鉄と宇宙の北九州
平成6年卒 大元佳奈 このHPの作業をしている最中(2018.11.20)、Yahoo!のニュース記事の中の朝日デジタルの写真に目がとまりました。スペースワールドのシンボルであったシャトルがついに解体されたという記事です。美しい流線型のシャトルに大穴が開き、中の鉄骨がさらされた無残な写真です。ずっと前、訪れたときには華やかなテーマパークでした。時代の変遷で残るもの、壊されるものに思いを馳せつつ、北九州について書きます。 私は2018年11月2、3日と北九州に行ってきました。北九州は今年、下水道事業が始まって100周年であり、さまざまなイベントが開催されました。松本零士のデザインで作成された鋳物のメーテルのマンホールの蓋、ハーロックやクイーンエメラルダスなどのイラストを使用したマンホールの蓋など特別な蓋が25種類作られ、アプリを利用したスタンプラリーが行われていたので、メインイベントであるマンホールサミットの1日前に北九州入りし、北九州のあちこちに設置されたマンホールの蓋を撮影しながら、近代の産業遺産を巡る旅です。 小倉港から徒歩で小倉駅に行き、途中で松本零士の蓋を撮影しつつ、小倉駅に飾られた直筆サイン入りの看板を撮影。駅周辺や商店街のものはすべて撮影してから予約してあったレンタカーを受け取りました。近くのコンビニ駐車場で朝食をとりつつ、行きたい場所をカーナビに入力。なにせ初めて運転する北九州です。るるぶは買いましたが、そんなに検討しないまま来てしまいました。とりあえず小倉を後にスペースワールドのあった八幡東方面へ向かいました。ショッピングセンターに車を置き、ひたすら(迷いつつ)歩きます。昭和37年に造られた東田第一高炉を撮影。青空に美しい高炉がよく映えます。ここにもラリー対象の蓋があります。スペースワールド駅のそばにある「世界遺産」の蓋です。途中嫌でも目に入る、解体中のスペースワールド。シャトルはまだそのままでしたが、工事用の塀に囲まれ、すでにがれきになりつつあります。以前私がここに来たのは1999年9月。(詳しくは会報第93号で )あれから19年も経っているなんて信じられませんが、こうして役割を終えた遊園地を見ると自分が歳をとったものだと痛感しました。見ると若者がフェンスのそばで何かしています。「解体反対」と書かれた紙をたった一人で貼っていました。老朽化とか経営難という言葉では割り切れない思いがあるのでしょう。1990年開園ですから、地元の人にとっては大切な思い出がつまった場所に違いありません。このスペースワールドは新日本製鐵が始めました。近くには世界遺産官営八幡製鉄所旧本事務所があり、無料でちょっと遠いですが斜め横から外観だけ見学することができます。私の小さなカメラでは寂しい写真しか撮れませんでした。VRとか、パネル展示もありますが、せっかくの世界遺産なので正面から見たかったです。驚いたのは、立派な高炉も10年しか保たないので、次々作り替えていくということ。前述の高炉は世界遺産ではありませんが、保存されたもの。たった10年で役目を終えるのです。 この翌日の11月4日には、まつり起業祭が開かれるとのこと。企業の祭から市民の祭になったという北九州らしいお祭りです。昔は有名芸能人を招いて盛大にしていたそうですよ。 次に向かったのは若松区。ナビ頼りでも若戸大橋に入れなくて同じところをぐるぐるしてしまいました…。ここにも古い魅力的な建物があります。旧古河鉱業若松ビル、石炭会館、旧三菱合資若松支店、旧ごんぞう小屋、対岸に見える戸畑区の共同漁業ビル。駅駐車場から歩いて回りました。また橋を渡って戸畑区の旧松本家住宅の外観だけ写真を撮り、八幡東区の河内貯水池へ。私の大好物である石積みダムがあります。ここで写真を撮りまくり、陽が傾き始めたので、小倉南区のマンホール蓋を撮影してから、なんと北九州空港へ。