定例新居浜小児科医会(平成5年3月以降)

新居浜小児科医会誌

第500回記念号 (平成22年12月1日発行
第400回記念号 (平成13年12月25日発行


平成23年(510回→)

第520回

平成23年新居浜小児科医会忘年会
 (平成23年12月14日、於平八)

平成23年12月14日(水)、新居浜小児科医会忘年会が「平八」で開かれました。
出席者は13名でした。(敬称略)
(前列左から)大坪裕美、真鍋豊彦、松浦章雄、塩田康夫
(中列左から)山本浩一、海老原知博、加藤文徳、楠目和代
(後列左から)藤岡智仁、村尾紀久子、矢野喜昭、小泉宗光、井上直三

第519回

日時
平成23年11月9日(水)
症例呈示 言語発達遅滞を認めた男児の1例 住友別子病院小児科 藤岡智仁
話題提供 第13回「子どもの心」研修会『広汎性発達障害と脳科学』を聞いて 村上記念病院小児科 松浦 聡
その他 「小児科学会専門医制度研修会認可更新」について」

1.症例呈示
   言語発達遅滞を認めた男児の1例
       
住友別子病院小児科 藤岡 智仁

 症例は29ヶ月男児、父は日本人、母はベトナム人。平成229月、25か月で有意語がなく、地域の保健センターから近医を紹介され914日に受診した。新版K式発達検査にて全領域75であったが、言語・社会面の遅れが顕著(46)であった。
 言語発達、母子の関わりの改善・社会面の発達促進を促すためプレイセラピーを開始した。言語療法・プレイセラピーを続けたが児の言語発達は芳しくなく、児や両親の観察を続けるうちに児の特殊な養育環境が明らかとなった。なかでも、ベトナム人の母親は日本語の理解が困難であり、育児の指導・助言を受けることが困難であった。児の療育とともに母へのペアレントトレーニングを行うため、療育機関への母子入院を行い母親へのベトナム語での育児相談・母の想いの傾聴により児の発達を促すことができた。
 こどもへの療育を続けても改善が乏しい場合は養育環境に問題がある可能性を考え、こどもの周囲の環境を把握し改善することが必要であると考えられた。

2.話題提供

第13回「子どもの心」研修会-広汎性発達障害と脳科学を聴講して 
       
村上記念病院 小児科  松浦 聡

本年5月と7月に名古屋で開催された第13回「子どもの心」研修会を受講してきた。その講演の中で自閉症に関するものがあり、興味を惹かれたので関連した最近の研究と合わせてまとめた。
 現在、自閉症スペクトラムの病態としては対人相互反応の障害が中心であり、「心の理論」の発達不全などが関係していると考えられている。模倣行動の障害やそれに伴う立場の転換の苦手さなども関連が想定されている。そしてそれらは、ミラー・ニューロンの異常と関係があると説明されることもある。
その他、脳神経機能や血流の画像解析研究が進み、自閉症に対して症状と関連する部位も多く認められるようになってきた。今後、診断やケアに活かされていき自閉症への対処の新しい発展になると期待される。
 しかし、自閉症の診断を早期につけたい半面、本人や母親の受け入れを図る意味でもあせらずに見極めることも重要であり、ケースに応じて向き合う必要がある。


