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演奏会に寄せて 井手 浩一(47年卒)
我々の高校一年生の夏のコンクールの県大会は、市民会館が改装工事で使えず聖カタリナ高校の講堂が会場だった。一年生の男は兵隊さんだから、学校からティンパニや大太鼓なんかをリヤカーで運び、済んだらまた学校へ戻しに行く。まだ学校にはチューバのなかったころで、スーザフォンを持ってコンクールに出ていた。いくら遠い昔でもこれはかなり恥ずかしかった。バスクラもバリトン・サックスもなかった。まして二枚リードの楽器なんて、とても手の届かない高級品だった。
コンクールにはあっさりと負けてがっくりと来て、後片づけを終えて家に帰ろうとしていたら、三年生の先輩が千舟町の《あたりや》で氷をおごってくれた。W金時である。細長い大きな皿に氷がどんと盛ってあって、クリームが二個乗っているやつだ。確か八十円だったと思う。三十年以上前の話だから、高校生のポケットには百円もあれば上出来だった。当時、素うどんの値段が五十円で、それだけあれば
「今日は俺がうどんをおごってやる」
「すまんな。しかしお前、今日は金持ちやなあ」
という会話が堂々と成立した。
そういう時代に四、五人もの一年生に豪華な氷をおごってくれた三年生というのは驚異だった。先輩というものはいいもんだと初めて思った。その頃、四百五十円あれば、関西汽船の二等に乗って大阪まで行くことが出来た記憶がある。
本当に馬鹿な話で気が引けるが、後年、OB会を作ったのはこの時の経験も元になっている。先輩や後輩たちともう一回、一緒に遊んでみたいという動機だ。それくらい夏の盛りのあの一杯の氷は甘く、心に沁みた。
今年、その先輩が二十何年かぶりに演奏会に参加してくれることになり、大いに楽しみにしていた。ところが二回練習に出てくれたところで、思わぬアクシデントがあり、入院・手術ということになってしまった。
先輩はジャズ・クラリネットの名手で、彼がソロを吹き始めるとみんなが伴奏を忘れて聞き入った。有名な《原型をとどめないソロ》というやつである。柔らかく良く広がる音で、あっちこっちに立ち止まり、脇道にそれ、思う存分遊んで、もとの主題に帰ってくる。それだけ勝手気ままなソロであるのに、終わってみると曲全体の形は少しも損ねてなかった。あれは不思議だった。
俺はあの音でクラリネットの魅力を教えられた。今のように音楽情報の氾濫している時代ではなかったけれども、目の前に生きた音楽を作っている人がいた。練習しても練習してもあの音には追いつけなかったが、いつかああいうソロを吹きたいと思って音楽を続けていた。
OB会を作ったおかげで出来た出会いは、たくさんある。会員同士で結婚したカップルも随分増えた。二世も次々に誕生している。OB会を作らなかったらと思うと不思議だ。このささやかだけれど確実な流れが、すべてあの一杯の氷から始まったといったら、言い過ぎだろうか。
だから先輩、しょうもない病気に負けないでください。来年は是非また一緒にやりましょう。一日も早い回復を願っています。
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