矢筈山〜石堂山〜白滝山

[所在地]徳島県美馬郡一宇村

[登山日]2001年8月11日

[参加数]3人

[概要]昨年8月に続く祖谷矢筈山系縦走コース。一宇村石ノ小屋から南西に矢筈山に直登し、素晴らしい縦走路を石堂山、白滝山と辿り、石堂神社を経て元の登山口に戻る周遊コースである。矢筈山については平成12年7月29日の項を参照していただくとして、ここでは石堂山について述べる。石堂山のご神体は左図のような御塔石で、古く阿波志(文化年間)にも「・・絶頂に石あり削成する如し高さ十二丈許り南高く北低し石扉あり之を覆う因て名づけて石堂と曰う・・」と記載がある。離れてはいるが、紛れもなく石堂神社のご神体である。昔は2基並んで建っていたが、一基は往年崩壊したそうである。「風の神」でもあるため雨乞いの儀式にも使われ、村人がこの前で踊り狂ったと伝えられる。また修験道の聖地でもあり、矢筈山は石堂山の「奥の院」とも称していた。大正時代までは、石堂山の祭日(旧六月二七日)には白衣の行者等多数の登山者があったと「新編美馬郡郷土誌」(笠井藍水著)にも記されているが、絶えてその面影もなく今はただ風の音しか聞くことができない。

[コースタイム]

登山口(8:00)―沢(水場)(9:00)―矢筈山(12:40)―・・昼食・・―

 石堂山(14:15)―白滝山(15:00)―石堂神社(16:00)―登山口(16:45)

[登山手記]このコースは「徳島の静かな名峰」(尾野益大氏著)で紹介されています。(私の知る限り、これだけです!)しかし、「山と高原地図 剣山」(福家健二氏著)でもルートとして記され、赤い鉄橋まであるとのことですので、まず大丈夫だろうと計画しました。尾野氏も述べられているように「徳島高峰群の魅力を一日で余すことなく体感させてくれる」隠れた素晴らしい周遊路だと思います。しかし、やはり気になるのは登山口から矢筈山までの状態です。地図を見ても結構、急斜面の900m直登はとてもキツそうです。最近、読図ができるようになったK女史もH女史も「ここが一番問題だね。本当に道があるの?」と問いつめるので閉口してしまいます。おまけに行く予定だった二人の男性軍が都合で急遽、不参加となり、男は私一人になってしまったのでなおさら不安なのでしょう。なんとか、なだめ透かして、小雨ぱらつく11日早朝、重い気分で出発しました。

新居浜から徳島高速道を「美馬」で下り、貞光から岩戸荘のある古見まで2時間ほど。そのまま、まっすぐ道標の「矢筈山」に従って狭い舗装道をしばらく進みます。最奥の民家を過ぎ、舗装の途切れるヘアピンカーブが登山口です。指導標はなにもありませんが、ヘアピン部分に、草に覆われた細道が谷に沿って延びています。駐車スペースは充分あるのですが前日の雨でぬかるんでいたため、適当に広くなった路肩に止めてから出発です。山上は全くのガスで小雨も降っています。せり上がる深い樹林帯は不気味で相当な難路が予想され、いやが上にも緊張感が漲ります。3人とも大きなため息を残してから登山開始!すぐに木橋で右岸に渡り、進むこと15分あまり。突然、法螺貝のような音が谷にこだましました。何だろ〜?としばらく聞いていると、やっと、それがトラックのクラクションであることに気づきました。やっぱり路肩に止めたのがまずかったか!?仕方なく女性軍を残して、空荷で引き返し、車を駐車スペースに移しました。これで20分のタイムロス+無駄な体力消耗。あとで分かったのですが、林道の奥は拡張工事が続いていてトラックの往来が結構あるようです。充分注意してくださいネ!・・登山に戻ってしばらく行くと「赤い鉄橋」が現れました(上写真)。下は相当な急流ですので、これがないとまず渡渉は不可能、ありがたい存在です。左岸に渡ると緩急を繰り返しながら谷沿いに進み、再び右岸に渡るところが綺麗な沢となっています。石堂山までの最後の水場となりますので、休憩がてら、たっぷりと水を補給して下さい。沢を過ぎると本格的な山道となりました。荒れた植林帯のジグザグの登り。自然林に変わると小さな尾根に沿って、まっすぐな道をひたすら耐えて登っていきます。このあたりは赤テープもしっかりしていますのでホッと一安心。「思ったより道はいいみたいだネ。」と語り合いましたが、期待は最後に裏切られることになります・・。一登りしては休憩、休憩しては一登りとゆっくりしたペースで進んでいきました。

