児童生徒の喫煙習慣予防教育の試み

     

ーー学校保健の立場からーー

         

マナベ小児科 真鍋 豊彦


  1. はじめに
  2. モデル校での試用と結果
  3. モデル校と対照校との比較
  4. ”たばこってなーに?”基金設置と”基金箱”の作製
  5. ”たばこってなーに?”の普及
  6. おわりに
  7. 感想文(児童生徒から)
  8. 感想文(母親から)
  9. 感想文(父親から)
  10. 表明『タバコの煙から子どもたちを守ろう』

T.はじめに

 喫煙が喫煙者自身のみならず、その周辺の人達の健康を害することは今日常識になっている。それにも拘らず、わが国の成人男性の喫煙率は先進諸国の中では抜きんでて高く、20歳代の男性喫煙率は 60ー70%である。
 
 女性の場合は喫煙率そのものは比較的低いが、20歳代、30歳代の喫煙率は次第に高くなってきている。 
 喫煙は大多数が10歳代の後半に始まる。この年齢層の児童生徒は、喫煙の健康に及ぼす影響について十分理解していないし、ひとたびたばこの味を覚えてしまうと、その耽溺性のため、他人からの注意も上の空、もう止められなくなってしまう。
 
 児童生徒を喫煙習慣に陥らせないためには、児童生徒がたばこに手を出す前に、”喫煙と健康障害”について教育し、たばこの恐ろしさを自覚させることが極めて重要である。


 愛媛県医師会学校医会は、愛媛県地域保健対策協議会学校保健委員会と共同で、昭和61年度から3年間にわたり学校医、教師、保護者、児童生徒などを対象に、”喫煙と健康障害”に関する各種の調査を実施した。 
 
 これらの調査結果から、喫煙習慣予防は、家庭、学校、地域が一丸となって取り組まなければならない大問題であるが、とりわけ視聴覚教材などを用い、学校で”喫煙と健康障害”について教えることが最も効果的であるとの結論に達した。


 そこで、平成元年度に喫煙習慣予防教材の一つとして、児童生徒に喜ばれる漫画本として、”たばこってなーに?”(B5版24頁)を作成し、これが児童生徒の喫煙習慣予防教育にどの程度役立つかを、学校現場で実際に使用し検討した。
 
 本書は中学校生徒が文化祭のに”たばこ”をとりあげ、その恐ろしさについて生徒自らが学ぶとともに、喫煙者である父親や教師、さらには大人たちすべてに”たばこ”の有害性を訴えて行くというで、執筆者は住友別子病院整形外科部長で漫画家の中原紘氏(中原とほる)である。

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U.モデル校での試用と結果

 平成2年10月、愛媛県内の1市1町の小学校3校、中学校3校の男女児童生徒(小学校6年生324人、中学校1年生418人)を対象に、”たばこってなーに?”を教材として用いた。

 調査方法は、学級担任または養護教諭が本教材を用い、喫煙習慣予防教育を行った後、本教材の教育的評価のため、児童生徒にを行うとともに、学校によっては児童生徒と保護者に感想文を求めた。

 アンケートは16の設問からなるが、その概略は次のとおりである。

  @たばこの煙に含まれる有害物質の知識、
  A有害物質の具体的な知識、
  B喫煙を続けると健康が障害されること、
  C喫煙開始年齢が早いほど健康障害が起こりやすいこと、
  D喫煙が本人だけでなく、周囲の者の健康を害すること、
  E副流煙や受動喫煙など用語について、
  F喫煙の妊婦及び胎児への影響について、
  Gたばこの習慣性、中毒性について
  H”たばこってなーに?”を読んで、喫煙習慣の恐ろしさを知ったか、
  I喫煙と健康障害について家庭で話題にするか。

 アンケートの結果を総括すると、小学校6年生、中学校1年生の”喫煙と健康障害”関する知識は、しっかりしたものではないけれどもかなりあると思われたこと、その知識を確固たるものとし、それが”生涯にわたりたばこに手を出さない”という行動に結びつくためには、喫煙習慣予防教育にあたり、特に次の3点を重視、強調する必要があると考えられたこと、などであった。

  1.喫煙開始年齢が早ければ早いほど将来色々な健康障害が起こること
  2.妊婦の喫煙が胎児の発育に重大な悪影響を及ぼすこと 
  3.たばこには麻薬のような習慣性、中毒性があり、ひとたび吸い始めるともはや止められなくなること
 
 また漫画本”たばこってなーに?”は、コミカルな展開のなかに’たばこの恐ろしさ’がわかり易く解説されており、中学生を想定した内容で、かなり高度な水準であるが、小学校6年生にも十分役立つと考えられた。 

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 児童生徒・保護者から寄せられた感想文の一部を紹介する。(原文のまま)

(児童生徒から)

●たばこは、麻薬によく似ていて、自分で自分の命を縮めているんだなあと思いました。 

 わたしのお父さんとおじいちゃんは私が1年のときまでたばこを吸っていました。「たばこは吸い始めるとやがて麻薬のように自分の意志でやめられなくなってしまう」と書いてありました。
 
