限局性前立腺がんに対するアンドロゲン除去療法で糖尿病リスク上昇[2015年7月9日(VOL.48 NO.28) ]
海外の主要医学誌から
限局性前立腺がん患者に対するアンドロゲン除去療法(ADT)は糖尿病の発症リスクを高めると,米・Georgetown UniversityのグループがJ Urol の7月号に発表した。
限局性前立腺がんに対するADTのベネフィットには議論があり,また前立腺がん患者の大部分は併存症を有する高齢者であるため,ADTが糖尿病リスクを高めるか否か,あるいは関連する因子を明らかにすることは重要である。
同グループは,1995〜2008年に限局性前立腺がんと診断され,前立腺全摘術または放射線療法を受けずに診断後1年以内にADTが開始された糖尿病のない男性1万2,191例を2010年まで追跡。ADTと糖尿病発症との関係を検討した。
中央値4.8年の追跡で1,203例(9.9%)に糖尿病の発症が確認された。解析の結果,100人年当たりの糖尿病発症はADT非施行群の1.6例に対し施行群では2.5例で,ADTは1.61倍の糖尿病リスク上昇と関係していた(95%CI
1.38〜1.88)。NNH(number needed to harm)は29例であった。
この関係は,70歳以上と比べ70歳未満の男性で強かった(ハザード比1.40対2.25,P=0.008)。
Tsai HT, et al. J Urol 2015; 193: 1956-1962.
限局性前立腺がんの最善治療とは [2015年5月28日(VOL.48 NO.22)]
第103回日本泌尿器科学会総会
前立腺癌診療ガイドライン2012年版では,手術療法と放射線療法は全リスクに,低リスクには前立腺特異抗原(PSA)監視療法(active surveillance;AS),中間・高リスクにはホルモン療法も推奨となっているが,実臨床においては個々の患者の医学的・社会的背景を考慮した治療選択が重要となる。第103回日本泌尿器科学会総会(4月18〜21日,会長=金沢大学大学院泌尿器科学教授・並木幹夫氏)のディベートセッション「限局性前立腺癌の治療−どんな人にどんな治療がお勧めか?」では各治療のエキスパートが最善の治療選択を行うためのポイントを整理した。
昭和大学江東豊洲病院泌尿器科教授の深貝隆志氏は,放射線療法とホルモン療法の適応となる患者について,国内外のガイドラインに沿いながら,自らの考えを示した。 National Comprehensive Cancer Network(NCCN)のガイドラインを見ても分かるように,わが国の診療ガイドライン(2012年版)と同様に,放射線療法は限局性がんの全リスクに適応があることは国際的にも基本的に変わりはない。同じく全リスクに対して推奨されている手術療法との治療成績を検討した報告の結果はさまざまだが,両者を比較した大規模ランダム化比較試験(RCT)がない現状では治療成績の面から両治療のいずれを選択するかは決められず,QOLやコスト面など個々の患者の状況により変わってくることになるという。 同氏は,根治を望む限局性がん患者に手術よりも放射線療法が勧められるケースとして,①手術侵襲を許容できない(高齢者や合併症例)②有害事象からの選択(術後の尿失禁回避,性機能・射精感の温存)③患者の性格(手術が嫌い)−を挙げた。 一方,ホルモン療法は,低リスク例では死亡率の上昇に寄与するという報告を根拠に欧米のガイドラインでは限局性がんの治療としては推奨されていない。わが国のガイドラインでは,ホルモン単独療法を行った限局性がんの生存率が一般人口の期待生存率と差がなかったことが認められた日本発の後ろ向き臨床試験の結果を背景に,推奨されている。 限局性がんに対するホルモン療法の位置付けが欧米と異なる現状は,近年の研究結果を反映したもの。ホルモン療法の予後は米国より日本の方が良いことは既に確定的であり,NCCNガイドラインでもAsia Consensus Statementを公開し,アジアでは低リスク例から高リスク例までホルモン療法の適応となるとの位置付けは支持されている状況にある。 同氏は「国内でホルモン療法のRCTが行われていない点に注意は必要だが,根治のために侵襲的治療を受けることを望まない患者,平均余命が10年以下の患者,勃起不全(ED)の人など性機能温存を希望しない患者,無治療に対して不安を感じる患者にはホルモン療法が推奨できるのではないか」と総括した。
