エジリン閃長岩
日本産新鉱物「杉石(スギライト)」を含むことで有名な、越智郡岩城村岩城島のエジリン閃長岩。白色の曹長石を基調として、杉石は淡黄褐色、エジリンは黒色の斑模様として散在している。“エジリン”とはなかなかインパクトのある名前だが、ナトリウムと鉄を主成分とする輝石(錐輝石)のことで、堀 秀道先生の「楽しい鉱物図鑑」によれば、北欧神話の海神エギルに由来するそうである。エジリン自身はそう珍しい鉱物ではないが、杉石は数少ない日本人の名前を冠するIMA認定新鉱物の“原産地”として余りにも有名である。その来歴については、「日本の新鉱物 1984−2000」(松原 聡、宮島 宏編 フォッサマグナミュージアム 2001年)をはじめ、「愛媛の自然 地学その1」(愛媛県立博物館 1992年)や「地学研究 vol.33」(日本地学研究会 1982年)などに詳述されているから、ここで改めて紹介する必要もないが、簡単に纏めておくと、1944年、九州帝国大学教授の杉健一先生と久綱正典先生は岩城島の閃長岩を調査し、“ユーディアル石”に似た鉱物を初めて見いだした。その後、20年を経て杉先生のお弟子さんの山口大学教授 村上允英先生と松永征二先生はそれを「岩城石」と命名し、結晶の構造解析からミラー石グループであろうと推測したが肝心のベリリウムは検出できなかった。さらに10年の後、村上先生はベリリウムに固執していた誤りに気づき、同じ軽金属のリチウムを山口赤十字病院検査室で分析してもらったところ、2.88wt% の酸化リチウムの含有が明らかとなり、初めて結晶構造が決定された。1975年、山口大学の村上允英、加藤敏郎、三浦保範および九州大学の広渡文利らによって、今は亡き恩師で発見者でもある杉健一教授のお名前を取り“杉石 (sugilite)”としてIMAに申請、正式に新鉱物として認可された。発見より実に30年が経っての快挙であった。杉石に含まれる金属分析の複雑な経緯は、桃井石のそれとよく似通っていて大変面白く興味深い。最近は、南アフリカ産の美しいスギライトがヒーリングストーンのルースにして人気を集めているが、愛媛県の古宮鉱山でも稼行当時標本から、著量のマンガンを含む紫青色のスギライトが発見されている。しかし、“原産地”となる岩城島の閃長岩はおおむね採り尽くされて現在では採集が難しくなっているとのことである。
(「タケダ鉱物標本」ご提供の片山石写真。この標本は小生がゲット!)
岩城島のエジリン閃長岩には、もう一つ、「片山石」(上 写真)と呼ばれる新鉱物がはいっている。色調が曹長石と同じ白色で分かりずらいが、紫外線を当てると、曹長石の淡い赤紫色発光の上に濃青色の強い短波発光があるので簡単に同定できる。名前は、同じく九州大学教授の片山信夫先生に由来するが、1975年に登録された“バラトフ石 (baratovite) ”と同一の鉱物と見なされて、残念ながら新鉱物としては抹消される運命にあるという。しかし、皆川先生の「四国産鉱物種 2010年版」によれば、「バラトフ石のOH置換体とも考えられ、別種の可能性もまだ残っており詳細な検討が期待される。」とあるので、それに望みを繋ぐ他はない。発見者は、杉先生と久綱先生、それと種田勝俊先生になっているが、「愛媛の自然(地学その1)」の「世界的に珍しい「杉石」を含む岩城島の閃長岩」(宮久三千年、佐々木 基)という記事には、「・・村上先生の後輩である宮久は、昭和38年にこの岩城島の閃長岩のなかに、紫外線で青白く発光する鉱物を見出しました。それは顕微鏡の下で灰れん石に似ており、また皆川君のX線検査では曹長石に似るという妙なものです。しかし村上先生のお話では、杉石のほかにもう一種、未知の鉱物が入っているということなので、この発光鉱物がそれであろうと、先生のご研究を待ち望んでおります。・・」と、紫外線発光を発見されたのが宮久三千年先生となっているのは、まことに嬉しい限りである。
(杉 健一教授(1901~1948) (左)と片山信夫教授 (1910~1997) (右) 「日本の新鉱物」より転載)
さて、岩城島のエジリン閃長岩は、純粋な鉱物としては唯一の“県指定天然記念物”である。制定は昭和43年(1968年)3月8日というから、新鉱物として認定される7年も前ということになる。当時は愛媛の地学研究も黄金期で、宮久先生や永井浩三先生を中心に多くの若い地学、鉱物研究者を輩出した時期でもあり、ある程度は納得できるのだが、その後、現在に至るまで新たな指定や選定が全くなされていないのは、一体どうしたことだろうか?・・特に最近の国際会議までが開催されたエクロジャイトや、「桃井石」、「愛媛閃石」など人口に膾炙する石の話題が多い割には、それらをどのように活用し保存していくのかという根本の議論が中央ではなおざりにされているような気がする。その蔭で、鉱物の乱掘や盗掘によって産地の荒廃や絶産が相次いでいる現状は、大変由々しき事態であると思われるのである。それはまた、昨今の郷土における文化財教育の後退も関係しているかもしれない。小生が子供の頃は、“文化財少年団”や“こども自然科学教室員”などの活動も活発で、それを指導する文化財保護協会員や自然科学教室員も誇りを持って郷土教育を推進していたものであるが、今や子供の趣味や遊びも多様化し、先生自身も昔のような余裕が全くないストレスフルな職場で、そうした郷土の宝への関心が薄くなってしまった感があるのは否めない。天然記念物とはいうものの、ゴミが散乱し雑草の生い茂る荒れ果てた現場と、錆び付き字も読めなくなった案内板・・こんな不幸な時代にしてしまったのは決して若者だけの所為ではなく、取りも直さず親の世代にあたる小生達の責任なのである・・・
