平成16年12月8日(水)に、第441回新居浜小児科医会(忘年会と中野直子先生送別会)が「寿司勝」で開かれました。 出席者は12名でした。 出席者名 (前列左から) 矢口善保、真鍋豊彦、中野直子、塩田康夫、松浦章雄 (後列左から) 後藤振一郎、上田 剛、山本浩一、藤本尚美、岡本健太郎、伊地知園子、加藤文徳(敬称略) |
第440回
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平成16年11月10日(水)
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症例呈示 | 「生後1ヵ月から徐々に哺乳不良になった2ヵ月乳児の1例」 | 十全総合病院小児科 | 占部智子 |
話題提供 | 「病児保育の現状と問題点」 | 村上記念病院小児科 | 松浦 聡 |
その他 | ・ | ・ | ・ |
1. 症例呈示
生後1ヵ月から徐々に哺乳不良となった2ヵ月乳児の一例
十全総合病院小児科 占部智子
症例は2ヵ月男児。周産期は吸引分娩で出生した以外は問題なく、仮死はなかった。生後1ヵ月までは体重増加も良好であったが、その後徐々に哺乳量が減少し、生後2ヵ月では、1回10〜20mlしか飲めなくなった。このため近医から紹介入院となった。理学的所見では、引き起こし反応でhead
lagがあり、筋力の低下、筋緊張の低下が軽度認められたが、frog postureではなかった。笑顔は見られ、全身状態はあまり悪くなかった。哺乳状態を観察したところ、のどがゴロゴロと鳴り、飲みにくそうにして、哺乳を始めて数十秒で飲むのを止めて眠ってしまっていた。入院中の1日哺乳量の最高量は183mlであった。
血液検査では異常は認めず、胸部レントゲン、頭部CT、喉頭ファイバーなども異常を認めなかった。入院後、睡眠中の呼吸が浅く、回数も10〜20回/分となる呼吸不整も加わった。症状は改善せず、明らかな検査異常も見つからず、診断に苦慮し香川小児病院へ紹介転院した。転院先では、上部消化管造影も実施されたが異常なく、経管栄養を行ったところ体重は増加傾向となった。さらに脊髄性筋萎縮症などの神経・筋疾患の診断のため、筋生検が施行された。その結果、ミトコンドリア病のひとつであるcomplex
W(complex W =cytochrome c oxidase) deficiencyと診断された。入院後の経過は良く、経口で90ml飲めるようになっているとのことであった。
ミトコンドリア病の分類方法には臨床病理学的分類と生化学的分類の2種類がある。生化学的分類による電子伝達系異常の一つに、complex
Wdeficiencyがある。complex W deficiencyには(a)乳児致死型 (b)乳児良性型
(c)脳筋型 (d)部分欠損があり、本症例は(b)乳児良性型と考えられる。
ミトコンドリア病自体が1980年代から報告され始めたにすぎず、今回報告した疾患の報告例はまだ少ない。哺乳障害、呼吸障害の症状を認め、経管栄養や人工換気も必要となる場合もあるが、1歳を過ぎてから、急に症状が改善し始める。原因はミトコンドリア異常であるが、乳酸・ピルビン酸が上昇しない例もある。長期追跡した報告はないが、報告された3例中2例は正常発達で、後遺症を残さず日常生活が送れるようになっている。残りの1例は車椅子生活である。本症例はまだ1歳になっておらず、今後の経過が良好であることを願うばかりである
(解説)
この症例の診断は、ミトコンドリア病の一型であるcomplex W(complex W =cytochrome
c oxidase) deficiencyの乳児良性型である。発表時において診断が確定されてなく、疾患についての討論はできなかった。いわゆるフロッピイ・インファントの原因疾患は多岐にわたる。外表奇形が特徴的な21トリソミーのように簡単な血液検査や画像検査で診断がつくものは数少ない。家族歴、理学所見、臨床経過から疑わしいし疾患を絞り込み、遺伝子診断、酵素診断、筋生検などで診断をつけなければならないこともある。
ミトコンドリア病はミトコンドリア機能障害に起因する疾患の総称であり、多くの疾患を含んでいる。中枢神経系、骨格筋、心筋の症状が出やすく中心的な症状になることが多いが、全身の種々の臓器に障害がさまざまな程度で現れる。血中、髄液中の乳酸・ピルビン酸の持続的高値はミトコンドリア病を疑う重要な所見である。さらに筋生検は診断に必要な検査となる。ミトコンドリア病はまれな疾患である上に症状が多彩である。この疾患を見逃さないためには、当然のことであるがこの疾患の存在を忘れないことである。
2. 話題提供
「病児保育の現状と問題点」
村上記念病院小児科 松浦 聡
村上記念病院では平成10年から西条市の委託を受けて病児保育を行っている。平成13年の病児保育「カンガルーハウス」の稼働率は77.3%で、愛媛県内では最多であった。平成15年度の疾患ごとの利用人数や、利用日数を比較した。上気道炎、下気道炎、胃腸炎、夏風邪、インフルエンザといった感染症が多くを占めた。急性結膜炎や伝染性膿痂疹、急性中耳炎など小児科以外で治療することもある疾患も多かった。この年は水痘もよく見られた。その他様々な訴えの児が見られた。中には事前に主治医の診察を受けずに、体調不良のみ訴えて利用を希望する者もあり、対応に苦慮した。
病児保育は育児の怠慢を助長するのではないかとの意見がある。本当に支援が必要な病児に適切な支援をするための施設運用が必要となる。また市町村の事業であるため、市町村合併に伴う事業主体の変化も予想が難しい問題と思われる。
(解説)
子供の病気は突然発症することが殆どである。急には父も母も仕事を休めず、祖父母など他に頼る人がいなければ、とりあえず病児保育を利用することは仕方がない。今後少子化が進んでも病児保育の需要は増すであろう。ただ、病児保育にはかなりの手間と費用がかかるから、行政の支援がなければ施設を存続させることができない。もっと積極的に病児保育のあり方について議論されてもよい。現在は、「子供が病気のときぐらい仕事を休んで家で看病してあげたらいい」と母親に言えない時代である。
3. その他
BCG接種の対象者の変更について
平成17年4月から、BCG接種の対象者が出生直後から生後6ヶ月までの乳児だけとなる。ツベルクリン反応は不要となる。変更に伴う経過処置はない。
(文責 加藤 文徳)
第439回
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平成16年10月13日(水)
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話題提供 | @「病原体定点検査の結果から」 A「新居浜市における1歳ヵ月児・3歳児健診受診者の予防接種接種状況」 |
松浦小児科 | 松浦章雄 |
話題提供 | 「創傷閉鎖療法」 | かとうクリニック | 加藤正隆 |
その他 | 薬の投与依頼票など | 山本小児科クリニック | 山本浩一 |
1.話題提供
創傷閉鎖療法(2004年1月16日、新居浜市教育委員会養護教諭研修会の報告)
かとうクリニック 加藤正隆
養護教諭の会からの依頼により「新しい創傷治療」について講演を実施したので報告する。
まず、新しい創傷治療に関する基礎知識を、NHKテレビ番組「ためしてがってん」を供覧し確認した。
@ | 傷は消毒してはいけない。消毒は傷の治癒を遅らせ妨害しているだけの無意味で愚かな行為である。 |
A | 消毒しても傷の化膿は防げない。傷の化膿は別のメカニズムで起こっている。 |
B | 化膿した傷を消毒しても治療効果は全くなく無意味である。 |
C | 傷(特に皮膚欠損創)にガーゼをあてるのは創治癒を遅らせる行為である。 |
D | 傷はどんどん洗ったほうが良い。傷の化膿予防のためにも治癒を促進させるためにも最も効果がある。縫合した傷も洗ってよい。 |
E | 痂皮は傷が治らないときにできる。痂皮は創治癒がストップしているからできている。痂皮は創治癒の大敵である。 |
下記は、家庭での「真皮までの傷の閉鎖療法」の例である。
・ | まず、水道水でよく洗う。特に砂粒が入っている場合はよくこすり落とす。 |
・ | 清潔な布で傷を押さえて止血。あるいはアルギン酸付き救急ばん創膏で止血。 |
・ | 傷口に付着しないばん創膏で保護する。あるいは、食品用ラップで覆い、大きいばん創膏で固定する。または、ラップの四辺をばん創膏で固定したあと、布で覆い包帯を巻く。 |
・ | 傷口に付着しないばん創膏やラップはあくまでも「創面の乾燥」を防ぐものだから、充分な大きさが必要。 |
・ | 最初のうちは一日1〜2回、「傷を洗っては取り替える」を繰り返す。はじめのうち傷はジュクジュクしているが、次第に浸出液が少なくなり、早ければ3〜4日くらい できれいな皮膚が再生する。洗うのは水道水で十分だが、3日目くらいになると石鹸をつけて洗っても問題なし。 |
