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この頃の現役 PartU −変わったことと変わらないこと−

47卒 井手 浩一


 『春風』と『ダフニス』の夏から、丸々一年が経ちました。あれから三分の一のメンバーが入れ替わりましたが、高校生たちは部活専用の黄色いTシャツ(デザインは二種類ある)に身を包み、毎日熱い練習に励んでいます。
 【変わったこと】
 部員同士の対話の時間が増えました。阿部先生が定年退職され(週末は良くお見えになってますが)さりとて浜辺先生が三つの部を掛け持ちという状況は変わりませんから、普段の練習は高校生だけでやらざるを得ません。分奏もパート練習も自分たちでスケジュールを組み、結構シビアーな指摘を繰り返しています。お陰で、バンド全体の合奏の力は向上して来ているのではないかと思います。
 今年の自由曲(バルトークの『オーケストラのための協奏曲』第五楽章)も、去年に劣らないほどハードです。最初から最後まで気を抜くところはないし、かといって、力ずくで吹くと無味乾燥になってしまいます。合わせも当然難しいですから、毎日良く話し合いながらアンサンブルを積み上げていくしか方法はありません。
 昨日(6月18日)も三階で嶋村さん率いる木管分奏を聞いていたら、中庭から(漱石と子規の句碑のある辺り)ユーホとチューバとコントラバスの分奏が響いて来ました。木管は課題曲(架空の伝説のための前奏曲)のBからCまでの縦の線を確認し、Eの駆け上がりのフレーズのバランスを取り、Mの六連符を合わせ(まだ各人が吹けてない)、それから自由曲の難物の十六分音符と色んな箇所をさらいましたが、彼らはその間バルトークの後半の難所を延々と繰り返していました。
 下へ降りて暫く見物しましたが、細川さんと鵜久森君と後藤君がそれぞれの立場で意見を言っているから、これは時間が掛かります。でも全員が納得するまで先へ進まないのはとても良いことです。そうしている間にも二階からはトランペットやホルンの音がビンビン響いて来るし、パーカッションは相変わらずパワフルだし、もし子規が耳にすれば『夏の楽の音』という一文でもモノにするのではないでしょうか。
 吹奏楽部専用のホームページが出来ました。eastbrass.michikusaでヒットします。会報のホームページにリンクしているのでご存じの方も多いと思いますが、私は毎朝開けてチェックするのが習慣になりました。☆マークやパンチの絵や、上向き下向き矢印が多用されて如何にも女子高生!というのが細川さんで、クールで理知的で難しい言葉を良く知っているのが吉岡さんで、文章自体がめっちゃ弾けているのが高内さんです。

 【変わらないこと】
 一年前の悔しさ。コンクールに勝つことが全てではないといいながら、やはりあの時の脱力感と喪失感は忘れられません。去年のダフニスは、それこそ年明け早々から(比喩でなく)延々と練習を積み上げて来ただけに、何とか結果を出したかったなと今でも思います。現在の一年生は当然その悔しさは知りませんが、上級生の練習態度に自然に引っ張られている感じがします。第2教棟の階段を昇って行くと、上からフルートやサックスやオーボエの音が響いて来ます。時々それが、立花さんや中原さんや横山さんの音であるような錯覚に陥ります。更に遡って、須賀さんや丸橋さんや山下奈保(呼び捨てに他意はありません)の音の気がすることもあります。何故か冬場の人の少ない時期のことを思い出します。メンバーは変わっても音楽に対する態度は変わらない、それがクラブの伝統になってくれれば良いと思います。現在の部員は総勢67名です。一年生でコンクールに出られるのは木管は一人、金管が五人、打楽器が一人、という具合で、後の二十人ほどは来年が初ステージです。毎日練習しても本番に立てないのはさぞ悔しいでしょうが、それを一年後にぶつけて欲しいと思います。
 高校生はとにかく元気です。定期試験の終わった後一日おいて模試があろうが、窓を完全に閉め切って吹かされようが、五時きっかりに学校を追い出されようが、めげずに練習を続けています。夕方車で一番町を走っていると、良くブラスの連中を目にします。ああ練習が終わったなと見ていると、彼らの脚はスッと予備校の方へ曲がって行きます。
 或いは、たまに街へ飲みに出て酔醒ましにスターバックスへ入ったら(十時頃ですよ)そこで教科書を広げている女子高校生を見掛けます。他ならぬ東高生です。周りは随分騒がしいのに一度も顔も上げず、懸命に文字を追っています。いっそ途中でマンガでも読んでくれればまだ気が楽なのですが、そんなこともありません。時代がそうだと言えばそれまでですが、彼らは随分色んな物と戦わされていると思います。

 さて、この会報が発行された頃には残り一ヶ月を切っています。客観状勢は去年以上に厳しいでしょう。何しろ一年前の県大会の上位二チームは、一気に全国大会へ駆け上がっているのですから。東高の場合は中学時代に全国大会へ行ったようなメンバーがズラッと揃っている訳でもないし、高校へ入って初めて楽器を手にした人や、全然別のパートにコンバートされた人もいます。しかし、ずぶの素人が真面目に練習を重ねて二年生になって、バルトークの真っ黒のクラリネットパートを吹き切ったら、それはもう軽い奇跡だと思いませんか?今までだってそういう奇跡は起きたのだから、今年も必ずやって来ると思います。
 彼らは自分たちの音がどう響いているか、いつも気にしています。お休みの日は練習を聞きに行って、意見を言ってやって下さい。ある特定の部分のピッチ、或いはアインザッツだけ合わせろと言われれば、何とかなるでしょう。しかし吹奏楽のバルトークが本当に難しいのは、およそ楽器本来のメカニズムを超越した動きが延々と続くところにあります。重い白血病を体内に抱えていたバルトークにしてみればああいう音符を書き連ねるしかなかったのでしょうが、神経がそちらに取られると、何でもない主和音が変な響きになったりもします。私や酒井君は既に耳が慣れてしまっているので、新鮮な耳で弱点を指摘して欲しいのです。
 譜読みの段階ではどうなることかと思ったバルトークが、漸くその全貌を現そうとしています。名曲は何度練習しても飽きません。いやむしろ、やればやるほど響きの面白さが分かって来ます。最初は二人か三人しか指が回っていなかったクラリネットやサックスが、やっとパートとしての結束を見せるところへ来ました。寒い時期からそれだけの練習は重ねて来たのだから、最後まで走り抜けて貰いたいと思います。足元から蔦が絡まって来るような不気味なパッセージを潜り抜けた向こうに、輝かしい賛歌の主題が待っています。  
 今はまだ9の力しか付いてないのに10の音を出そうとしている(それだけ無理がある)けれど、残された時間で11か12のパワーを蓄えて、東高生らしい品位のある音を目指して欲しいと思います。それで、阿部先生と去年の三年生たちが残した想いを、纏めて取り戻して来ようじゃありませんか。



  


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