 これを思うとお父さんとおじいちゃんは、よくたばこをやめられたなあと感心してきました。いとこのおじちゃんもたばこを吸っているので、この本を見せてあげなければいけないなあと思いました。

●わたしのおじいさんもたばこを吸います。今からはもうやめられないそうです。たばこには習慣性があるのでやめられないことがわかりました。 
 
  また、お腹の中に赤ちゃんのいるお母さんがたばこを吸ったら赤ちゃんに悪いえいきょうがでることがあるのは知っていたけれど、他の人が吸っているたばこの煙だけでたばこを吸っていることと同じになるなんて知りませんでした。
  たばこは悪のかたまりです。ぜったい吸わない方がいいものです。この勉強でよくわかりました。

●たばこは吸っている人だけでなくて、まわりのみなにもたばこを吸っているのと同じになるなんてぜんぜん知りませんでした。
 
 わたしは思うことが一つだけあります。本の中に「カッコイイ大人のなかまいりをする」という所があったけど、わたしはたばこを吸うのがそんなにかっこがいいとは思えません。わたしはどんなきっかけがあろうと、すすめられても、たばこは吸いたくないです。あたりまえ。

●たばこってとっても体にいけないことだってこの本でわかります。どうしてこんなに体に悪いものをつくったのかなあ。

 わたしはこんなに体に悪いものだなんて知らなかったなあ。
 体に悪いから吸いすぎないようにしたら吸っていいと思ってたけど、自分の健康のことを考えると吸っちゃいけないんだなあ。
 
 たばこを吸うと自分を自分で殺して自殺みたいになっているなあ。
 1回吸うと”まやく”みたいになってやめられなくなるんだなあ。
 
 にんしん中のお母さんが吸うと、赤ちゃんは早産流産になりやすいって書いてあったなあ。
 たばこは毒みたいだなあ。

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(母親から)

●「たばこは百害あって一利なし」ーこの本によって子供とともに話し合えて良かったと思います。私自身も「こわいなあ!」とあらためて体に良くないことを知りました。

●たばこはきらいです。汽車でも禁煙車に乗るようにしています。小中学生など若い人達にたばこの害を知らせる”たばこってなーに?”の本はとても貴重な冊子と思います。

●たばこがいかに体に有害であるかよく理解できました。母親として子供に小さいときから、たばこについて教えなければならないと思いました。

●たばこを吸わない者にとっては、たばこの煙で息苦しくなります。まわりの人のことも考えて他人のいないところで吸って欲しいと思います。できればこのようなわかり易い本を一人でも多くの人に読んでもらって禁煙して欲しいと思います。

●たばこの害はわかっていてもなかなか止められないようです。この本のように数値で表わすと本当の恐ろしさが認識されます。子供たちも今の素直な気持ちを持ち続け、大人になっても決して吸わないでいて欲しいと思います。

●私自身喫煙者の一人ですが、次の主人の意見と同じです。「私はで”たばこは百害あって一利なし”ということも十分承知しているが、たばこの中毒には勝てず、長年吸い続けている。止められるものなら直ぐにでも止めたい。」 

●たばこを吸うと体に悪いとは知っていたのですが、この冊子を読ませていただき大変びっくりしました。早速主人に止めてもらいます。これから先、こわくて不安な気持ちで過ごすことになりますから。

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(父親から)

●現在一日1箱程度を解消と緊張緩和のためと思い吸ってきたが、知らず知らずのうちに毒されてくる様子を改めて知ることとなりびっくりしている。近いうちにたばこに代わる解消法、緊張緩和法をして禁煙の方向へ持って行きたい。

●たばこを吸っているが、改めてたばこの恐ろしさを実感した。今後減らすなり、止めるなり努力したい。

●一度味を覚えたら、そう止められるものではない。

●現在たばこを吸っている。体に悪いことは理解している。吸わない方が良いと思う。 

●たばこを止めようと何度も試みたが、未だに吸っている。子供達には成人しても吸わずにいて欲しい。

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V.モデル校と対照校との比較 


 モデル校の児童生徒が1年後(中1、中2)に、喫煙に対して意識や行動面でどのように変わっているかをみるため、平成3年10月に追跡調査を実施した。

 また、モデル校における喫煙習慣予防教育が本当に実をあげているかどうかをみるため、同じ規模の対照校を選び、対比してみた。

 1年前と比較するため、設問は前回と殆ど同じにしたが、モデル校においては殆ど全ての設問に対し、1年前よりも生徒の知識は確固となっていた。 

 また、行動面においても常習喫煙者は0.5%未満、今後たばこを他人から勧められても吸わないと答えた者は85%程度で、喫煙習慣予防教育の効果が一見顕著であるように思われた。

 一方、モデル校と対照校を対比してみると、各設問に対してモデル校と対照校との間に殆ど差は見られなかった。と言うよりも、むしろ対照校の方が喫煙習慣予防教育が徹底しているかのような結果が得られた。ただ、たばこの習慣性に関してはモデル校よりも対照校の方が、やや知識が乏しいようであった。 
 