・ | 家庭用のラップの場合、水分透過性が全くないため、長い時間張りっぱなしにしているとアセモができて不愉快。最初のうちは一日2回くらい取り替えたほうがいい。 |
・ | 密封していると当然汗臭いような匂いがしてくるが心配なし。洗えばきれいに落ちる。 |
次に、実際に臨床の場で用いている被覆剤や市販の代用品を紹介し、治療経過を供覧した。
養護教諭の悩みとして、「閉鎖療法について知らなければ何も悩まずに傷を消毒できたのに、知ってしまったからにはそういう態度は取れないが、その後の治療をする病医院と違う事をする訳にもいかない。また、文部科学省が提唱していない治療法を学校現場でしていいのかというジレンマがある。」などが挙げられる。創傷被覆材はまだまだ問題点も多くあるが、現時点では優れた治療法である。
このように一般の方々の間で創傷閉鎖療法はすでに注目を集めている。
医療現場こそが、「習慣の奴隷」から脱し、創傷閉鎖療法に対する正しい認識を持つことが急務であると言えよう。
(解説)
わたしは、NHKテレビの本放送を見たときに、目から鱗が落ちたなかの一人である。では、この創傷閉鎖療法が実際の医療現場で実践されているかというと、そうではないようである。こういう情報は一度報道されると、多くの人々の知ることとなり、かえって医療現場は混乱する。創傷閉鎖療法が優れた治療であることは間違いないであろう。それをスタンダードな治療としてゆくことが、これからの我々の務めである。
2.話題提供
@ 病原体定点検査の結果から
A 新居浜市における1歳6ヶ月児・3歳児健診受診者の予防接種、接種状況
松浦小児科 松浦章雄
@「病原体定点検査の結果から」
私の医院は、定期的にサンプルを採取して県衛研へ提出する病原体定点になっている。平成15年には、224検体から115のウイルスが検出された。
◎ウイルス性胃腸炎
ノーウォーク、サッポロ、ロタ、アデノ、アストロが検出されている。季節によって検出されるウイルスが違っているが、ノーウォークとサッポロは検出される時期 が年々長くなり、ほぼ通年になってきたことが注目される。
◎手足口病
平成15年には、手足口病を起こすウイルスとしてエンテロー71、コクサッキー(Cox)A−16のほかに、Cox.A−10もあったことが判った。これは、本院から 提出した手掌水疱内容液からCox.A−10が検出されたことで確認された。別のCox.A−16による手足口病の児で、通常の発疹場所以外に耳介部に水疱があり、この水 疱内容液からもCox.A−16が検出された。手足口病で耳介部の発疹は文献上も記載がなく、初めての経験であった。
◎Cox.A−10感染症
平成15年に愛媛県内で最も多く検出されたウイルスであるが、その臨床像は、急性咽頭炎・ヘルパンギーナ・手足口病・発疹症といろいろであった。特に、不明発 疹熱として注目していたうちの四肢に粟粒大紅色の発疹を呈するものが、Cox.A−10によるものであることが判り、興味深かった。
A「新居浜市における1歳6ヶ月児・3歳児健診受診者の予防接種、接種状況」
感染症対策として、予防接種の普及が大切であるが、その指標として、予防接種率の算出は意外に困難である。1歳6ヶ月児健診・3歳児健診が集団健診として行われている市町村では、健診受診者中の予防接種、接種率が一つの指標となり得る。平成14年度・15年度の健診の際に得られた日本脳炎を除く各種予防接種の受診者中の接種率を示した(表)。併せて平成15年秋に行われた小学校入学前の就学児健診での調査も示した。
麻疹の予防接種率は、平成14年春には、全国平均よりも低かった。平成14年秋、当地に麻疹が流行し、行政も我々も熱心にワクチン接種を勧奨した。その結果、1歳6ヶ月児での接種率は急上昇した。しかし、まだまだ十分な高さには至っていない。
3歳児での3種混合ワクチン(DPT)4回完了率は意外に低かった。
風疹は予想通り接種率が低かった。
日常診療の中で、また、乳幼児健診、保育園・幼稚園の健診の場で、常に予防接種歴の調査・未接種ワクチンの勧奨に努めていくことが大切である。就学児健診の場での調査・未接種ワクチンの勧奨は、定期予防接種の期間(生後90ヶ月まで)内に間に合うラストチャンスとも言え、きわめて重要である。
新居浜市における1歳6ヶ月児・3歳児健診受診者中の予防接種接種状況
・ | 1歳6ヶ月児健診 | ・ | 3歳児健診 | ・ | 就学児健診 |
・ | 平成14年度 | 平成15年度 | 平成14年度 | 平成15年度 | 平成15年度 |
健診対象者数 | 1,009人+α | 1,211人 | 1,146人 | 1,160人 | ・ |
受診者数 | 914人 | 1,051人 | 933人 | 999人 | 約770人 |
受診率 | 84.8%(5月以降) | 0.868 | 0.814 | 0.861 | 約65% |
麻疹予防接種率 | 0.851 | 0.882 | 0.961 | 0.974 | 0.972 |
既罹患者数 | 0人 | 10人 | 19人 | 3人 | ・ |
H14全国平均接種率 | 0.805 | ・ | ・ | ・ | ・ |
BCG接種率 | 0.976 | 0.97 | 0.989 | 0.986 | 0.981 |
ポリオ接種率 1回 | 0.186 | 0.147 | 0.047 | 0.027 | ・ |
2回 | 0.778 | 0.812 | 0.937 | 0.955 | 0.987 |
DPT接種率 1回 | 0.033 | 0.027 | 0.016 | 0.015 | ・ |
2回 | 0.05 | 0.035 | 0.031 | 0.021 | ・ |
3回 | 0.776 | 0.813 | 0.16 | 0.166 | ・ |
4回 | 0.053 | 0.059 | 0.745 | 0.769 | 0.777 |
風疹接種率 | 0.425 | 0.501 | 0.76 | 0.786 | 0.879 |
(解説)
@ ウイルス性疾患の流行時、日本各地の病原体検査定点の医師および衛生研究所などの努力により、その原因ウイルスが特定される。さらにその結果は感染症情報とし ていち早く我々に知らされる。これにより、特定のウイルスの流行状況、臨床症状の特徴、合併症の有無などを把握することができ、そのウイルスについての知識が積 み重ねられてゆく。
A 予防接種行政に限定すれば、日本は発展途上国である。いまだに麻疹や風疹が時に流行する。これらの感染症を減らすためにはとりあえず、予防接種の接種率を上げ るしかない。その実際の接種率を算定するための調査方法として、集団検診が利用された。これはその報告である。
厚生労働省はその重い腰をやっと挙げ、麻疹予防接種の2回実施、二種(麻疹、風疹)混合ワクチンの採用などの検討を始めた。
われわれ小児科医にできることは、保護者に対していろいろな場で根気強く予防接種の効果を説明し、接種を勧奨してゆくことだけである。
3. その他
・新居浜小児科医会新入会員 :藤本 尚美(住友別子病院小児科)
・9月に予定していた講演会(古川 漸教授)を、天候不順により平成17年3月に延期する。
・市立保育園、乳児園から依頼される投薬依頼票、登園許可証、アレルギー診断書などの記載方法について、再確認した。
(文責 加藤文徳)
(21号台風のため中止)
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平成16年9月29日(水)
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場所 | リーガロイヤルホテル新居浜 | ・ | ・ |
製品紹介 | 「シングレアチュアブル錠」 | 万有製薬株式会社 | 学術部 |
特別講演 | 「症例から学ぶ小児アレルギー」 | 山口大学医学部(小児科学)教授 | 古川 漸先生 |
第438回
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平成16年8月11日(水)
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症例呈示 | 「膀胱尿管逆流症の6例」 | 住友別子病院 | 加藤文徳 |
話題提供 | 「QT延長症候群の長期予後」 | しおだこどもクリニック | 塩田康夫 |
1.症例呈示
胱尿管逆流症の6例
住友別子病院小児科 加藤文徳
膀胱尿管逆流(VUR)は、膀胱尿管接合部の形成不全や下部尿路通過障害などを原因とする逆流防止機構の破綻により、尿が膀胱から尿管や腎盂に逆流する現象である。尿路感染症を発症しやすく、結果として腎瘢痕などの腎実質障害(逆流性腎症)をきたす危険がある。今回、当院で治療管理中のVUR6例(表)について報告した。