第518回

日時
平成23年10月12日(水)
特別講演 「国内留学にて学んだ臨床実地に即した小児一般、小児神経」 愛媛県立中央病院
小児科医長
岡本健太郎先生

特別講演

 国内留学にて学んだ臨床実地に即した小児一般、小児神経

     講師:愛媛県立中央病院小児科医長 岡本健太郎先生

 熱性けいれんの有病率は日本人で8%である。再発の確率は「1歳未満の発症」「親の熱性けいれんの既往」の要注意因子がなければ30%で、要注意因子があれば50%となる。てんかんへ移行する熱性けいれんには、乳幼児期は有熱時けいれんのみで思春期に無熱時けいれんがみられる内側側頭葉てんかんや、乳幼児期に有熱時けいれんを繰り返し徐々に無熱けいれんを伴う乳児重症ミオクロニーてんかんなどがあげられる。要注意因子(発達遅滞や非定型発作、てんかんの家族歴)がある場合、てんかんへの移行率は2-10%となる。熱性けいれんを起こした直後の治療として、ジアゼパム投与が行われることが多く、発作の再燃予防に役立つかもしれないが、意識状態の評価が困難になるかもしれない。長期管理として、経過観察、ジアゼパム座剤間欠投与、抗けいれん剤定期内服がある。抗けいれん剤の定期内服は、てんかんへの移行を防げないこと、抗けいれん剤の副作用などから、極力ジアゼパム座剤間欠投与を行うことが望ましいと考える。熱性けいれんをくり返した場合、脳波検査が考慮される。しかし、熱性けいれんでは脳波異常は30-50%に認められる。また、脳波異常の有無とてんかんへの移行は関連がないとされる。そのため、無熱けいれんを伴ったり、長時間のけいれんがなければ、絶対的な脳波検査の適応はないと考えられる。 脊髄性筋萎縮症(SMA: spinal muscular atrophy)は脊髄前角細胞の変性により生じ、筋力低下を呈する進行性の疾患である。発症時期や重症度に応じて、1型(Werdnig-Hoffmann病)〜3型まで分類される。SMN1遺伝子の欠失により、SMN蛋白が作られないために発症する。SMN2遺伝子は補完的に少量のSMN蛋白を生成し、症状の重症度に関わる。1型では、その大半はSMN2コピー数が2個であり、典型的経過をたどる。それに対し、SMN2コピー数が1個である症例はより重篤であり、出生時発症である。提示した症例では出生時から関節拘縮や重度の呼吸不全を伴った。1型の中でも最重症型(0型とも呼ばれる)であると考えた。診断基準では関節拘縮は除外項目に該当するが、本症例は遺伝子検査にてSMAと確定診断した。最重症型の場合、除外項目に該当しうる。そのため、SMAの疑いがあれば遺伝子検査を考慮すべきである。
 
難治性てんかんでは外科手術が考慮され、中でも内側側頭葉てんかんは良い適応である。頭部MRI検査での海馬硬化所見が重視され、核医学検査は補助的検査として利用される。Iomazenil SPECT、FDG-PET、脳血流SPECTなどあるが、それぞれに特徴があり、それを踏まえた上で施行するのが望ましい。特に頭部MRI検査で海馬硬化がない場合、核医学検査の有用性が期待できる。
 新生児発作では、臨床発作と脳波上の発作(脳波変化)に乖離があることが知られている。両方を伴えば「真の新生児発作」となり、治療の対象である。しかし、臨床発作だけでは抗けいれん剤の適応がないこともあるため、発作時脳波や長時間脳波を施行することが望ましい。
 小児科関連のガイドラインは多岐にわたり、網羅的に収集したところ270編に及んだ。当科でのアンケート調査では半数から3/4のガイドラインに有用性が示唆された。また、半数のガイドラインはインターネットで入手が可能である。ガイドラインは臨床でのツールの一つとして、有用と考えられている。当科では可能な範囲で収集し、利用しやすくしている。
 (国内留学での経験を元に各テーマに沿って、お話しをさせていただいた。県立新居浜在勤中は小児科医が減員となり、大変苦しい時期であった。支えてくださった新居浜小児科医会の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げたい。)


第517回

日時
平成23年9月14日(水)
症例呈示 「新生児一過性高乳酸血症の一例」 県立新居浜病院小児科 井上直三
話題提供 「小児科外来での禁煙支援~J-STOPのご紹介~」 かとうクリニック 加藤正隆
その他 「研修集会認定基準の『会則』について」

1.症例呈示

 新生児一過性高乳酸血症の一例

     愛媛県立新居浜病院小児科 井上 直三

母は37歳。IVF-ETにより妊娠成立したが、39週3日にHELLP症候群と診断され緊急帝王切開で出生した。出生体重2671gpgar score 8/9。日齢1に高乳酸血症(98mg/dl)を認めたが、自然軽快した。しかし徐々に哺乳障害、発達遅延を認め、髄液乳酸値高値(38.2mg/dl)、ミトコンドリア遺伝子異常(8993T→8993G)、MRIで大脳基底核、脳幹部の左右対称性の病変を認め、Leigh脳症と診断した。日齢162に呼吸停止となり、人工呼吸管理を開始した。急激に進行し、一時心不全状態となったが、ピルビン酸療法を開始後、心機能は回復した。有効な自発呼吸は認めず、気管切開施行後、在宅人工呼吸導入予定である。乳児早期発症であり、急激に進行した一例であると考えられた。ピルビン酸療法は治験領域を出ないが、その有効性が示唆された。