とにかく、まっすぐな直登の連続で、すぐに息があがってしまいます。しばらく行くと緩斜面となり、綺麗な笹が足下にまとわりつくようになりました。標高は1400m辺りです。しかし、途端に道が不明瞭となり、赤テープも次第に数が少なくなってきました。慎重に周囲を見ながら進んで行きます。少し左に回り込むかたちで再び大きな尾根の斜面の直登となります。ガスが切れ、時折、日の光が射しんできますが周囲は樹木が多く視界はなにもありません。そのうち斜面は背の高いスズタケにビッシリ覆われ、次第に登山道がわからなくなってきました。周囲を見ても赤テープも見あたりません。適当にスズタケをつかみながら斜面を強引によじ登っていくのですが、もう道もなにもわからなくなってしまいました。こうなるとすぐ精神的に参ってしまうのが、わが「山の会」の最大の欠点です。まずH女史が音を上げ、へたりこんでしまいました。しかし、座ってジッとしていると、すぐにアブの大群が襲ってくるので、仕方なく立ち上がってまた登るしかありません。斜面も結構、急傾斜でなかなか上に這い上がることもできなくなりました。万事休す!時間は正午になろうとしています。・・もう少し・・もう少しで立派な縦走路に出るから!と自分にも言い聞かせつつ必死でがむしゃらに横掛けしながら、なんとか道らしき所に戻ることができました。写真は、そんな状況を示しています。「赤テープがあったよ!」の声にH女史が登ってきたところです。写真ではちょっとわかりませんが、「う〜・・。」と唸りながら噛みつきそうな表情をしています。ひえ〜、恐い、恐い!あの石立山の悪夢が頭をよぎります。・・苦闘すること1時間、次第に傾斜も緩くなり進みやすくなってきました。相変わらずスズタケの海ですが、ようやく斜面も狭まり、道も再び明瞭となり、12時15分、やっとのことで稜線の縦走路に飛び出すことができました。ヤレヤレ、終わった!思わず、そう叫んで座り込んでしまいました。

ここからは、うって変わって極上の縦走路。「今までのは何だったの!」と2人して私をにらみつけますが、私はいみじくも "Durch Leiden zum Freude!" このベートーベンの言葉を繰り返すのみです。そんなやりとりをしながら、目前に見える矢筈山のピークに向かって、あと一頑張り。大きなアブが多いのには本当に閉口ですが、12時40分、遂に矢筈頂上を極めました。一年前となにも変わらない静かな山頂。遠く、矢筈岩を経てサガリハゲ山も遠望できて感無量です。懐かしい友達との再会のような歓びを感じて、アブの不快さもさほど苦になりません。残念ながら、去年見えた瀬戸大橋や三嶺などはガスの彼方でしたが、満ち足りた気分で意気揚々と石堂山に向かって縦走を開始しました。フと見ると、私たちが這い上がってきた分岐には赤テープが、これでもかと何個も固定されていました。難路ではありますが、徳島岳人の強者達が利用している証拠であり、とても頼もしく感じました。