(表)
症例 | 発症時年齢 | 性 | VUR程度 | 転帰 |
1 | 2ヶ月 | 男 | 左二度 | 3年で治癒 |
2 | 6ヶ月 | 男 | 左二度 | 2年後5ヶ月で治癒 |
3 | 2ヶ月 | 男 | 左二度、右三度 | 2年で改善なく、手術予定 |
4 | 3歳 | 男 | 右三度 | 5ヶ月経過し手術予定 |
5 | 1歳 | 女 | 左一度 | 7ヶ月経過 |
6 | 11歳 | 女 | 右三度 | 3ヵ月後、逆流防止手術終了 |
6例とも尿路感染症で発症し、予防的抗菌療法を続けた。2例(症例1、2)は自然治癒し、3例(症例3、4、5)は経過観察中で、このうち2例は手術予定、1例(症例6)は逆流防止術を終了した。VURの管理治療は、尿路感染の制御と、腎瘢痕形成(逆流性腎症進展)の予防に重点が置かれる。VURはその程度により自然消失が期待できるため、すべての症例で手術が必要となるわけではない。年齢、VURの程度、腎瘢痕の有無により治療が選択されるため、泌尿器科医と相談しながら、患者それぞれの状態に応じた治療を進めることが必要である。
(解説)膀胱尿管逆流(VUR)は、尿路感染症をきっかけに発見されることが多い。発熱を伴った小児の初回の尿路感染症患者の約40%、反復例では70%にVURを合併するといわれている。さらに、VURにより腎臓に瘢痕が形成され、腎実質障害をきたしているものが逆流性腎症と呼ばれる。これは最終的に末期腎不全に陥ることから、近年小児期慢性腎不全の基礎疾患の第一原因に挙げられるに至っている。
VURは自然消失することが期待できる。国際分類の一度、二度は5年の予後で80%、三度で60%、四度でも40%が自然消失するといわれている。よってVURの管理の第一の目的は、自然消失を待つ間の尿路感染症の再発防止である。腎瘢痕の殆どは尿路感染症の初回の診断時にすでに存在し、内科的、外科的な管理で尿路感染の再発を防げば、その後新たに生じるものは少ないと報告されている。
内科的治療としては、一般的には抗生物質の長期予防投与が行われる。ただ、長期投与では再発時に多剤耐性菌の出現頻度が高くなる。再発は殆どが初回の感染から6ヶ月以内に起こる。よって再発のエピソードがない限り6ヶ月以上の長期予防投与は避けるべきとの報告もある。
一方、内科的治療で尿路感染を予防してもVURが消失しないもの、腎瘢痕の程度の強いものなどは逆流防止手術が選択される。これも年齢によって適応基準が異なるため慎重な判断が必要である。
小児科医としては、日常診療の中でVURを見逃さないことが大切である。
2.話題提供
QT延長症候群の長期予後
しおだこどもクリニック 塩田康夫
QT延長症候群は小児期に多く発症し、心室細動などの不整脈による失神発作で急死する可能性があり、心筋症とともに小児の突然死の2大疾患ともいわれ、見逃すことのできない重要な疾患である。
1981年から1987年の間に経験したQT延長症候群の6例(男子2名女子4名)について、その長期予後を知る一助として1993年に次いで今回2度目のアンケートを依頼した。現年齢は25〜32歳であるが、1名からは返信がなかった。
1993年のアンケートの時点では6名合計で20回の失神発作既往があり、そのうち12回は水泳中の発作で3名が人工呼吸を受けていた。2名のみがβ遮断薬の
内服を続けていた。以後の11年間で新たに失神発作をおこしたものは2名計3回で、現在も医療機関に受診しているものは4名だったが、内服を続けているものは1名のみだった。2名の女子が女児を出産したがいずれのベビーにもQT延長が認められているという。男子1名のQTcは正常化していた。
我が国での報告や国際共同研究のデータからも男子は加齢とともに軽快するものが多いが、女子は高齢でも発症する可能性がある。発作を抑制し長期予後を改善するためにはβ遮断薬の服薬コンプライアンスを高める努力のほかに、高危険群に対しては左交感神経切除術、ペースメーカーや除細動器の植え込みなどが必要と考えられる。
(解説)先天性QT延長症候群は、家族性で内耳障害による聾唖を伴うJerville and Lange-Nielsen症候群、聾唖を伴わないRomano-Ward症候群、家族内発生をみない散発性とに分けられる。また近年遺伝子解析により、先天性QT延長症候群は、心筋の活動電位の再分極過程に作用するイオンチャンネルをコードする遺伝子の変異が原因であることが判明し、Romano-Ward症候群は6つのサブタイプ(LQT1~LQT6)に、Jerville and Lange-Nielsen症候群は2つのサブタイプ(JLN1、JLN2)に分類されている。このうちLQT1とLQT2が患者の大半を占める。LQT1は運動中、水泳中の心事故が多く、β遮断薬の予防効果が大きい。LQT2は安静時、睡眠時の心事故が多く、NaチャンネルブロッカーであるメキシレチンによるQT短縮効果が大きい。QT延長症候群の治療は失神発作の予防が目的であり、治療の第一選択はβ遮断薬である。ただ、サブタイプにより臨床症状、薬剤の有効性に差があるので、遺伝子解析を実施したうえで生活管理、薬物治療にあたることが望ましい。
(文責 加藤文徳)
第437回 夏季懇親会と若本裕之先生・井上直三先生送別会
平成16年7月14日(水)に、第437回新居浜小児科医会(夏季懇親会と若本裕之先生・井上直三先生送別会)が「興慶」(ユアーズ1階)で開かれました。 出席者は10名でした。 出席者名 (前列左から) 久米 綾、井上直三、若本裕之、、真鍋豊彦 (後列左から) 松浦 聡、山本浩一、加藤文徳、、松浦章雄、上田 剛、塩田康夫(敬称略) |
第436回
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平成16年6月9日(水)
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症例呈示 | 「新生児脳梗塞の3症例」 | 愛媛労災病院 | 伊地知園子 |
話題提供 | 「けいれん性疾患児への予防接種」 | 十全総合病院 | 卜部智子 |
その他 | 1歳以上のポリオワクチンと麻疹ワクチンについて | ・ | ・ |
1. 症例呈示
新生児脳梗塞の3例
愛媛労災病院 伊地知園子
症例1は在胎39週4日、吸引分娩にて出生した3070gの女児。Apgar score 1分4点。日齢1に痙攣(自動発作)を認め、日齢6の頭部CTにて左側頭葉、後頭葉の脳梗塞と診断した。痙攣に対しフェノバール、キシロカインを使用し、以後痙攣様の動きは認めず日齢46に退院した。MRIでは、日齢20にT2強調画像で左側頭葉から頭頂葉にかけての高信号域を認め、4ヵ月後には皮質の萎縮を認めた。SPECTでは、左の頭頂葉から後頭葉にかけて血流の低下を認め、4ヵ月後には血流低下部位は小さくなっていた。
症例2は在胎41週2日、自然分娩で出生した3630gの女児。。生後32時間頃から日齢2まで、無呼吸発作が出現した。日齢4の頭部CTにて左側頭葉、後頭葉の脳梗塞と診断した。経過は良好で、日齢18に退院した。MRIでは、日齢10にT2強調画像で高信号域を認め、4ヵ月後には皮質が萎縮していた。SPECT、PETでは血流量の増加や糖代謝の亢進を認め、4ヵ月後には萎縮性の変化に伴って血流量低下や糖代謝の低下が認められた。
症例3は在胎41週3日、2974g、自然分娩にて出生した女児。生後25時間頃から日齢6まで右上下肢の明らかな痙攣を認め、フェノバール、ミダゾラムを使用した。日齢2の拡散強調画像にて左側頭葉に高信号域を認め、日齢10で淡くなった。SPECT、PETでは日齢2で左側頭葉に血流の増加や糖代謝の亢進を認めたが、日齢10では同部位の血流、糖代謝の低下を認めた。
今回我々は、新生児脳梗塞3例を経験した。母体、児にリスクとなる因子は認められず、梗塞のおこった原因を明らかにはできなかった。頭部CT、MRIにて、いずれも左の側頭葉から頭頂葉に、片側局在性の梗塞を認めた。SPECT、PETでは、早期に梗塞部の血流量増加や糖代謝の亢進を認めたが、萎縮性の変化に伴い両者が低下するという経時的な変化をとらえることができた。3例とも現在のところ運動、知能における明らかな発達遅滞は認められないが、後遺症を残した例も報告されており経過観察が必要であると考えられた。
(解説)
新生児脳梗塞はまれな疾患である。原因としては、胎児新生児仮死、重症感染症、外傷、双胎間輸血症候群、先天性心疾患、多血症などがある。この他、周産期に明らかな異常のない特発性脳梗塞も知られている。臨床像には特徴があり、一般的には正期産で出生体重の比較的大きな児に多く、片側性の強直性、間代性痙攣で突然発症する。発症時期は出生当日から、日齢3までに多い。梗塞部位としては中大脳動脈領域、特に左に多く、比較的予後がよい。
