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演奏会の選曲について、来年の会場について
松山市民会館について

井手浩一(S47年卒)

松山市民会館 1965年7月10日開館 大ホール客席数1825
 2028/3末 老朽化を理由にして閉館予定

 1965年の春、小学校の行事で城山に登る機会があって、南堀端の方向、つまり南西ですね、そこに灰色に固まった奇怪な建物が見えました。それは今まで目にしたどんな建物とも違っていて、強いて言えば頭を隠してうずくまった大きな犬のようでした。
「先生、あれはなんですか」
「ああ、あれは建設中の市民会館だよ。もうすぐ完成かな」
先生は事もなげにそう言いましたが、それまでそんな建築物を見たことがなかった小学生の私には、病院とも学校とも明らかに違う、大きなコンクリートの固まりがあることが信じられませんでした。
 やがて中学校に進学して吹奏楽部に入部して、ホールで演奏するようになって、最初に圧倒されたのは舞台裏の天井の高さでした。黒い天幕に覆われたその空間は、どこか不安で、禍々しいものを感じさせました。あれから60年の日が経って、大ホールで演奏すること自体にはそれほど緊張しなくて済むようになりましたが、未だに、舞台裏の人を吸い込んで行くような空間には、一抹の不安を感じます。あれは辺りの仄暗さと、木の香り、ホコリの匂いがそうさせるのでしょうか。

 舞台裏の薄暗さに比べると、ホールの座席側は明るくて親しみやすくて、人を寄せ付けないような物々しさは感じられません。そうです。市民会館の大ホールの音響に定評があるのは、自分が出した音がすぐ耳元に返って来るからです。言葉を替えて言うと、自分の出した音が聞けないホールでは怖くて吹けないからです。たとえば、オーケストラで一番舞台から遠い位置にあるのはトランペットやトロンボーンですが、彼らは常に自分の音が聞けない危機感と戦っている。木管楽器も打楽器も、遙か遠くから響いて耳元に戻って来た自分の音を聞ける点で、とても良く出来たホールだと思います。
かつて演奏旅行に来た若かりし日のカラヤンが、大ホールの音響を褒めたのも肯けますね。多分半世紀くらい前、このホールの青春時代の話です。コンクリートのホールは年の進行につれて経年変化します。1年、2年と時間が過ぎると生地が乾いて来て、枯れた音になるそうです。今の大ホールには半世紀前には聞けなかった、独自の響きがあります。それを単に〈老朽化〉の一言で済ませて良いものだろうか。それは音楽を経済効率の点からだけ見るということです。もし何年も前からホール全体に耐用年数が来ているのなら、何とかして実際の使用年数を長くする、5年でも10年でも長くする工夫が必要だと思います。現在の建築技術ならそれは出来る筈です。
このあいだ朝日新聞の全国版で読みましたが、新宿の厚生年金会館でさえ、既に耐用年数の上では限界が近づいて来ているんだそうですね。あるいは、千代田区の国立劇場も労務費や建設資材の高騰を理由にして、再建の計画そのものが立たない。つまり現代の最先端を行くホールには、出来た時から、このホールの使用はたとえば築60年までと決めて、そこから逆算して新しい土地の取得、代替建物の建築の予定を決めてやる必要がある。そうでないと、松山のような中核都市でさえ、各種コンクールやコンサートホールのスケジュールに狂いが生じてしまう。これは単に、新しいホールを建てれば良いというものではありません。そのあいだに、どれだけ沢山の文化行事、音楽行事がムダになることか。
 1口に60年と言いますが、私は聴衆としても、演奏家としてもその間に色んな経験をして来ました。かつて吹奏楽コンクールでは、亡くなった阿部校長が陣頭指揮を取った時の『ダフニスとクロエ』が忘れられません。結果が出た時の悔しさ、俺は一生でもうこれ以上悔しい思いはしないだろう、と思いました。いまだにあの時座っていた席を憶えています。ああ、確かに壁際の後ろから3列目くらいだった。傍にはクラリネットの3年生が陣取っていた。
 ホールを建て替えるということは、そんな、かつて響いては消えて行った音の数々をそっくりリセットするということです。ステージで響いた音の何百倍もの記憶がホールには残っている。それを各人の神経中枢に残すことが、文化財としての音楽を大切にしていくことではないかと思います。
 多分、誰がやったって、今の松山駅界隈の再開発はうまくいかない。それは市長ないし県知事が、自分が死んだあとの責任を取ろうとしてないからです。60年先に新生市民会館でどんな響きがするかを抜きにして、どこかの金持ちを当てにしたプランを立て、経済効率の観点からしか見てないからです。
 私は、もう暫くは音楽を聞いて過ごしたい。そのあいだにお気に入りの空間がひとつでもふたつでも付け加えれば、どんなに良いことだろう


 

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