 アブの少ない縦走路で簡単な昼食。ガスの切れ間から、登ってきた斜面や、車を止めた「石ノ小屋」付近の林道が深く沈んでいるのが俯瞰され、よくぞ登ってきたものだ、と改めて感慨に浸りました。ここからは精神的にも余裕ができ、3人で賑やかに歩いていきます。多少のアップダウンは、よく整備された道なので、さほど苦になりません。石堂山手前の樹林帯に「水場 10分」と書かれた標識があります。ここはテント場としても記されていますが、ちょっと陰鬱な場所だと思いました。標識を過ぎるとほどなく石堂山頂上です。14時15分着。ゆったりと大展望が期待できそうですが、あいにくのガスで視界はありませんでした。しかし、テントを張るとすると、やっぱり、ここですよネ!少々休憩して出発、白滝山へと向かう縦走路脇に、ご神体の「御塔石」がデンと現れました。さすがにインパクト充分の存在感です。石鎚山の「天柱石」も素晴らしいが、この「御塔石」も負けないくらいの「鬼工神造」ぶりです。石の向こう側は断崖絶壁なので、山麓からも遙拝することができ、石堂神社も、多分この遙拝所なのでしょう。写真では、どうしてもその重さが表現できません。ぜひ、直に来て拝んでいただきたいと思います!・・時間も経ったので名残惜しく過ぎると、すぐに「大工小屋石」があります。面白い石小屋ですが、これは天然のものなのでしょうか?薄暗く女性軍が不気味がるので、ゆっくり観察することもできませんでした。とても残念です。

縦走路は次第にゆるやかに下りとなります。気持ちの良い笹原を過ぎると「白滝分岐」です。白滝山までは100mほど笹に覆われた道をピストンしなければなりません。K女史が渋りましたが、せっかくここまで来たんだから・・と半ば強制的に薄暗い樹林帯を空荷で進んで15時、白滝山山頂に至りました。展望もなく標識だけの寂しい頂上です。山名の由来となった東側の断崖も見ることはできませんでした。また、改めて、風呂塔から縦走してみたいと思っています。写真だけ撮って、さっさと分岐まで戻ってきました。苦しかった縦走も、これでおしまい。あとは石堂神社まで単調な山道を下っていきます。石堂神社はガイドブックの写真にある通り、立派な拝殿を擁する神社です。その手前に紛らわしい分岐が一ヶ所あります。南斜面に下らずに、石堂神社の幟に従って稜線の北側を進んで下さい。神社で登山の成功を感謝してお参りし、あとはひたすら下るだけです。良い道ですが、足もガクガクでとても長く感じました。廃屋を過ぎ、沢の音が近くなってくると、やっとのことで林道に帰還。16時45分でした。ここには立派な登山用の標識もあり、石堂山までなら、ここからの登山が便利です。しかし、矢筈山までとなると、距離が長くなるため健脚が必要ではないでしょうか?やはり、今日の直登ルートをもう少し整備していただきたいと思いました。・・10分ほど林道を歩いて車まで還ってきました。疲れきってはいるものの、充実した登山成功を祝してガッチリ握手してから、宿所である「つるぎ山荘」へと向かいました。

 

塔の丸

[登山日]2001年8月12日

[コースタイム]登山口(10:00)―山頂(11:45)―登山口(13:30)

[登山手記]快適な宿で一夜を過ごし、疲れを癒した翌日は、軽く「塔の丸」までピストンしてきました。夫婦池近くの登山口を10時発。すでに下山してきた人とすれ違いながら、自然林の道を緩やかに登っていきます。1549mのピークを迂回したのち、1582m峰を過ぎると広大な笹原が眼前に拡がります。最奥の「塔の丸」ピークを見ながら漫歩できる楽しい道です。終始360度の大展望を満喫できますが、あいにくの曇り空で、剣山も矢筈山もガスに覆われています。それでも昨日の苦しい行程に比べると極楽のようなすがすがしさです。「こんな山ばかりだといいのにね〜。」と聞こえよがしに皮肉たっぷりに女性軍が囁き合うのを聞きながら、それでも素直に「ごめんネ。」と謝ることができる、そんな子供のような嬉しさのこみ上げてくる素晴らしい剣山系の山々。今年も登れて本当に良かったとつくづく満足感をかみしめながら、一歩一歩とピークに近づいていきました。