診断は画像診断による。超音波検査は広範な脳梗塞の診断に有用であり、梗塞部位は高輝度に描出される。CTは脳梗塞発症直後には異常を認めないが、脳浮腫が進行するにつれて吸収値が低下し検出率が高まる。CTで脳梗塞を診断できるのは、発症後12時間以降である。一方MRIでは、脳梗塞部位は水分の増加のためT1、T2が延長し、T1強調画像では低信号、T2強調画像では高信号となる。
診断には、T1強調画像よりT2強調画像のほうが、感度が高い。MRIはCTより早期に脳梗塞を診断できるが、それでも発症6時間以降である。MRIにおける拡散強調画像(diffusion
weighted imaging)は、組織中の水分子運動の変化を画像にする方法で、発症後1時間以内の脳梗塞病変を描出できると報告されている。また、SPECTは梗塞部位の脳血流、PETは脳糖代謝の評価に有用である。今回の発表では、新生児脳梗塞におけるSPECT、PETの経時的変化が報告された。
新生児期に、症状と理学所見から脳血管障害が疑われる場合は、頭部超音波検査とCT検査にて脳出血を鑑別する。その上で、拡散強調画像などを利用したMRIを実施し脳梗塞を診断する。SPECT、PETは脳梗塞の診断に必須ではないが、補助診断として有用である。新生児脳梗塞においては、それぞれの画像検査の特性を理解したうえで診断を進めることが必要である。
2. 話題提供
けいれん性疾患児への予防接種
十全総合病院小児科 占部 智子
当科で経過観察中のけいれん性疾患児に対して実施した、個別予防接種の状況と、予防接種後28日以内に認められた副反応について検討した。
けいれんの既往があり2003年1月1日から同年12月31日までに当科で脳波検査を行った患者のうち、2003年1月1日から2004年4月30日までに予防接種を実施した患者33人(てんかん12人、熱性けいれん19人、その他2人)を対象とした。これらに対し、各種の予防接種をのべ69回接種した。
この69回のうち、接種後28日以内に38度以上の発熱を認めた接種が9回(6人)、有熱性けいれんを認めた接種が4回(3人)あった。有熱性けいれんを認めた4回の予防接種の内訳は、麻疹(接種時1歳1ヵ月)1回、三種混合(接種時1歳6ヵ月)1回、風疹(接種時1歳10ヵ月)1回、日本脳炎(接種時4歳4ヵ月)1回であった。予防接種とけいれんの因果関係については、因果関係が100%否定できないもの1例(風疹ワクチンの4日後に、40度の発熱とけいれんを認めた)、因果関係が否定されるもの3例で、因果関係ありと認められるものはなかった。
今回、検討症例は多くなかったが、低年齢、特に接種時1歳台での接種で発熱、けいれんが多く、この結果を踏まえ、けいれん性疾患児への予防接種は個々の症例を検討しながら慎重に行っていきたい。
(解説)
わが国では過去、予防接種による健康被害に対し国家賠償請求を求める医療裁判が相継いだ。これに国が敗訴したことから、予防接種による疾患予防効果よりも副反応のほうが大きく問題とされ、一時予防接種行政は後退した。この頃、基礎疾患を持つものに対する接種も、躊躇される風潮にあった。しかし、基礎疾患を持つものにこそ予防接種は実施されねばならない。それは、予防接種対象の疾患に罹患すると、基礎疾患そのものが悪化する危険があるからである。
平成6年に改正された予防接種法において、基礎疾患を持つものに対する予防接種は、接種要注意者として扱われ、接種医の判断により接種可能となった。過去にけいれんを有するものについても、接種医の判断で実施可能である。一方、予防接種に使用される種々のワクチンは、これが生物製剤である限り、副反応が生じることは避けられない。神経系の副反応もしかりである。接種医は、種々のワクチンが持つ副反応を熟知しておかねばならない。
現在、けいれん性疾患、重症心身障害児など神経疾患を持つ人たちへ予防接種を実施する際、確立されたマニュアルはないが、厚生労働省の研究班をはじめとして、多くの研究者が適切な接種方法についての検討を行っている。実際の臨床では、これらを参考にして接種にあたることが望ましい。
3.その他
@ 1歳児への麻疹ワクチン接種の勧奨について
1歳になれば、他の予防接種に優先して麻疹ワクチンを接種することが望ましい。これを、市民に対し何らかの広報活動により啓蒙してゆくことを、新居浜小児科医会として新居浜市に働きかける。
A 公立保育園、乳児園の与薬依頼票の取り扱いについて
今春から、新居浜市の公立保育園、乳児園に通園中の児童が、園での与薬を希望する場合、家族は園に対し与薬依頼票を提出することになった。これは医師が記入するものではないが、家族から相談を受けた場合は臨機応変に対応することとする。
B 東予地域児童虐待防止ネットワーク整備における地域協力員としての参加について
平成16年度東予地域児童虐待防止ネットワーク整備における地域協力員として新居浜小児科医会会員が参加することとなった。
(文責 加藤文徳)
第435回
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平成16年5月12日(水)
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話題提供 | 「インフルエンザ迅速検査試薬クイックS−インフルA・B「生検」の評価」 | ふじえだファミリークリニック | 藤枝俊之 |
話題提供 | 「平成15年度新居浜市休日夜間急患センター受診状況について」 | 山本小児科クリニック | 山本浩一 |
1. 話題提供
新しいインフルエンザ迅速検査試薬 クイックS−インフルA・B「生研」の評価
ふじえだファミリークリニック 藤枝俊之
新しいインフルエンザ迅速検査試薬であるクイックS−インフルA・B「生研」の有用性につき検討した。
2002/03シーズンに来院したインフルエンザ様症状を呈する患者から採取した鼻腔吸引液を対象とし、インフルA・Bクイック「生研」(デンカ生研(株))、RT-PCR、およびウイルス分離培養との比較検討を行った。対象患者76検体の成績は、
1)ウイルス分離培養との比較では、A型感度80.8%、B型感度85.7%、A型特異度96.0%、B型特異度98.6%であった。
2)RT-PCRとの比較では、A型感度84.0%、B型感度87.5%、A型特異度96.1%、B型特異度100%であった。
3) インフルA・Bクイック「生研」との比較では、A型感度91.3%、B型感度100%、A型特異度96.2%、B型特異度100%であり、クイックS−インフルA・B「生研」とインフルA・Bクイック「生研」との相関性は良好であった。
今回検討したクイックS−インフルA・B「生研」は、操作性が1ステップに改良されたこと、ウイルス分離培養、およびRT-PCRと比較し十分な感度・特異度を有していることから、医療現場でのインフルエンザ迅速検査として有用と考えられる。しかしながら、キットを使用するに当たってはインフルエンザウイルスの特性、迅速検査キットの特性を理解して使用し、社会的な混乱をきたすことのないようわれわれ医療従事者は注意する必要がある。インフルエンザ診療にあたって地域のガイドラインを設けることも社会的な混乱を防止する方策の一つと考える。
コメント:インフルエンザ迅速診断キットは1998/1999シーズンに国内で初めて発売されて以来、急速に普及した。現在、今回報告されたキット以外にも数種類使用されている。これらがインフルエンザの診断に有用であることは間違いないところだが、当然のことながら感度、特異度とも100%ではない。インフルエンザの診断は、迅速診断の結果だけでなく、患者の臨床症状、流行状況などを検討したうえで総合的に判断せねばならない。インフルエンザ迅速診断キットを使用する際、いくつかの留意点がある。まず、検体の材料については、咽頭ぬぐい液より、鼻腔吸引液あるいは、鼻腔(上咽頭)ぬぐい液の方が望ましい。次に、インフルエンザ発症後12時間以内は、それ以降に比べて偽陰性率が高い。検査結果の信頼性を上げるためには、適切な時期に、適切な検体を、正しい方法で採取することが必要である。インフルエンザ迅速診断キットおよび、各種抗インフルエンザ薬の出現により、インフルエンザに対する診療の様相は一変した。これにより人類にもたらされた利益は、計り知れない。ただ、早期診断、早期治療ということがマスコミなどによりあまりにも宣伝されたためか、インフルエンザ流行期の深夜の救急外来では、発熱して時間しかたたずに受診した患者自身から、インフルエンザの迅速検査を依頼されることが多い。演者が結論としている「キットを使用するに当たってはインフルエンザウイルスの特性、迅速検査キットの特性を理解して使用し、社会的な混乱をきたすことのないようわれわれ医療従事者は注意する必要がある。」に、まったく同感である。