2.話題提供

 小児科外来での禁煙支援 ~J-STOPのご紹介~
     
     かとうクリニック 加藤正隆

禁煙支援の基本としてニュージーランドでは“ABC(またはABR)”が提唱されている。
 AAsk 全ての患者さんに喫煙・受動喫煙状況を聞き、記録する
 BBrief Advice 短い(30秒でもOK)禁煙アドバイスをする。
 CCessation 禁煙治療を開始する。
 RRefer 禁煙外来を紹介する)。
禁煙支援をする場合は、行動変容のステージを判断する。
 前熟考期:禁煙は全く考えていない。
 熟考期 :6ヶ月以内に禁煙しようと考えている。
 準備期 :1ヶ月以内に禁煙することを真剣に検討している。
 実行期 :禁煙してから6ヶ月未満である。
 維持期 :禁煙してから6ヶ月以上経過している。
ステージの特徴に合った支援をすることが大切である。
 前熟考期:助言に抵抗を示すことがある。禁煙したくなった時に役立つ情報を提供する。
 熟考期 :喫煙と禁煙に両価値を抱いている。動機の強化(よいこと探し)をする。
 準備期 :禁煙を決心するが自信が乏しい。自信を強化する。
 実行期 :不安で、再発が多い。結果だけでなく経過を、本音で、具体的に賞賛する。
 維持期 :喫煙しないことが普通になってくる。自立を支援し、サポート力を提示する。

 日本禁煙推進医師歯科医師連盟では、禁煙治療の質の均てん化・向上と保険治療の登録施設の増加による近接性の向上を目的に、E-learingシステムであるJ-STOPJapan Smoking cessation Training Outreach Project)を実施しており、筆者も開発メンバーとして関与している。J-STOPには一般コースと治療困難例を対象にした特別コースがあり、一般コースはテキスト学習・バーチャルワークショップ(症例検討とQ&A)・バーチャルカウンセリングで構成されている。
J-STOPのホームページで紹介ビデオ聴取が可能)http://www.j-stop.jp/j-stop/index.html
 小児科医会当日は、小児科外来に有用と考えられるJ-STOPの内容の一部(バーチャルカウンセリング・バーチャルワークショップのQ&A)を紹介した。


第516回

平成23年新居浜小児科医会夏季懇親会
 (平成23年7月13日、於旬花酒灯 てんふじ)

平成23年7月13日(水)、新居浜小児科医会夏季懇親会が「旬花酒灯 てんふじ」で開かれました。
出席者は11名でした。(敬称略)
(前列左から)桑原 優、松浦章雄、小泉宗光、塩田康夫
(後列左から)海老原知博、占部智子、楠目和代、藤岡智仁、加藤文徳、矢野喜昭、真鍋豊彦

第515回

日時
平成23年6月8日(水)
症例呈示 「毛虫、蝶に接触後皮疹を生じた蛾RAST陽性の2症例」 住友別子病院小児科 小泉宗光
話題提供 「『思春期・心の病』を読んで」 十全総合病院小児科 占部智子
その他 「研修集会認定基準の『会則』について」

1.症例呈示

 毛虫、蝶に接触後皮疹を生じた蛾RAST陽性の2症例

         住友別子病院小児科 小泉 宗光

 蛾は喘息患者における吸入性抗原のうち、ダニ、動物についで陽性率が高いとされ、3歳未満で7.1%、12歳以上では45%程度が陽性であったとの報告もあり鼻炎や喘息の原因と考えられているが、その意義についてはまだ不明な点が多い。今回毛虫、蝶に接触後皮疹を生じた蛾RAST陽性の2症例を経験した。CAP-RASTの蛾の原料はカイコ蛾の翅であり、カイコ蛾の翅は一般の蛾、蝶と抗原性がほぼ一致するとの報告がある。毛虫皮膚炎でもRASTの上昇がみられ、蛾と毛虫にも抗原の共通性があると考えられる。毛虫、蝶への接触が疑われる皮膚炎の原因検索に、蛾RASTは有用であると考えられた。

2.話題提供

 「思春期・こころの病 その病理を読み解く」 吉田脩二 著(高文研)を読んで
          十全総合病院小児科 占部 智子

小児科医として思春期の心の病は避けては通れない問題である。しかし、思春期の子どもはあまり「こころ」を語らない。思春期のこころの病理を精神科医が読み解いた本を読むことで、今までの疑問がすっきりしたので紹介した。小児科受診が多い、心身症と不登校に絞った。

