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今回の曲紹介は指揮者に書いてもらっています。
いちおう400文字で依頼したんですよ、一応…。
幻の渡部元博くんの「さくらのうた」曲紹介も読んでくださいね。
3rd Stage 指揮:冨永幸伸、井手浩一

<曲紹介>
▼ポップス変奏曲「かぞえうた」(岩井直溥 作曲)
今回、私が指揮する3曲はすべで過去の吹奏楽コンクールの課題曲です。
その曲を選択した団体にとっては、いわば「青春の想い出」といったところでしょうか。
この曲は1978年の課題曲C。
個人的には新田高校(当時男子校)のみなさんが詰襟でかっこよく演奏していた記憶があります。わらべ唄の「江戸かぞえうた」のなつかしいメロディーを吹奏楽界のレジェンド・岩井直溥氏が見事にポップスと融合させ、楽しくビートの効いた曲に仕上がっています。フリューゲル・ホーンやドラムにも御注目‼︎

▼さくらのうた(福田洋介 作曲)
俳句の世界では単に「花」といえば桜を指します。国花でもあり、まさに一番日本人の心を揺さぶる花でしょう。
さきみちて さくらあをざめ ゐたるかな  野澤節子
いつも揺れたり風の意か花の意か  篠崎洋介
花明しわが死の際は誰がゐむ  安住敦
花見の宴はにぎやかで明るいものですが、桜にはどこか人生を重ね合わせ、死生観もつきまとうもの。2012年度の課題曲Iであったこの曲は、コンクールではあまり演奏されませんでしたが、抒情的なフレーズがくり返され、誰か大切な人を心に思いうかべながら響いてくるようです。
私事で申し訳ありませんが、今宵は昨年他界した親友にこの曲を捧げます。

▼ディス・コキッド(東海林修 作曲)
ネット等の調査では、人気の課題曲といえば必ずベスト3には入る名曲中の名曲。
1977年度課題曲Cです。
めっちゃカッコイイ!…のですが、譜面づらは難しく、まあまあどのパートも大変(笑)。ドラムが目立ちます!クラリネットも!作曲の東海林修は吹奏楽の曲は少なく、「笑点のテーマ」のアレンジや沢田研二、野口五郎などの歌謡曲でよく知られています。
ホントは途中に「ディスコ‼︎」というかけ声を入れたいのですが、コロナ禍のため
自粛。にっくきコロナめ。 (冨永幸伸)

▼シンフォニック・プレリュード (アルフレッド・リード 作曲)
アルフレッド・リード(1921-2005 はいわずと知れたアメリカの作曲家・指揮者である。およそ吹奏楽に携わった者で一度もリードの作品を演奏したことがない(あるいは聞いたことがない)人間はまず考えられない。リードと日本の吹奏楽界の結びつきは長く、幸福なものだった。彼は晩年に至るまで来日を繰り返し、聴衆から暖かく迎えられ、日本各地で忘れられない名演を残していった。
『シンフォニック・プレリュード』は1965年の全日本吹奏楽コンクールの「大学・一般の部」の課題曲に採用された。ほぼ同時期に『音楽祭のプレリュード』(1962年)が出版されているから、1960年代の前半が、日本のバンドにリードの名前が浸透して行った時期である。ここから『エル・カミーノ・レアル』であるとか『アルメニアン・ダンスⅡ』であるとか、名作の数々が世に送り出されて行く。
  最近の吹奏楽コンクールで演奏される曲はその昔を知っている人間からは、目も眩みそうである。高校・一般の部ではリヒャルト・シュトラウスはもはや当たり前、中学生の演奏するブルックナーも決して珍しくない。その中でアルフレッド・リードの名前はいかにも古風に思える。しかし今日に至るまで彼の曲がコンサートのプログラムに乗り、ディスクも発売され続けているのには訳がありそうだ。
 『シンフォニック・プレリュード』は「十分に中庸の速度で適度な雄大さを持って、引きずらずに」と指定されている。冒頭ティンパニと弦バスがDの音を四分音符を刻み続ける。丁度ブラームスの第1シンフォニーを思わせる開始だ。 どちらも一瞬で暗く熱い世界に導かれる。序奏の後はサブタイトルのアメリカ民謡「黒は我が恋人の髪の毛の色」が登場し、変奏曲風にゆっくりと進んで行く。リードはそれまでも民謡の一節を曲に取り入れたことはあったが、この曲において格段の進歩を遂げた。この旋律は漫然とその場所に置かれたのではなく、最初からそこにあったかのような独自の主張を始めた。根源にあるのは深い嘆きだ。
 全曲を通じてテンポを速めたり、劇的に盛り上がる部分は殆どない。それでいて、ああ立派な音楽を聞いた、良い曲だったと自然に思わせられる。この音楽は最後の勝利を目指して行くのではなく、一瞬の慰謝を求めるのでもなく、ただひたすら感情の純化を目指して行く。ここにはテクニックを見せびらかす要素は殆どない。その代わり、演奏者がどこまでこの曲のエスプレッシーヴォを理解しているか、その深さを試される怖さがある