2. 話題提供
平成15年度新居浜市医師会内科小児科急患センター受診状況について
山本小児科クリニック 山本 浩一
新居浜市の救急医療は、まず市内の4病院(愛媛労災病院、県立新居浜病院、十全総合病院、住友別子病院、)が24時間体制であたっている。この病院群とは別に、新居浜市からの依頼で新居浜市医師会が運営する新居浜市医師会内科小児科急患センターが、平日の夜間は20:00から23:00、休日は9:00から17:00まで、保健センターにて内科・小児科の診療をしている。登録医師数は、36名(内科医および内科小児科標榜医31名、小児科専門医数5名)である。診療体制は、平日夜間診療では医師2名、看護師2名、事務員1名、そして休日診療では医師2名、看護師3名、薬剤師2名、事務員2名である。今回は小児の救急患者に焦点をあててまとめた。 平成15年度の患者総数は4,371人で、月平均364人であった。成人(高校生以上)は1,508人(35%)、小児(15歳未満は)2,863人(65%)であった。月別患者数の特徴は、多くの月が300人前後の患者数であったが、1月と2月が他の月の約2倍で、600人を越えており、インフルエンザの流行した月が最も患者数が多く、このことからも受診者は急な発熱などの一次救急患者が主体と推定された。
夜間診療(298日)の患者総数は1,606人で、1日平均患者数は、5.4人であった。成人は472人(29%)、小児は1,134人(71%)で、小児は成人の2倍以上の患者数であった。さらに小児を年齢で細分してみると、1歳未満は225人(14%)、1歳から5歳が658人(41%)、6歳から15歳が251人(16%)であった。また、患者全体の受診時間帯については、20:00から22:00までの間に1,399人(87%)が受診していた。
休日診療(68日)の患者総数は、2,765人で、1日平均40.7人であった。成人は1,036人(37%)、小児は1,729人(63%)であった。小児を年齢で細分してみると、1歳未満は226人(8%)、1歳から5歳が1,096人(40%)、6歳から15歳が403人(15%)であった。その特徴は、成人の占める割合が全体の37%あり、夜間診療と比較すると高くなっていることがあげられたが、その大きな理由はインフルエンザ流行の1月、2月に成人の患者数が急増したためであった。
後送患者数は、年間65人で、成人24人、小児41人(外科系への紹介患者4人を含む)であった。1歳未満が14人、1歳から5歳が21人、6歳から15歳が5人であった。また内科系疾患の後送小児患者37人のうち小児科医へ直接紹介された人数は、23人(62%)であり、病院小児科医が小児の二次救急に最初から直接かかわっている割合は比較的高いといえるのではないだろうか。
コメント:近年の少子化にもかかわらず、診療時間外に医療機関を受診する小児患者数は、全国的に増加の一途をたどっている。しかも専門志向とあいまって、時間外においても小児科医による診療が求められ、小児医療現場はその対応に迫られている。小児救急医療の理想とする姿は、24時間、365日、すべての小児患者を小児科医が診療に当たるということでは、論を俟たない。その理想にむけて、現在全国的に小児救急医療体制の整備が進められようとしている。残念ながら、新居浜市の小児救急医療体制は未だ完成していない。そのなかで新居浜市医師会急患センターの果たしている役割は、決して小さくはない。一方、市内4病院も独自の時間外診療体制をとっている。詳しいデータは不明だが、少なくない数の小児救急患者が、直接、いずれかの病院を受診していると思われる。しかしどの医療機関においても、常に小児科医の診察を受けられるわけではない。
小児救急医療体制の整備のためには、開業医、勤務医それぞれに役割分担が求められる。ただ、小児科医の数は不足している。勤務医について言えば、その、数少ない小児科医が規模の小さな病院に分散している。そこでは、小児科医の増員もままならない。その限られた人数で、いったいどういう小児救急医療体制が構築できるのか。それを突き詰めて考えてゆくと、実は、基本的な解決策はおのずから見えてくるのである。それは、今すぐには実現不可能な方法である。ただ、理想的な小児救急医療体制を整備するためには、現在の小児医療体制そのものを根本から再構築することが必要なのである。小児科医に更なる労働負担を強いるだけの小手先だけの体制整備では、もう、だめなのである。
3 その他
新居浜小児科医会講演会 平成16年9月29日(水曜日)
講師 山口大学小児科教授 古川漸 先生
(文責 加藤文徳)
第434回
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平成16年4月14日(水)
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症例呈示 | 「HHV-6によると考えられた急性肝炎の1例」 | 県立新居浜病院 | 久米 綾 |
話題提供 | 「小児科外来に対する母親のニーズ」 | 高橋こどもクリニック | 高橋 貢 |
1.症例呈示
ヒトヘルペスウイルス6型によると考えられた急性肝炎の1例
愛媛県立新居浜病院小児科 久米 綾
ヒトヘルペスウイルス6型(human
herpesvirus-6:以下HHV-6と略す)感染による肝炎は乳児期から成人において報告されており、小児、非A〜C型肝炎のなかでは比較的頻度が高いものと考えられている。今回我々は、臨床経過や、血清学的および分子生物学的手法を用いた検査にて、HHV-6が原因と考えられる急性肝炎を経験した。
症例は11ヶ月の男児。平成16年1月19日にロタウイルス性胃腸炎のため当科に入院した。入院時に肝機能障害(GOT 195 IU/L、GPT 42 IU/L、T.Bil 0.12mg/dl, LDH 409 IU/L)を認めたが、肝炎ウイルス抗体価や腹部エコー等に異常はなく肝機能の変動はなかった。1月23日に突発性発疹を発症したが、1月30日軽快退院した。しかし2月10日外来受診時にGOT 1483
IU/L、GPT 813 IU/L、T.Bil 0.22mg/dl, LDH 633 IU/Lと肝機能の悪化が認められたため再入院となった。この時明らかな肝腫大は見られなかった。再度肝炎ウイルス(A,B,C型)、その他のウイルス(EBウイルス、サイトメガロウイルス、単純ヘルペスウイルス、パルボウイルスB19)抗体価の検索をしたがいずれも陰性で、Wilson病等の代謝疾患も否定的であり、画像検査でも明らかな異常は見られなかった。
HHV-6による肝炎を疑い抗体価等を検査した結果、HHV-6 IgGが2560倍と高値であった。また、PCRによる血清のHHV-6 DNAが陽性であった。さらに2月25日、鑑別診断のために肝生検を施行したところ、急性肝炎の所見を呈していた。しかし肝組織でのHHV-6 DNAは陰性であった。入院後、肝機能は最高GOT 1700IU/L、GPT 959IU/Lまで上昇したが、4月8日にはGOT 142 IU/L、GPT 34 IU/Lまで改善した。
今回の症例は、臨床経過、血液検査からはHHV-6肝炎と考えられるが、肝組織中のHHV-6 DNAは証明できなかった。過去の報告例では、PCRにより肝組織中のHHV-6 DNAを証明できなかったものの、同じPCR産物を用いたサザンブロットの結果、HHV-6の存在が明らかとなった症例もあり、本症例においてもその可能性があると考えている。確定診断には組織中のHHV-6の存在を証明する必要があり、今後ウイルス抗原等の検査を行う必要があると考えられた。
コメント:突発性発疹症は乳児期後半に好発する疾患で、約3日間の有熱期の後、解熱とともに発疹が出現するという特徴的な臨床経過をとる。予後は良好で、特別の治療を必要としないself-limitedな疾患である。 HHV-6 は、この突発性発疹症の原因ウイルスである。HHV-6による突発性発疹症の合併症としては、
肝炎の他に、熱性けいれん、脳炎、脳症、急性散在性脳脊髄炎、ギランバレー症候群、血球貪食症候群、心筋炎、血小板減少性紫斑病、腸重積症などが報告されている。合併する肝炎については、その症状が乏しく、たまたま何かの理由で血液検査をしてトランスアミナーゼ値の上昇に気づかれることが多い。またそのほとんどは急性肝炎で、特別の治療を要さずに自然治癒する。ただまれに慢性肝炎、劇症肝炎の報告もある。