<心身症>
 腹痛は、感情を抑えるタイプの子が、周囲からの要求を腹に入れて自己抑制を図って生き延びようとすることで起こる。自己抑制ばかりでなく、自己主張もできる人間になる必要がある。頭痛は、自己主張をするタイプの子が、他者と衝突したことで起こる。衝突した時に、謝罪、寛容、和解を繰り返しながら生きて行くしなやかさを学ぶ必要がある。
<不登校>
 登校したいというのにできない。(教師や生徒や教育制度のせいだと主張するが、家族と学校とが充分な配慮をし、外因を除去しても登校できない例は意外に多い。)
 身体症状が出る。(なぜか分からないから、身体に出る。)
 人格、性格的に大きな欠陥はない。
 何故行けないのか、自分でも分からない。(登校しようとすると急に異常な緊張感、不安感に襲われたり、教室に入ると圧迫感を感じたりする。)
 勉強しない。(学校に関することを忘れたい。)
 病気扱いされるのを嫌う。(精神的な病気だと思われたくない。)
 どこまでも学校にこだわる。(特定多数の仲間の群れに入りたいという感情を持つが故に学校へ行こうとするが、自分だけが仲間の群れに入れない恐怖を感じる。)
 学校へ行かなくていいというのは、問題の解決にならない。

※不登校への対応
 治療目的は、再登校だけではない。退学で泣く泣く学校を去る時、もし周囲の対応が悪ければ、やめてもなお学校を恨み、新しい進路へ踏み出せないから、学校・家庭・医療が十分なことをしてくれたという実感を彼らに持たせる必要がある。
<思春期の精神医療について>

 思春期の若者は、怒りや猜疑心に満ち、治療者の言動に極めて敏感で、見るべきところをちゃんと見て、的確に治療者の品定めをしている。彼らは苦境に立つと、治療者を捕らえようと異常接近したがるが、人間はしょせん一人ぼっちでしかない。自分を丸ごと抱えこんでくれるような人間関係はこの世に存在しないし、幻想でしかない。この冷たさの中で、はじめて私たちは人間関係を持ち、それを暖かく優しいものと感じることができる。
<最後に> この本で得られたことを今後の参考にしたい。


第514回

日時
平成23年5月11日(水)
症例呈示 「出生前に原因の特定されなかった羊水過多症例の検討」 県立新居浜病院小児科 村尾紀久子
話題提供 「1歳未満の細菌性腸炎?
 ・・粘液便・粘血便を呈した症例の便細菌培養結果について(第2報)」
山本小児科クリニック
山本浩一

1. 症例呈示

出生前に原因の特定されなかった羊水過多症例の検討

     愛媛県立新居浜病院小児科 村尾 紀久子

目的

羊水過多の原因として、中枢神経系、消化管、胸郭などの異常、染色体異常などの胎児疾患、妊娠糖尿病などの母体疾患、胎盤要因などがあることが指摘されている。羊水過多が認められるにもかかわらず、明らかな基礎疾患や胎児形態異常が指摘されなかった症例において、その診断や出生時の問題点について検討したので報告する。

対象

1999年から2009年の11年間に羊水過多を指摘され、愛媛大学付属病院NICUに入院した症例は49例であった。そのうち46例は胎児診断で原因が特定されたが、3例は胎児診断では原因が特定されなかった。

【症例1】41週3日、2788g、APS6/8、女児。在胎29週から羊水過多を指摘。出生後呼吸管理を要した。診断Pierre-Robin sequence,4q-症候群

【症例2370日、3212gAPS5/7、男児。在胎28週から羊水過多を指摘。大頭症と診断。出生後、呼吸障害、多発奇形の合併を認めNICU入院した。診断多発奇形症候群(後日Osteopathia striata  with cranial sclerosisと診断。) 46,XY

【症例3383日、2721gAPS4/6、女児。在胎28週から羊水過多を指摘された。出生後、口腔内異常構造物のため呼吸困難を呈し、人工呼吸管理を要した。診断double tongue,double mandible

結語

羊水過多を指摘されたが原因の特定に至らず、出生時に重篤な呼吸障害を来し、蘇生、治療に難渋した症例を経験した。原因が特定されていなくても重症例がありうること、口腔内から下顎にかけての異常は胎内診断が困難であることを痛感した症例であった。