 このことは、漫画本”たばこってなーに?”が、喫煙習慣予防教育の一つとして評価に耐えるものであるが、他方、モデル校及び対照校における喫煙習慣予防教育が色々な方法で実施されており、その成果が着実にあがっていることを意味している。

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W.”たばこってなーに?”基金設置と”基金箱”の作製 

 漫画本”たばこってなーに?”を学校関係者や児童生徒に広く紹介するため、愛媛県医師会学校医会は、平成4年度、5年度の事業の一つとして、愛媛県教育委員会の協力の下に県下の全中学校に漫画本を数冊ずつ送付した。学校から教材として利用したいとの要望があれば必要部数を無料で提供した。

 この事業は愛媛県医師会学校医会の一般事業として実施してきたが、これを普及・定着させるため、平成6年1月に愛媛県医師会学校医会のなかに”たばこってなーに?”基金を創設し、6年度から特別事業として継続実施することになった。

 これに先だつ平成5年9月に、”たばこってなーに?”の改訂縮小版を作成し、有料(1冊20円)とした。
 この基金は、愛媛県医師会学校医会の助成金、漫画本の売り上げ金、その他でもって構成され、これをもとに、毎年県下の中学校1年生全員に漫画本を1冊ずつ無料配布することを目指している。 
 
 また、貯金箱のような”基金箱”を作製し、医療機関などの窓口に置き、会員や患者などに献金を願うことにした。

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X.”たばこってなーに?”の普及 

 漫画本”たばこってなーに?”を中学校1年生全員に無料配布を目指すとともに、これを普及するため、愛媛県医師会学校医会は、愛媛県医師会報や対外広報”患さんへの医療情報”などで会員や地域の人に漫画本”たばこってなーに?”の購入と”たばこってなーに?”基金への協力を求めている。 

 新居浜市医師会では、平成6年度の総会で、学校医部の事業計画として”たばこってなーに?”の普及を取り上げた。それに応え、医師会として漫画本をまとめて購入し、これを新居浜市休日・夜間急患の患者待合室に”基金箱”と一緒に並べ、患者や家族に自由に持ち帰って貰っている。

 また、会員の尽力で社団法人新居浜カントリー倶楽部の受付に漫画本、”基金箱”を並べ、ゴルファーに協力を願っている。
 
 新居浜、ロータリークラブ(会員数約70人)でも趣旨に賛同し、協力を約している。 
 
 一般会員も、医療機関の受付窓口で患者などに漫画本を手渡すとともに、”基金”への協力を願っている。出入りする薬品問屋の人に”基金箱”を渡し、協力を求めている医療機関があるが、すでに一定額を”基金”に納めた、と聞いている。
 
 また、新居浜市小児科医会(会員数25人)は、組織として”基金箱”の窓口設置と漫画本の普及を決め、これに協力している。

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Y.おわりに 

 児童生徒のうちに”喫煙と健康障害”について十分学習させることが、喫煙習慣予防となり、延いては二十一世紀の日本の喫煙人口を減少させることになる。まさに”急がば回れ”である。
 
 従来、学校における喫煙習慣予防教育は、児童生徒の喫煙を反社会的、非社会的な問題行動として捉え、非行防止のための生活指導に重点が置かれていた。 
 
 平成元年3月、新学習指導要領に初めて、「喫煙、飲酒、薬物乱用と健康に関する指導」が明記され、中学校では平成5年度から、高等学校では平成6年度から新しい教科書にこれが採用された。
 
 喫煙習慣予防教育には色々の方法があるが、視聴覚教材を用いた”喫煙と健康障害”を、できるだけ早い時期から、少なくとも中学校1年生までに繰り返し教えることが最も効果的である。 

 視聴覚教材の一つとして作成された漫画本”たばこってなーに?”が、市販の教材、などともに広く普及し、「自分は生涯たばこを吸わない」と決意する児童生徒が一人でも多く出ることを期待する。
 
 今回は学校保健の立場から、児童生徒の喫煙習慣予防への取り組みについて述べたが、この問題については、小児科医、小児科医会の積極的な協力が強く望まれる。
 
 愛媛県小児科医会は、平成元年3月12日開催の総会で、下記の「タバコの煙から子供たちを守ろう」との表明案を採択し、関係機関などに送付した。
 
 このことが、平成元年6月26日の愛媛新聞朝刊の”ずうむいん愛媛”で大きく取り上げられた。      


                                 愛媛県小児科医会

                                              1989年3月12日

表明

『タバコの煙から子どもたちを守ろう』
           

 タバコは喫煙者だけでなく、周りの人達の健康に悪い影響を及ぼします。

 特に発育期の子どもたちにとってタバコの煙は有害です。子どもたちはタバコの恐ろしさを知らず、タバコの煙に対して無防備です。
 
 愛媛県小児科医会は、タバコの煙から子どもたちを生涯にわたり守るため、家庭、学校、地域、行政に働きかけ、喫煙予防に取り組みます。

           1.子どもたちが、タバコの煙にさらされないように
           1.子どもたちの目や耳に、タバコの広告がはいらないように
           1.子ども自身がタバコの害を知り、喫煙者にならないように
                                                                            


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