HHV-6感染の診断法としては、ペア血清による抗体検査のほかに、PCRによるHHV-6 DNAの検出法がある。ただ、HHV-6は末梢血単核球に潜伏感染するため、血球からウイルスDNAが検出されても、必ずしも活動性ウイルス感染を意味しない。その点、血清からウイルスDNAが検出されるのは感染急性期に限られており、感染診断として有効である。さらに、合併する肝炎がHHV-6によるものと診断するためには、肝組織中のHHV-6の存在を証明する必要があるが、臨床経過、および厳密な除外診断によりHHV-6肝炎と診断することは可能と思われる。ただし肝炎が慢性化するような症例では、原因診断の目的と、肝細胞障害や線維化進行の判断のため肝生検が必要となるであろう。
突発性発疹症は小児では頻度の高い疾患であるが、診断と治療に血液検査が必要な疾患ではない。肝炎を合併しても無症状のまま治癒している症例は、案外多いのかもしれない。
2.話題提供
小児科外来に対する母親のニーズ
高橋こどもクリニック 高橋 貢
1.はじめに
少子化、核家族化にともない、小児科外来に対する母親のニーズも変化してきていると思われる。今までの報告では「十分な説明」、「時間外診療」、「低医療費」、「伝染病予防」、「医師の勉強」などが母親のニーズの主なものとされる。当院は平成10年12月に開院し5年が経過した。私を含め職員にもやや緊張感に欠ける場面もみうけられ、職員一同初心に返り、より良い医院を目指すために患者家族に対してアンケート調査を行った。その結果をもとに若干の考察を加え報告する。
2. 対象および方法
平成15年11月1日から29日までの間、当院を受診した子どもおよび保護者に対してアンケートを行った。アンケートの内容は記入者に関する質問、職員全体に対する質問、私に対する質問、その他であり、前三項目はそれぞれ該当するところにチェックしていただき、その他の項目は複数回答とした。
3.結果
907名から回答があり、記入者の内訳は母親91.4%、父親4.8%、祖母1.9%、本人1.8%、その他0.2%であった。記入者の年齢は10代0.4%、20代27%、30代62%、40代8.8%、50歳以上1.8%で、今回の意見は20代、30代の母親の意見を代表するものと思われた。
スタッフに対する質問項目のなかで、ニーズが高かった項目は、「混雑時の待ち時間を知らせる」、次いで「症状の重い患者さんは順番を早める」、以下「私語をしない」、「待ち時間を飽きさせないよう工夫する」であった。
私(医師)に求めるニーズとして最も多い項目は「ゆっくり相談したい」、次いで「時間外の対応」、以下「患者側の話を十分に聞く」、「わかりやすく病気の説明をする」、「正確な診断をする」という順であった。その他は複数回答でお願いしたが、「病児保育」、「予防接種と一般診療をきちっと分ける」、「感染予防」、「院内処方」、「ホームページの作成」などのニーズが高く、一方「診療時間の予約制」、「勉強会や母親たちの交流の場をもつ」などへのニーズは低い結果あった。
4. 考察
今回アンケートを施行するにあたり、スタッフに関する質問項目は日頃、私がスタッフに注意を促している点を中心に選び、医者に対する質問は自分自身心がけていることを項目に選んだ。患者側の話を良く聞き、時間をかけてゆっくり診察し、十分な説明を望み、また、時間外にも対応して欲しいという結果であった。牧田は育児雑誌や育児相談から小児科医やスタッフに望むこととして「やさしくていねいな言葉や態度。納得できる説明。母親の言うことに耳をかたむけ、気持ちをくんで、気軽に相談ができる。施設や設備も快適」と述べている。
患者さんたちは、いつでも(時間外を含め)ていねいでやさしく、時間をかけて診察をし、かつ十分に説明をし、感染予防にも十分配慮をし、ホームページなども利用した広報活動を要望している。小児科診療所の医師は通常1人であり、すべての要求には応えることは不可能と思われるが、スタッフと協力して患者さんたちのニーズに応えられるように努力してゆきたいと思う。 (アンケートに協力していただきました保護者の皆様に、深く感謝します。)
コメント:この報告の結果、患者さん(小児科の場合は保護者、それもほとんどは母親ということになる)が医師に期待することは、1)いつでも診察が受けられること、2)ていねいに時間をかけて診察をしてくれること、3)患者側の話をよく聞いてくれること、4)診察結果についてわかりやすく十分に説明をしてくれること、であった。すべて特別なものでなく、実行されるのが当然なことばかりである。
患者さんの希望は十分わかっていても、今の医療体制の下では、いくらそれが当然のことであっても実践することが困難なこともある。しかし、医療もサービス業のひとつであるがゆえに、われわれ医師は患者さんに対しCS (customer satisfaction)の気持ちを常に持ち続けねばならない。これは診療所の医師に限らず、勤務医においても同様である。小児科に限ったことでもない。医療従事者すべてにいえることである。
3.
その他
乳児園、保育園における1歳未満児へのアレルギー診断書提出要請への対応について
(文責 加藤文徳)
第433回
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平成16年3月10日(水)
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症例呈示 | 「イムノカードマイコプラスマ抗体陽性例の臨床像」 | 十全総合病院 | 上田 剛 |
話題提供 | 「ミノルタ黄疸計JM−103を使用しての検討」 | 愛媛労災病院 | 矢口善保 |
1. 症例呈示
イムノカードマイコプラズマ抗体陽性例の臨床像
十全総合病院小児科 上田 剛
肺炎マイコプラズマは非定型肺炎の原因の代表である。治療に際しては、ペニシリン系、セフェム系抗菌薬は効果がなく、小児ではマクロライド系が第一選択薬となるが、その他テトラサイクリン、リンコマイシン、クリンダマイシンなども使用される。マイコプラズマ感染症の診断には、分離培養、抗原検出、ペア血清による抗体価測定が必要だが、これらの検査法は迅速性や簡便性を欠くために、実地診療における早期診断や抗菌薬選択の助けにはならない。
イムノカードマイコプラズマ抗体(以下、Mp-IgM抗体、と略す)検査は、肺炎マイコプラズマ特異的IgM抗体を検出する迅速診断キットであり、微量の血清を用い10分で結果が判明する。そこで今回われわれは、発熱や呼吸器症状を主訴とした小児に対しMp-IgM抗体検査を使用し、検査陽性患者に対し、上記のマイコプラズマに感受性のある抗菌薬を選択して治療した。その臨床経過からこの迅速診断キットの有用性を検討した。
結果:33例(年齢1歳0ヶ月〜13歳8ヶ月)でMp-IgM抗体検査陽性であった。その臨床経過の特徴は次のとおりであった。
@乳幼児では発熱期間が比較的長期で、外来で経口抗菌薬治療(特にセフェム系)がすでに行われていた。さらに、肺炎、気管支肺炎を認めるために入院し、急性炎症反応の上昇から2剤の抗菌薬点滴を要した症例が多い。
A年長児ほど比較的軽症で、気管支炎や鼻咽頭炎として外来治療できる傾向である。
B治療は、外来例でクラリスロマイシン内服投与、入院例ではクリンダマイシン点滴、急性炎症反応上昇を認めた症例ではクリンダマイシンに加えて他の抗菌薬点滴の併用にて、1例以外の32例で良好な治療結果であった。インフルエンザの合併例は2割と少なかった。
まとめ: Mp-IgM抗体検査は、小児における粒子凝集反応(陽性カットオフ値は320倍)と比較した検討では 感度92.9%、特異度96.6%、陽性一致率83.9%、陰性一致率98.6%であり、Mp-IgM抗体検査が陽性の場合にはマイコプラズマ感染がほぼ確実と報告されている。しかし一方、マイコプラズマのIgM抗体を、急性期から1年間以上も保持している症例もあることから、Mp-IgM抗体陽性が過去の感染を反映した結果とも考えられる。よって、今回の症例はマイコプラズマ感染症の確定診断例ではない。ただ、採血回数に制約があり、喀痰採取も困難である小児気管支炎、肺炎の診療において、Mp-IgM抗体検査は、マイコプラズマ感染症を疑って抗菌薬を選択する際に、有用であると考えられた。
コメント:現在小児科診療において、感染症の原因診断の目的で使用可能な迅速診断キットには、次の細菌、ウイルスを対象としたものがある。A群溶血連鎖球菌(咽頭扁桃炎:検査検体は咽頭ぬぐい液)、ロタウイルス(腸炎:便)、アデノウイルス(扁桃炎:咽頭ぬぐい液)、RSウイルス(細気管支炎:上咽頭ぬぐい液)、インフルエンザウイルス(呼吸器感染症:上咽頭ぬぐい液)、そして肺炎マイコプラズマ(呼吸器感染症:血清)である。肺炎マイコプラズマを対象としたもの以外は検体採取が容易なこともあり、感染の早期診断に使用され、その結果は直ちにその後の治療に反映されている。
