかし、天は我に味方せず!万事休す!・・「撤退!」と叫ぶと転げるように急坂を一目散に下っていきました。本当に私たちはこのコースには愛されていない・・と落胆極まりなく、お互いを慰めつつ再起を期すしかありませんでした。やはり、冬山は、夏道で確認登山してからという鉄則を思い知らされました。

 林道に戻る頃、ようやく下界が見渡され、夕映えを受けて金色に輝いているのが、とても美しく感じました。もはや天狗の気配は感じませんでしたが、逆に自分たちが天狗になったような妙な気分に浸ることができました。最後の崩壊した沢の岩場は、ほとんど暗闇の通過となり、なんとか雪の薄明かりで下りることができましたが、あと十分遅れると危ないところでした。車に戻る頃は真の闇で、工事の人々も既におらず、恐いので急いで車上の人となり新居浜へと下っていきました。