前立腺がんに対する手術療法の適応は①リスク②年齢(70歳以下)③患者の根治への希望−などから決定し,放射線療法(+ホルモン療法),ASとのすみ分けが行われてきた。帝京大学病院泌尿器科教授の山口雷蔵氏は,ダヴィンチによるロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術(RARP)の登場により,根治性を維持しつつ,侵襲,合併症が軽減可能になった手術療法の適応について再考を行った。 同氏は「限局性がんは治療によって延命は得られるが,機能・費用・時間などを失う可能性がある。マイナス面とプラス面を天秤にかけ,一番バランスの取れている治療こそ患者の満足度につながる」と述べた。NCCNのガイドラインにある通り,超低・低リスク例であれば患者の期待余命に応じてASや治療をしない選択肢も出てくる。しかし,治療しないことに対する精神的負担,長期観察になるほど脱落例が増えてくる問題点を考慮すると,これまではQOL維持の希望が強い場合に放射線療法となるケースが多かったが,侵襲・合併症の軽減可能なRARPの出現で,手術療法を選択する頻度は高くなる可能性がある。 RARPにより最も影響が出るのが高リスク例。これまで臨床病期T3aのような局所進行がんには取り残しや拡大郭清などの侵襲面から放射線+ホルモン療法が最善の治療とされていたが,RARPにより手術療法を含めた集学的治療も有効な治療選択肢になると考えられるとした。 実際,高リスク例に対するRARPと開腹前立腺全摘術(ORP)の成績を文献的に比較すると,周術期アウトカムはほぼ同等,断端陽性率はRARPが勝るという報告が見られる他,がんおよび機能的アウトカムもORPと遜色ない成績が相次いで報告されている。現状では骨盤内リンパ節郭清こそORPに劣るが,インドシアニングリーン(ICG)による蛍光法リンパ節郭清など有望視されている術式により,さらに高リスク例にもRARPの適応が広がる可能性がある。
香川大学泌尿器科教授の筧善行氏は,ASについて,わが国でも理解は深まったが,実施率は低く,さらなる普及の必要性を訴えた。大規模RCTであるERSPCの観察期間13年の最新追跡データでは,PSAスクリーニングで前立腺がん死亡率が21%低下することが明らかにされた半面,スクリーニングで発見された27人の前立腺がんを根治治療してようやく1人の前立腺がん死亡を予防できるという事実があらためて明らかになった。前立腺がんスクリーニングは早期がん発見という恩恵の裏に,過剰診断・治療という負の側面を抱えた診療方針といえる。 わが国ではASに対する認識は向上しているが,実際に施設で実施している頻度は10%前後と普及しているとは言い難い状況にある。 ASの普及を妨げる原因の1つに初回生検による過小評価の懸念が挙げられるが,近年の精度向上は目覚ましく,生検のピットフォールになりがちな部位についても生検前のMRIでカバーするなど過小評価は回避可能になってきた。新規p2PSA関連マーカーであるPHIなどで補完することでASの精度はさらに向上しうる。 また,実臨床において再生検を行うことや,ASから積極的治療に変更することを患者が嫌う傾向にあるという別の難しさも課題として浮き彫りになった。厚生労働省がん研究班の観察試験でもAS選択例中1年目の再生検の候補となった症例のうち3分の1は再生検を拒否し,PRIASでPSA倍加時間が3年を切り,ASから積極的治療を勧告された症例の7割がASの継続を希望したとの事実は重く受け止める必要があるという。最後に同氏は,ASの重要性について啓発を続けてきた香川県の前立腺がん死亡率は全国で最も低率という事実を紹介した上で,「過剰治療を回避するためにもMRIや新規マーカーで補完するなどしてASをさらに普及させることが重要と考える。また,再生検や根治治療への転換を嫌がる患者の経過観察は今後の課題として挙げられる」と述べた。
前立腺がん診断後のアスピリン[2015年5月7日(VOL.48 NO.19) ]
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