ところで、肺炎マイコプラズマによる呼吸器感染症の臨床像は、症状の軽微な上気道感染症から、気管支炎、肺炎まで多彩である。しかも抗菌薬治療がなされなくても、自然治癒することも多い。肺炎マイコプラズマ迅速診断は、検査検体が血清ということもあって、使用される機会は限定される。すなわちこの迅速診断は、肺炎マイコプラズマ感染の早期診断というよりは、経過の遷延する呼吸器感染症、特に肺炎例の抗菌薬の選択に際し、その威力を発揮する。ただし、迅速診断に使用されているマイコプラズマIgM抗体の保持期間が確認されていないため、その結果判断は慎重でなければならない。迅速診断陽性が、必ずしもマイコプラズマ感染の急性期、ということではない。
小児の呼吸器感染症の原因はほとんどウイルス感染であり、治療としての抗菌薬は不要である。また細菌の二次感染予防を目的とした抗菌薬投与の有効性も、証明されていない。小児科医は、呼吸器感染症の治療において適切に抗菌薬を使用せねばならない。そのためには原因となった細菌、ウイルスを特定する努力を惜しんではならない。種々の迅速診断キットは、その手段の一つである。
2.話題提供
愛媛労災病院における、ミノルタ黄疸計(JM-103)の有用性の検討
愛媛労災病院小児科 岩瀬 孝志 矢口 善保
2001年7月に発売されたミノルタ黄疸計(JM-103)は多施設で使用され、その有用性については文献、学会等で報告されている。当院でも平成15年12月からこれを使用している。今回その有用性について検討した。
方法:期間中、当院で出生したすべての新生児に対し、日齢1と5で、血清総ビリルビン値と、JM-103によるビリルビン値の比較検討を行った。
その結果、文献報告とほぼ同様にJM-103の測定値は血清ビリルビン値と良好に相関し、新生児黄疸の管理に有効であると思われた。
コメント:新生児期におけるビリルビン測定は、新生児管理における重要なチェック項目のひとつである。生理的黄疸だけでなく、新生児溶血性疾患、出血性疾患、感染症などは黄疸の上昇の原因となる。時機を逸せずに黄疸の治療を開始するためには、一日に数回のビリルビン測定が必要となる場合もある。そのような状況下では、採血を必要としない経皮ビリルビン測定器は、スクリーニング検査として有用である。その値が血清ビリルビン値と良好に相関することは当然であるが、誰にでも簡単に操作できる機器でなくてはならない。今回の発表は、従来使用されていたミノルタ黄疸計(JM-102)が改良されたJM-103の使用経験である。新生児黄疸の管理にこの測定器が有効であることは、間違いない。
3.その他
@
@岩瀬孝志(愛媛労災病院小児科)が、平成16年3月31日をもって公立周桑病院小児科へ異動。
A A新居浜小児科医会幹事の交代:平成16年6月1日より、山本浩一(山本小児科クリニック)から塩田康夫(しおだこどもクリニック)へ交代。
B B新居浜小児科医会講演会:平成16年9月に予定。(講演内容未定)
(文責 加藤文徳)
第432回
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平成16年2月13日(水)
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・ | ・ |
症例呈示 | 「限局性脳血管炎を呈したフェニトイン中毒の1例」 | 県立新居浜病院 | 若本浩之 |
症例呈示 | 「鼻マスクBipapを用いて呼吸管理中のOndine's curse症候群の1例」 | 住友別子病院 | 後藤振一郎 |
1.症例呈示
限局性脳血管炎を合併したフェニトイン中毒の1例
愛媛県立新居浜病院小児科 若本裕之
今回我々は、フェニトイン(以下PHT)の副作用としては極めて稀な、限局性脳血管炎を呈した症例を経験した。
(症例) 25歳男性。4歳時難治性てんかんを発症した。2年前から発作回数が増え、PHTとエトサクシミド(以下ESM)の投与量を調整していた。これらにクロバザムを追加したところ、歩行が困難となり入院した。血中濃度はPHT 51.4μg/ml、ESM 34.0μg/mlであった。脳波検査ではび慢性の不規則棘徐波複合が散発していた。入院翌日に突然左半身の不全麻痺が出現した。頭部CTに異常なく、脳波所見の悪化も認められなかったが、髄液蛋白は46mg/dlと上昇していた。頭部MRA検査にて左中大脳動脈に狭窄を認め、血液検査でトロンビン・アンチトロンビンV複合体が33.0μg/lと高値であった。限局性の脳血管炎と診断しメチルプレドニゾロン(mPSL)パルス療法にて治癒せしめた。その後、頭部MRAの所見も改善した。
(結語) PHT中毒はまれに、中枢性の血管炎を来すことがある。治療にはmPSLパルス療法が有効である。
コメント:フェニトインは、てんかん治療薬として現在最も使用されている薬のひとつである。今回の報告はフェニトインによって引き起こされた限局性の脳血管炎の症例である。きわめてまれな副作用ではあるが、フェニトインが中枢性血管炎を惹起する危険があることが示された。てんかんの治療に際しては、抗てんかん薬の血中濃度を測定することが臨床管理において中心的役割を担っている。血中濃度は特に、抗てんかん薬を増量する際の目安となる。血中濃度が高くなれば、副作用の発現する危険性も高くなる。フェニトインの有効血中濃度は10〜20μg/ mlである。本症例は難治てんかんのため、すでに有効血中濃度上限のフェニトインを投与されていた。そこへクロバザムが併用されたため、その相互作用により急激にフェニトインの血中濃度が上昇し、本症を発症したと考えられる。よく知られたフェニトイン特有の副作用としては、歯肉増生、多毛がある。このため若年女性へのフェニトインの長期投与は好ましくない。また小脳Purkinje細胞への障害が考えられるため、小児に対しては、第一選択薬とはならない。脳血管炎は、記憶しておかねばならないフェニトインの、重大な副作用の一つである。てんかん治療に際しては、使用する抗てんかん薬の副作用を十分に認識しておく必要がある。また、抗てんかん薬を併用する場合は、おのおのの相互作用を十分理解し、副作用の発現を回避せねばならない。
2.症例呈示
鼻マスク式BiPAPを用いて呼吸管理中のOndine’s curse症候群の1例
住友別子病院小児科 後藤 振一郎
Ondine's curse症候群(先天性中枢性低換気症候群:congenital central hypoventilation syndrome, 以下CCHS)とは、呼吸中枢の自動調節障害により睡眠中の呼吸が抑制され、チアノーゼ、高炭酸ガス血症を来す疾患である。1970年に最初の乳児例が報告され、現在世界で160〜170名の患者が治療管理中といわれる
(症例)在胎40週2日で頭位自然分娩にて出生し、Apgar5点/1分と新生児仮死が認められた。その後多呼吸、チアノーゼが持続するために日齢0に当院へ紹介入院となった。新生児一過性多呼吸と診断し治療開始した。日齢1に頻回の無呼吸発作が出現した。動脈血ガス分析はpH
7.050 PCO2
92mmHg PO2
67mmHg BE -8.2mmol/l HCO3 17.6mmol/lと、強い呼吸性アシドーシスを呈していた。直ちに気管内挿管し人工呼吸器にて補助呼吸を行った。その後も無呼吸発作は続いたが、経過とともに、覚醒時には呼吸状態に問題なく入眠と同時に無呼吸に陥ることが明らかとなった。頭部MRI、心臓超音波検査に異常を認めず、血液検査でも内分泌や代謝の異常を示唆する所見は認められなかった。以上の臨床症状からCCHSと考えた。当初、睡眠時の補助呼吸は気管内挿管下に人工呼吸器で行っていたが、児の発達につれてチューブの固定が困難となり、事故抜管の危険性も出てきた。そのため生後6か月、抜管し、睡眠時のみ鼻マスク式BiPAP
(nasal mask bi-level positive airway pressure ventilation)による補助呼吸に変更した。この換気法は、本来は成人の呼吸不全や閉塞性睡眠時無呼吸症候群の症例に対して使用されるが、1997年頃から、小児のCCHSに対しての使用例が文献上報告されるようになった。CCHSに対しては従来、気管切開し人工呼吸器による補助呼吸を行う方法が一般的であった。しかしこの方法では患児のQOLは低下する。これに対し睡眠時鼻マスク式BiPAPは覚醒時、日常生活は全く普通に送ることが可能である。本法はCCHS治療の主流となっていくと考えられる。しかしこの方法では、死腔が大きく十分な換気が行えない例もあるため、導入に際しては細心の注意が必要である。本症例は現在、生後8か月であるが鼻マスク式BiPAPでの補助呼吸時、PCO2は40mmHg台と換気良好であり、経皮酸素飽和度も常に95%以上を保てており、本法で十分な補助呼吸が可能である。
コメント:CCHSは睡眠時無呼吸を特徴とする疾患で、別名『オンデイーヌの呪い』として知られている。本報告はこの疾患の治療として、鼻マスク式圧換気療法 (BiPAP)を実施している症例の報告である。まず、CCHSの診断基準を以下に示す。(Gozal D. congenital central hypoventilation syndrome. Pediatr Pulmonol 1998;26:273-282)
