[所在地]愛媛県宇摩郡別子山村、土居町
[登山日]2001年9月3日
[参加数]2人
[概要]東赤石山東部に位置する「権現越」一帯には、榴輝岩(エクロジャイト)と呼ばれる、世界的に有名な岩石が分布している。エクロジャイトは、玄武岩などの火成岩がプレートの沈み込みによって地下数百kmの地殻深部まで運ばれ、高圧下で生成されるとされ、緑色の輝石類と赤色のガーネットを主体とする美しい岩石で、マントルの構造を知るための得難い情報を提供している。そんな岩がなぜ地表に露出しているのかは、今もって謎のままで世界中の地質学者の研究対象となっている。露出場所も世界でも数えるほどしか存在しないが、権現越一帯は、その貴重な一ヶ所であり、今回「第6回国際エクロジャイト会議」が新居浜と権現越の会場で開催された。世界中の地質学者が、地元の山に登山する機会など、そうたびたびある訳ではなく、無理を言って、その巡検に同行させてもらうことにした次第である。(写真は権現岩を視察する様子。権現岩もエクロジャイトで構成されている。)
[コースタイム]
床鍋登山口(9:30)―権現南面の沢(11:00)・・議論、議論、議論・・―
昼食(13:30)―床鍋(16:30)
[登山手記]国際会議は9月1〜7日、愛媛県立総合科学博物館の会場で開催されましたが、それに先立ち、7月13日、土居町の文化会館で行われた一般講演会に出席してきました。高須 晃先生(島根大学)、榎並正樹先生(名古屋大学)、平島崇男先生(京都大学)と、日本を代表する、そうそうたるメンバーで、わかりやすくエクロジャイトの意義や価値について説明していただきました。講演後の雑談時に、巡検に同行してよいかどうか尋ねたところ、「ついてくるのは自由だが、全部、英語だよ。」の一言に気を良くして、厚かましく参加させてもらうことにしました。
9月3日、あいにく、泣き出しそうな空の下、K君と2人、別子床鍋登山口で待ち受けること30分ばかり。9時30分過ぎ、ようやく大型バスで40人余りの団体が到着しました。高須先生がメガホンを用いて概要を説明した後、ハンマーを手にした先生を先頭に、颯爽と登山を開始しました。左の写真はその様子です。民家のオバサンが、何事が起こったのかと茫然と佇んでいたのが印象的でした。「40人もの団体なので、どうせスローペースだぜ。」と高をくくっていたのですが、なんのなんの!最初の植林帯の急登からハイピッチです。私たちは少々もくろみがあって、K君などは水だけでも15gの大荷物なので、汗が噴き出してきました。遅れて迷惑をかけては大変、とついて行くだけで精一杯の状態で、かなりあせりましたが、そのうち、外人の研究者が一人遅れ始めたので、彼をサポートする大義名分を得て最後尾でゆっくり登ることになりホッとしました。頭上の送電線を横切る頃、突然 " What time is it now?" と聞かれ、「10時45分」をとっさに答えられないでいたところ、「日本語でいいです。私、日本語、わかりますから・・。」だって。「さすが、すごいね〜。一流というのは、こういうことだよ。語学を制する者、学問を制す!だね。」と赤面するとともに心底から感服してしまいました。
登山開始から1時間半ばかり。樹林帯を抜けるあたりから、登山道をはずれ、小さな沢を遡行しはじめました。ここからは、うって変わって超スローペース。ハンマーの音と、英語でのディスカッションの入り交じる学会の雰囲気に変わってしまいました。沢から権現越までがエクロジャイトの露出部分だからです。エクロジャイトといっても決して一種類の岩石ではなく、garnet clinopyroxenite (ガーネット+単斜輝石)、quartz eclogite (石英エクロジャイト)、hornblende eclogite (角閃石エクロジャイト)など多彩で、それが層状に分布している”東赤石帯”の核心部分です。岩層が変わるごとにストップがかけられ、議論につぐ議論で息つく暇もありません。そのフィーバーの中に入ることもできず、K君とジッと佇んでいると、そっと榎並先生や平島先生が近づいてきて、丁寧に”日本語”で説明してくれます。おかげで、素人なりに、エクロジャイトの多彩さや構造を理解することができ、嬉しく本当に来て良かったと感謝の言葉もありませんでした。
私は、マントルの岩石が浮き上がってきた理由は、三波川帯の変成岩と同様に造山運動のよるものか、あるいは、カンラン岩の流動に引きつられた格好によると思っていたのですが、そう簡単なものではなさそうです。現在は、エクロジャイトに含まれる水分による浮力説などが有力だそうですが、まだまだ謎に包まれていて、地殻とマントルの構造解明のための面白い重要な分野で、日本の創世にも関わる重大なカギを握っているそうです。私たちの足下の大地には、宇宙と同じくらいの壮大な謎とロマンが秘められています。その解明に向けて大いに研究に邁進していただきたいと思いました。・・・14時前、遅い昼食を摂ってようやく権現岩まで辿り着きました。ここで、私たち2人は、せめてもの”歓迎”の意味を込めて、地元を代表し(ちょっとオーバーかな?)、ブランデー入りホットコーヒーをお接待しました。ちょうど雨も降り出して寒かったので、喜んでもらえたようで嬉しく思っています。写真は、コーヒーを飲みながら、美人外人研究者たちと談笑しているK君です。誰とでもすぐ仲良くなれるのは、彼独特のキャラによるもの。私たち「山の会」の大切なムードメーカーでもあります。研究者の皆様も、今後、別子を訪れた際には、また、どうかよろしくお願いいたします・・・
法皇権現を祀る権現岩も quartz eclogite で構成されています。最近、この岩にハンマーを入れる不届き者が多く、困っていると先生から聞きました。神聖な岩ですから、くれぐれもヘツらないようお願いいたします。国際会議のガイドブックにも "Quartz eclogite(Gongen shrine)
No hammer! ・・Because of the religious significance of this outcrop we request participants should not to hammer here." と警告しています。正しい知識を持っていると、ここでなくてもquartz eclogite はいくらでも採集できるので、マニアの方々に特にお願いしたいと、先生方は言われました。法皇権現は、霊威の強い荒ぶる神様なので、そんなことをすると天罰てきめんだと思います。雨の法皇権現でもしばらくディスカッション!15時30分を過ぎ、ようやく下山にかかりました。下りるとなると、また、その速いこと速いこと。結局、ノンストップ、休憩なしで一気に床鍋まで駆け下りて来ました。すでにバスが待機していましたので、そのままお礼を言って別れましたが、日頃の実学的仕事とは全く異なった、透明な学問空間がとてもすがすがしく高貴に感じられ、また羨ましくもあり、2人で心地よい余韻に浸りながら、別子をあとにしました。
第6回国際エクロジャイト会議 寸描です。ハンマーをクリック!