2.話題提供

「1歳未満の細菌性腸炎?」・・粘液便・粘血便を呈した症例の便細菌培養結果について―第2報―                 
     山本小児科クリニック 山本 浩一
     

 平成18年度から平成20年度にかけて実施した便細菌培養での検出菌を検討した結果、1歳未満の乳児で粘液便や粘血便を呈した症例(必ずしも下痢を主訴とした症例ではない。他の主訴で来院していても、何らかの形で粘液便や粘血便が確認された症例)では、「乳児期早期では腸内細菌叢の形成不全と考えられるブドウ球菌や大腸菌が検出され、病原性細菌としては平成19年度以降急激に病原性大腸菌がごく普通に検出されるようになってきた」ため、大変注目すべきこととして第495回(H21.9)新居浜小児科医会で報告した。なおこの報告のまとめは、新居浜医師会報(632号、H21.11.1発行)、および愛媛県小児科医会会報(第59号、2010年 秋号)へ投稿した。この報告の目的は、乳児では下痢で来院した症例は勿論のこと、それ以外の主訴でも粘液便が確認された場合は、便の細菌培養検査で病原性をもった細菌が検出されることが多いので積極的に便細菌培養検査を実施し、病原性を持つ細菌感染がいないかを確認するとともに、その結果によっては何らかの対処を考える必要があるということを喚起することであった。なお前回の報告で集計した症例は、平成18年度29例、平成19年度28例、平成20年度32例であった。
 今回の報告では、平成21年度便細菌培養結果として44例を集計した。この報告は、排便回数に関係なく、とにかく粘液便、粘血便(または粘液便に血が混じる)が確認された症例について実施した便細菌培養検査の結果報告である。このため下痢で粘液便や粘血便を呈して検査した症例が多いのではあるが、下痢に気づかれなく鼻汁や咳などの上気道炎様症状や溢乳により出現した顔の湿疹などを主訴に来院し、この時腹部膨満があったため浣腸をして初めて粘液便が確認され検査となった症例も多く含まれている。

 今回の集計も検出された菌が年度によって変化してきているかを比較するために、以前の報告と同様な集計法とした。小児の診療では、保護者が子の異常を感じて受診するわけであるが訴えが必ずしも的を射ているとは限らない。乳児の診療では、年長児よりもさらに保護者の感じた異常と児の病態がかけ離れているのは仕方がないことであろう。従って、まずはどのようなことを心配して受診していたかを知ることが今後の診療に役立つため「受診時の主訴」を、次に細菌性腸炎の可能性があるため季節性があるかどうかを確認する目的で「月別での検出菌」を、乳児では離乳食を開始しているかどうかで検出菌が変わる可能性があるので月齢での差があるか「月齢別での検出菌」を、さらに検出された菌がどのぐらいの割合を占めているか菌種毎の総数とその検出した月齢とともに「菌種毎の検出数」として集計した。また、離乳食を開始する「5カ月以降の乳児」では、その離乳食が細菌性腸炎の原因になることが多いと考えられる。最近ごく普通に離乳食の冷蔵・冷凍保存が行われるようになったが、このことが細菌性腸炎の発症に関与しているかどうかを検討するため、21年度では新たに離乳食を作る時に保存食を利用する者とその都度すべてを新しく調理する者での病原性細菌の検出について集計し、2群で何か差があったかを比較検討した。「栄養法」に関しては、母乳とミルクがそれぞれどのくらいの割合になるかを最近の2年間(平成20年度と平成21年度)で集計して検討した。

結果および考察:

「受診時の主訴」は、下痢・嘔吐が主訴であった症例は44例中28例、次に溢乳から引き起こされると思われる咳・鼻などの上気道炎様の訴えが11例、腹部膨満で排便回数が少なくなりそれを便秘と考えての受診が2例、さらに溢乳が原因と考えられる顔の湿疹などが続き、今までの集計とほとんど同じ傾向であった。受診のきっかけがこのようにいろいろな主訴になる原因は、乳児が粘液便を呈していても1日の排便回数が少ないと、母親がそれを異常便と判断することが非常に困難であるためと推定される。
「月別での検出菌」の検討では、今までの集計と同様に検出される菌種には明らかな季節性がなかった。これはいわゆる食中毒として発症することが多く、季節により発生頻度や起因菌の種類に特徴がある年長児や成人の細菌性腸炎とは異なっている。胃から小腸への排出時間が速く、そのため非常に少ない細菌数でも感染が成立してしまう乳児特有のものと思われた。
「月齢別での検出菌」の検討では、今までと同様にブドウ球菌および通常の大腸菌(2+~3+)の乳児期早期での検出が目立った。しかしブドウ球菌や通常の大腸菌(2+~3+)はその後の月齢でも満遍なく検出されていた。病原性大腸菌は新生児期から検出されるようになっていて、乳児では出生後間もなくからごく普通に検出される細菌となっている。
「菌種毎の検出数」で年度毎の変化を比較してみると、平成19年度以降の急な病原性大腸菌の検出が挙げられるが、平成21年度は44例中9例に病原性大腸菌(O1、O06、O15、O18が各1例、O74が2例、O125が3例)が検出された。幸いにベロトキン産生菌はなかった。平成18年度からの集計で初めてのことであるが、カンピロバクターが6カ月児に検出された。
「5カ月以上の乳児」は20例であり、すべて離乳食を開始していた。そして咳を主訴とした1例を除き、他は下痢や嘔吐腹痛などの消化器症状を訴えていた。20例のうち冷蔵または冷凍した離乳食用の食材を離乳食として使用していた症例が14例あった。その14例で10例に病原性細菌「MSSA3例、MRSA2例、病原性大腸菌2例(O6、O125)、大腸菌(3+)4例・・・複数検出症例あり」を検出した。保存した離乳食を使用していなかった6例では、4例で病原性細菌「MSSA+病原性大腸菌O1が1例、MSSA+病原性大腸菌O74が1例、病原性大腸菌0125が1例、大腸菌(3+)1例」を検出した。離乳食を冷蔵または冷凍保存をしていた群と保存していなっかた群では病原性細菌の検出率は同じようなものであったが、症例数は、14例対6例と圧倒的に保存群のほうが多かった。現在の冷蔵庫では、通常調理後その食材の温度を少し下げてから改めて別の容器にとりわけて保存する。このような保存の仕方では、保存食を利用する時の再加熱が不十分であれば細菌感染を引き起こす可能性が高くなる。離乳食の保存利用は、今後ますます増えてくるものと考えられる。最近調理してすぐの温かいものもそのまますぐに冷凍できる家庭用冷蔵庫も出来ているようだが、保存の仕方、そしてその後保存したものを利用する時にはどのような対処が必要であるかを充分に検証して行く必要があると考えられた。
「栄養法」は、母乳育児への指導が非常に行きわたっていて、ほとんどの方が母乳での育児を実践していた。混合栄養の方でも内容を確認すると基本は母乳であり、足りない分だけミルクを少し追加している状態であった。平成20年度の集計では母乳を主として摂っている割合は73%、平成21年度の集計では93%であった。一般に母乳育児の乳児の方が、腸管感染症に対して強いと考えられている。しかし今回の結果は、母乳が乳児の腸内の細菌感染症を防御するとは言い難いものであった。

まとめ:

新生児や乳児でも、代表的な細菌性腸炎の起因菌が当たり前のように検出される状況となっている。また離乳食への保存食の利用は今後ますます増えてくると考えられるが、現状では充分な危険因子になり得ると考えられた。そして残念ながら、母乳栄養でも乳児の腸内細菌感染症を防げないことも判明した。乳児は、胃内容物の小腸への排出が速く、このため少ない菌数でも腸内細菌感染が速やかに成立してしまうことを理解すべきであろう。
 今回の集計結果は、多くの細菌性腸炎の起因菌が、食事を開始する前の新生児や乳児も含めて検出されていて、「検出される病原性細菌の菌種は、すでに年齢での差がなくなっている」ことを示していた。幸いに重症化した症例は無かったが、「細菌性腸炎に関して、乳児は非常に心配される状況陥っている」と言わざるを得ない。検出された菌の重大さを考えると、「乳児を診察する時には母親の訴えばかりではなく、可能な限り自分で便を観察し、さらに突っ込んで腹部膨満などがあれば積極的に浣腸をして腹部膨満を解消するとともにその便性を確認して、粘液便が観察されれば便細菌培養検査することが必要である」と改めて強調したい。
 前回は、治療については言及せず、あくまでも粘液便を呈した症例の便培養結果の報告であった。症例が多くなったので、以下に現在までの治療結果についてまとめた。
 1)プロバイオティクスとしての乳酸菌製剤の投与は、乳児期早期のブドウ球菌や大腸菌を多く検出した症例の腹部膨満を軽快し、その結果一回哺乳量の増加を促し、不機嫌や咳・鼻の軽快に結びついた。腸内細菌叢の形成が不充分と考えられる新生児や乳児への乳酸菌製剤の投与は、非常に有効な治療法と考えられた。
 2)消化器症状が軽く、検査で病原性細菌が検出された場合に、治療の戦略の一つとして投与した乳酸菌製剤が症状軽減に有効であった。ただ乳酸菌製剤のみの投与では、症状が軽快しても少しの粘液便が残ることが多く、再検査を必要とすることがあった。
 3)粘液便や粘血便で下痢を主症状としていて病原性細菌が検出された場合は、症状の改善に抗菌薬(ホスホマイシン)の投与が非常に有効であった。