1)
睡眠時の持続的な低換気により、動脈血のPCO2が60 mmHg以上となる
2)
生後1年以内に症状が出現する
3)
低換気となるような呼吸器、神経疾患が存在しない
4)
心疾患が存在しない
CCHSは新生児無呼吸発作の鑑別診断の一つであるが、その診断には臨床症状に加え、厳密な除外診断が必要となる。CCHSの原因は、中枢性呼吸調節機能の異常と考えられている。ところで、乳児突然死症候群(SIDS)も睡眠時の無呼吸が回復せず致死的となる疾患であるが、CCHSとSIDSの病態生理の異同については今後、検討されねばならない課題かもしれない。次に鼻マスク式BiPAPについてであるが、BiPAPは吸気相、呼気相それぞれに別々の陽圧を設定し、その圧較差を換気駆動圧とする非侵襲的間欠的陽圧換気システムである。鼻に密着させたマスクによって換気が可能であり、気管内挿管、気管切開ともに不要である。呼吸器本体は小型軽量で、片手で持ち運びできる。エアーコンプレッサーを必要としない。本来は成人に使用されるものであるが、マスクを小さいものにすれば乳児期より使用可能である。ただし、問題としては、@寝返りや体動でマスクがはずれやすいことA感冒などで鼻閉があると、換気不十分となることB入眠のタイミングを逃さず装着することが難しい、などがある。ただこれらの問題点も、パルスオキシメーターでのモニタリングと、装着練習を繰り返すことで患児が慣れてくるため、通常解決しうる。鼻マスク式BiPAPを使用することで、CCHS患児のQOLは向上し、在宅治療がより容易になると考えられる。
(文責 加藤文徳)
第431回
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平成16年1月14日(水)
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症例提示 | 「糖尿病性ケトアシドーシスの1例」 | 愛媛労災病院 | 岩瀬孝志 |
話題提供 | 「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)と小児への応用」 | 川上こどもクリニック | 川上郁夫 |
1. 症例呈示
「糖尿病性ケトアシドーシスに縦隔気腫を合併した一例」
愛媛労災病院 小児科 岩瀬 孝志、矢口 善保
内科 中井 一彰
症例は11歳男子。平成15年12月上旬、意識混濁状態で当院に救急搬送された。尿糖(4+)、尿アセトン(2+)、血糖1117mg/ dl、血液ガスは pH 6.872 、BE−29.8であった。糖尿病性ケトアシドーシスと診断し、緊急治療を開始し軽快した。現在外来にてインスリン療法を継続中である。今後糖尿病としての病型診断を進める予定である。一方入院時、頸部皮下気腫、縦隔気腫を認めた。これは糖尿病性ケトアシドーシスに合併する病態としては稀であり、国内の文献報告例とあわせ呈示した。
コメント:学校検尿で尿糖陽性の児童生徒の中から、無症状の小児糖尿病患者が発見されるようになった。(これらの多くは2型糖尿病である。)一方、本例のようにケトアシドーシスで急性発症し緊急治療が必要となる小児糖尿病患者も存在する。意識障害を伴うような重症例は死亡する危険も秘めており、インスリン療法だけでなく脱水および電解質補正、アシドーシス矯正などの集中的かつ専門的治療が必要になる。
またこれらのほとんどは1型糖尿病であり、急性期を脱した後も終生のインスリン治療が必要となる。食事療法、運動療法とあわせた十分な患者教育が必要である。一方本例ではペットボトル症候群との異同が議論された。ペットボトル症候群は、2型糖尿病患者が糖尿病の発症に気づかず、多量の清涼飲料水を摂取しケトアシドーシスを発症する病態である。本例では今後、糖尿病の病型診断とあわせこの点での検討が待たれる。
また本例は発症時、皮下気腫、縦隔気腫を合併していた。これは、ケトアシドーシスに起因する過呼吸によって生じたと考えられる(Hamman 症候群)。過呼吸では肺腔内圧の急激な上昇により肺胞が破れ、皮下気腫、縦隔気腫を発症しうる。糖尿病ケトアシドーシスにこれらが合併することは稀である。
多飲、多尿、体重減少が糖尿病の古典的三大兆候である。さらにケトーシスの進行とともに、過呼吸、嘔吐、腹痛、下痢、食欲不振などが症状として出現する。本例は、緊急搬送される前の1週間、嘔吐を主訴に近医を受診していた。われわれ小児医療に携わるものは、たとえ嘔吐のような日常よく遭遇する症状に対しても、常に小児糖尿病を念頭においた診療に当たることが肝要である。
2. 話題提供
「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)と小児への応用」
川上こどもクリニック(川之江市) 川上 郁夫
SSRIはうつ病の治療薬として、1983年スイス、1988年に米国で発売され、日本でも1999年に使用可能になった。うつ病は欧米では「一生のうち6〜7人に1人はなる」とされ、日本でも自殺者が年間3万人を超え、社会的な関心が高まっている。SSRIはうつ病の治療薬の第一選択薬として確立されており、小児科領域でも強迫性障害や自閉性障害、夜尿症などに使用されてきている。最近の文献を紹介し、今後小児への適応の拡大の可能性や不安障害の頻度(約10%)と認識の重要性について述べた。
コメント:選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の小児に対する投与は添付文書上<慎重投与>であり、その安全性が確立されている訳ではない。しかし本邦では、2000年の古庄らによる強迫性障害患者への使用報告以来、その有効性は確認されつつある。
SSRIの作用機序は、次のように説明されている。セロトニン神経終末からシナプス間隙に放出されたセロトニンは、後シナプス神経細胞のセロトニン受容体と結合することで、神経伝達をはかる。シナプス間隙へ放出されたセロトニンは、セロトニントランスポーターによってセロトニン神経終末へ再取り込みされる。SSRIはセロトニントランスポーターに直接結合して、セロトニンの再取り込みを阻害し、シナプス間隙のセロトニン量を増加させる。この結果、セロトニンの神経伝達が亢進し、抗うつ効果が発現する。
SSRIの現在の適応症は、うつ病と強迫性障害であるが、摂食障害、パニック障害などにも臨床応用が広がりつつある。さらに小児においては自閉性障害、夜尿症などへの使用報告がある。今後症例数を増やし、小児に対する投与量、適応症状、副作用などの検討を慎重に進める必要がある。
3 その他
1) 日本本小児科学会専門医制度認定の集会の単位変更について
山本小児科クリニック 山本 浩一
日本小児科学会の認定医制度が専門医制度へ移行したことに伴い、新居浜小児科医会研修集会の単位が「5単位から3単位に変更」されたため、その認可証(認可番号 第中四―32号)が平成15年11月17日に日本小児科学会中四国地区資格認定委員会委員長(清野 佳紀氏)から届いた。認定基準の見直しが行われ、「数時間程度で一地区の研修は基本的に3単位とする」との規定が出来たことによる変更との説明文が添えられていた。
2) 平成16年度から小児科医会定例会のまとめを加藤文徳(住友別子病院小児科)が担当する。
3) 予防接種実施要領改正について
山本小児科クリニック 山本 浩一
主な変更点は、
1.実施計画の策定に中で、「1歳6カ月健康診査、3歳児健康診査において接種歴を確認」としていたところに、「就学時健康診断等」が加えられた。
2. 麻疹の予防接種の標準接種年齢は「生後12月から生後24月」となっていたが、「生後12月から生後15月までの者に行うこと。生後15月をすぎてしまった 場合は、できるだけ早期に行うよう配慮すること」と変更された。
3.個別接種における保護者の同伴について、「小学生以下の個別接種については保護者の同伴が原則である。中学生についても保護者の同伴が原則であるが、諸般の事 情により保護者が同伴できない場合には、保護者に別途連絡を取って予診結果の説明を行い、保護者の同意が確認できる場合には、接種を行って差し支えないこと。 なお、この場合においては、保護者が接種について同意した旨を本人からサイン等により確認を取ること」と変更された。具体的には、保護者のサインを事前に頂 いても、予診後に何らかの連絡手段でその結果を保護者に説明し、さらに接種を受ける本人にも同意のサインを頂くことになる。
4.予診票の保存期間は5年間と設定された。
(文責 加藤 文徳)
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