ここにもラリー対象の蓋、駅前のものと同じ鋳物のメーテルがあります。件のラリーはコンプしなくても、プレゼント企画に応募できますが、コンプ率が高いほど当選確率が上がる仕組み。そして多くのよそから来た参加者はここの蓋はあきらめると思われます。しかし、私はガチ勢です。このために車を借りたのです。行きましたよはるばると。遠い、とにかく遠い。そして見る物が何も無い…。撮影を終え、小倉方面に帰る途中、予想以上の渋滞です。あわよくば門司まで一気に行きたかったのですが、いったん車を返し、ホテルにチェックインしてから電車で門司港に向かいました。せっかくの門司港駅は工事中なのは知っていましたが、工事中すなわちライトアップされていないということまでは考えが至りませんでした。暗くてなにも写らない…。旧大阪商船、旧門司税関、旧門司三井倶楽部、旧国際友好記念図書館などを堪能しましたが、施設へは入れず、焼きカレーも味わえずでした。 二日目、残るラリー蓋は2枚。そのうち北九州市立中央図書館前のものを早朝の散歩がてら撮影し、いよいよマンホールサミットへ! まだ人の少ない会場に展示された各地のマンホール蓋をひととおり撮影し、1時間以上前から受付の列に並びました。列の横をテレビ局が似たようなことをいいながら撮影していきます。私は人孔鉄蓋パーカーを着て、お揃いのショルダーバッグを提げていたんですが、取材はされませんでした。北九州各地のマンホールカードとイベント参加ごとにもらえる缶バッジ。メーテル蓋の拓本、各ブースを最速で回ります。お昼はの地元の老舗シロヤのパンを食べました。 さあ、いよいよメインイベント、トークラリー会場に向かいます。まだ1時間半くらい開場まであるのにはやくも長蛇の列。ここで、マンホール界のレジェンドたちのお話が聞けるとともにマンホールカードがもらえるのです。並んでいる高齢者の皆さんは、カード交換で盛り上がっています。私は一人一枚の原則をかたくなに守っているので交換用のカードは持っていませんが、この人たちは地元のカードを何度ももらいに行き、持っていないカードを交換で手に入れているのです。まあ、私の楽しみ方とは異なりますな。そしてこの方達はホールの前の方に集団で座っているのですが、とにかくノリが悪い。カードをもらうことにしか興味がなく、みんなでポーズをとって撮影なんかには参加しません。きれいな女性に「姉ちゃん、いくつ?」とかセクハラヤジまで飛ばします。なんてテレビ映りの悪い方達でしょう。後ろのほうに座ればいいのに!この方達は真のマンホーラーではない! トークショーは国と市の下水道担当の方たちの対談や、ベルリン森鴎外記念館のキュレーター、土木ユニットデミーとマツ、東海道をほぼ歩いてマンホール拓本を取った方、みちくさ学会講師の方、市の下水道課の若い女性職員、路上観察学会の方、そしてわれらがあこがれのマンホーラー山田秀人さん!…まあ、興味の無い方々にはなんのこっちゃですが。 とっても楽しいサミットでした。蓋の愛し方もいろいろです。私は蓋だけではなく、下水道も興味があるほうですが。 帰りに時間が余ったのでふらふらしていたら、19年前に行ったラーメン屋一平を発見。懐かしくてここで夕飯をいただきました。やっと地元グルメにありつけました。カウンターで隣り合った高齢女性(酩酊状態)はなんと新日鉄の八幡製鉄所で働いていたそうです。 港近くのサッカー場で真っ暗な中最後のマンホール蓋を、スマホのライトで照らしながらなんとか撮影。25種をコンプリートしました。いやあ、満足。 今回しみじみ思ったのは、今もある古い物は残された物。残されない物はやがて記録のみになり、記憶からも次第に消えていく。価値あるとされる物、されない物にも思いの深さは人それぞれ。北九州はモノが生まれ、次のモノ作りのために壊されていく街でした。 |