話が横道に逸れてしまったが、こうした現状に疑問を投げかけ、天然記念物に指定されてもおかしくない貴重な愛媛の鉱物やその産地を議論し保存や指定を促している記事を2,3紹介して後考に供することとしよう。記載は、岩石や鉱物に関するものだけを抜粋させていただいた。
【愛媛の自然(地学その1,岩石・鉱物)】(編集部 愛媛県立博物館 平成4年)
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伊予三島藤原のチタン斜ヒューム石を多く含む蛇紋岩
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土居町関川河又の紅れん石や苦土アルベソン閃石を伴う変成岩
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同、関川上流権現谷の榴輝岩
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新居浜市鹿森ダム南方の藍晶石を含む角閃岩
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新居浜・別子山境界の銅山峰の鉱床大露頭
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波方町馬刀潟(白岩海岸)のフェルグソン石を含むペグマタイト
【愛媛の地学 第5巻 第1号】(鹿島愛彦 愛媛地学調査研究会 平成13年)
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宇摩郡土居町東赤石山の榴輝岩
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新居浜市(土居町?)五良津谷の紅簾石
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新居浜市鹿森ダムの藍晶石
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上浮穴郡久万町槙ノ川の沸石類
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宇和島市高月山のぶどう石
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西条市市之川鉱山の輝安鉱
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新居浜市別子銅山の黄銅鉱
(地学関係の候補より岩石・鉱物だけを抜粋、八幡浜市大島のシュードタキライトは既に指定済のため除外)
【愛媛県の地質鉱物(天然記念物緊急調査報告)】(皆川鉄雄 愛媛県教育委員会 平成15年)
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藍晶石(新居浜市) ● 紅簾石片岩(新居浜市)
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河口の紅簾石片岩(西条市) ● 冨士山の御部荷鉾緑色岩類(大洲市)
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鹿島の瀬戸内火山岩輝石安山岩類(北条市) ● 馬立のマントル物質を捕獲する玄武岩(新宮村)
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五良津の紅簾石アルカリ角閃石石英片岩(土居町) ● ざくろ石白雲母角閃岩(土居町)
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権現越の石英エクロジャイト ● 権現越のざくろ石単斜輝石(土居町)
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東赤石かんらん岩(土居町) ● 藍晶石緑簾石角閃岩(土居町)
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はんれい岩体(宮窪町、波方町) ● 大島石(宮窪町)
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エジル石閃長岩(岩城村) ● 外山砥石山(砥部町)
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川登の砥部陶石鉱床(砥部町) ● つづら川の縞状ホルンフェルス(砥部町)
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篠谷の枕状溶岩(肱川町) ● 佐田岬一帯の含銅硫化鉄鉱床群(伊方町、瀬戸町、三崎町)
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室の鼻の枕状溶岩(伊方町) ● 梶谷鼻石灰質片岩(三崎町)
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周木の流紋岩・はんれい岩・圧砕花崗岩(三瓶町) ● 寺野変成岩(城川町)