▼シンフォニア・ノビリッシマ (ロバート・ジェイガー 作曲)
 
この曲は1962年に作曲が開始され1963年に完成したが、当時婚約中であった妻ジョン・ルシルに捧げられている。全編わかりやすく、それでいて愛情に満ち、『ノヴィリッシマ』の名にふさわしい。それにしても、全世界で演奏されるたびに結婚を祝福されるのだから、ルシル夫人ほど幸福な女性も少ないだろう。
 シンフォニアは交響曲ないしソナタ形式の序曲の意味であるが、この場合は後者だと思われる。そのため『吹奏楽のための高貴な序章』と訳されることも多い。ジェイガーのこの曲も一世を風靡した。一時はどこのコンクールへ行っても、ノヴィリッシマのオンパレードだった。
 曲は古典的なソナタ形式で堂々と始まり、中間部の叙情的な旋律との対比が見事である。一度頂点を極めたところでテンポを速め、主題が再現されて対位法的に盛り上がって行く。最後は序奏が短く現れて、決然と終わる。オーケストレーションの巧みさと旋律の美しさとで、最後まで飽きさせない。今やこの曲でコンクールに臨む団体は少ないが、名だたる指揮者が機会のあるごとに録音しているのは、 その無垢な美しさと構成のバランスの巧みさのためだと思われる。 (井手浩一)


第47回のプログラム用の「さくらのうた」曲紹介

さくらのうた~失われた春へ~                  H31卒 渡部元博

 今年の春休みに入ったころにはスギ花粉の飛ばない北海道での花見への期待にむねを躍らせていたのですが、件の感染症の脅威によってその計画は見事に踏みつぶされてしまいました。そんな中、今年の音萌での選曲権をいただけるということだったので「桜を見たい!」そんな単純な気持ちでこの曲を推薦しました。つい三年前の現役時代に音萌の舞台で演奏したばかりで、中学時代を合算すると今回で三回目の「さくらのうた」となります。この曲は2012年の吹奏楽コンクールの課題曲の一つでありましたが、表現の難しさから当時この曲を選んだ団体はほとんどいなかったそうです。しかしながら、この曲が素晴らしいものであるという事実は変わるわけではなく、それ以降多くの団体が定演などの場で演奏を行っています。2012年の課題曲は良曲ぞろいで、その一つに吹奏楽のための綺想曲「じゅげむ」という曲があり、今年のプログラムに入るはずだったのですが、僕の花見計画同様感染症の魔の手によって白紙となってしまいました。余談はさておき、久しぶりの舞台でこの曲を演奏、そして指揮者として表現をできることに喜びを感じます。曲の演奏中にはお客様自身の中にある「さくら」を思い浮かべながら様々な感情を抱いていただく、そんな演奏になればと思います。
来年の春には花見に行けますように…


 


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