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含珪線石・電気石花崗岩(高月山花崗岩 広見町) ● 火打石 (内海村)
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別子鉱山産の含銅硫化鉄鉱(標本)(新居浜市) ● 別子銅山露頭(新居浜市、別子山村)
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市之川鉱山産の輝安鉱(松山市、西条市) ● 保土野谷のコランダム(別子山村)
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明神島の定永閃石・フォッサ輝石スカルン帯(宮窪町)● 西明神の安山岩中の沸石・魚眼石(久万町)
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畑野川の高野火砕流中の高温石英(久万町) ● 面河渓のもみじ石(面河村)
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市之川鉱山千荷坑(西条市) ● 馬刀潟ペグマタイト
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大頭山ペグマタイト ● 小大下島のエメリー(関前村)
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童子鼻製錬所跡(三崎町)
いかがだろうか? 天然記念物の資格を充分有すると思われる共通なものを4色に色分けしてみたが、【愛媛の自然】は東予地域の記載しかなく、【愛媛の地質鉱物】は緊急報告のためやや詳細に過ぎる傾向があって一概には判断できない。しかし、なんとなく重要な愛媛の岩石・鉱物の何たるかは把握できるのではないだろうか? そこで最後に、独断と偏見で選んだ“小生板 重要岩石・鉱物類”を提示しておしまいにしようと思う。特徴は、世界遺産の選考法を参考に、“モノ”ではなく“地域”で選定してみたことで、今後の天然記念物はそうした包括的な観点で選ばれるべきであると小生は確信しているからである。
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東西赤石地域・・橄欖岩帯の各種クロム鉱物とエクロジャイト、保土野のルビー、藍晶石、紅簾石片岩、愛媛閃石を含む。
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別子銅山、市之川地域・・露頭を含む東洋一の別子鉱床と各種稀産鉱物、市之川産輝安鉱の世界的巨晶と市之川礫岩
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馬刀潟ペグマタイト・・各種稀元素鉱物と斑糲岩体
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島嶼地域・・大島石、陣笠状ジルコン(大山石)、明神島の定永閃石、岩城島のエジリン閃長岩、明神島のエメリーなど。
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高縄山地域・・ガドリン石、新鉱物「高縄石」(Y−フォーマン石)などの稀元素鉱物。
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砥部地域・・硫化鉄鉱床とマンガン鉱床、輝安鉱脈の混在。砥部雲母、輝安銅(優量鉱山)、杉石(古宮鉱山)を含む。
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久万地域・・槙ノ川、高殿の各種沸石類と、千本峠の高温石英。
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高月山地域・・電気石花崗岩とそれに伴う鋭錐石、板チタン石。ブドウ石など。
(その他、単発的な鉱物産地として、鞍瀬鉱山(桃井石産地)とダイヤモンドを含むアルカリ玄武岩(新宮村)はぜひ入れておきたい。)
何だ!結局、愛媛県全部ではないかとお笑いになる向きもお有りかと思うが、小生もそれを敢えて否定はしない。中央構造線をはじめ他の地学的な特徴も合わせると、まさに愛媛県そのものが大きな天然記念物と考えることもできるのではないだろうか? まあ、極論ではあるが・・ 一方、愛媛大学の鹿島先生は、天然記念物に指定されることによって、採集ができなくなることや、(悪質な)鉱物販売業者に恰好の情報を知らせることに繋がりかねないとの危惧もされている、しかし、今や何も指定されなくても、新鉱物や稀産鉱物産地がどこも乱掘され荒廃に瀕している事実を考えると、少しでも注意を喚起し住民と共に産地を保護していく意識を高めるためにも、若い人が顧みる新しい観点に立って、もう少し中央が動いても良いのではないかと嘆くのである。
ちなみに下写真は、最近認定された愛媛ゆかりの新鉱物。左から、「桃井石」、「愛媛閃石」、「高縄石」。特に「愛媛閃石」は、その圧倒的なネームバリューで愛媛の鉱物愛好家をおおいに魅了し陶酔させた。だが、いずれもすでに絶産状態というのは余りに・・余りに悲しい・・