第513回

日時
平成23年4月13日(水)
症例呈示 「当科におけるラピアクタの使用経験について」 住友別子病院小児科 矢野喜昭
話題提供 「SGA性低身長の一例」 こにしクリニック
小児科
加藤文徳

1.症例呈示

  当科におけるラピアクタ®の使用経験について

         
住友別子病院小児科 矢野喜昭

インフルエンザは、かぜ症候群の一種であるが、1997年に発生した高い致死率を示すH5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの流行や、2009年に発症したブタ由来H1N1パンデミックインフルエンザウイルス(いわゆる新型インフルエンザ)による世界的な感染など、特徴的な流行を認めてきた。現在、既存の抗インフルエンザウイルス薬への耐性化の問題など課題は多い。このような状況を踏まえ、新規ノイラミニダーゼ阻害薬であるラピアクタ®が、2010年1月に実用化され、同年10月から小児への適応が認められた。ラピアクタ®の特徴は、点滴静注薬であること、生後1ヶ月の乳児から保険適応を認められている点である。
 今回、我々は、今シーズンにおけるラピアクタ
®の使用方法および臨床経過について後方視的に検討を行った。
 対象は、平成22年10月1日~平成23年3月31日までに当科にてインフルエンザAあるいはBに対し治療を行った66名からラピアクタ
®を投与した11名、平均年齢は2.4歳(3ヶ月~8歳1ヶ月)男児7名 女児4名であった。投与量および方法は、ラピアクタ®を10mg/kg/dayを1時間かけて点滴静注を行い、個々の症例の状況に応じて投与日数を変更した。臨床経過の評価は、カルテを用いて後方視的に検討した。
 結果では、投与症例中64%(7例)が0歳未満であり、また、入院症例は54%(6例)であった。ラピアクタ
®の平均投与日数は2.1日であった。投与開始から解熱までの日数は1.4日であった。インフルエンザウイルス感染による合併症例は7例であり、1歳以上の症例では全例合併症があった。内訳として、脳症1例、熱性痙攣3例、熱せん妄1例、RSウイルス感染症1例、尿路感染症2例であった。投与日数は脳症合併例で4日間、最年少の3ヶ月の入院例で2日間であったが、その他は単回投与であった。臨床経過は、全例において副作用を認めず速やかに軽快した。
 今回の使用経験からラピアクタ®は、他の既存の抗インフルエンザ薬と同様の治療効果を認めた。単回投与にて治療量の投与が可能な注射剤である点において、治療コンプライアンスの低下を避けることができ、経口摂取が困難な症例、重症心身障害児(者)のように多剤の定期薬を内服している症例にも、有効ではないかと考えた。また、インフルエンザ脳症を疑う場合、早期にインフルエンザウイルスに対する治療量を投与することが可能であるため、ウイルスの活動性を抑制することで、高サイトカイン血症に対する治療になる可能性を考えた。しかし、どのような症例で第1選択としてラピアクタ®の投与を行うか、また、最適な投与日数はどの程度かなどが課題として残った。数年後には、インフルエンザウイルスの増殖過程におけるRNA複製を阻害する抗インフルエンザウイルス薬が実用化される予定があり、治療選択肢が拡がると考える。今後、症例の蓄積により、其々の治療薬の作用機序、投与方法を踏まえ、患者の状況、基礎疾患の有無などを考慮し、最適な治療薬で有益性の高い治療効果が得られるように、インフルエンザ治療ガイドラインの作成の検討が必要であると考えた。

2.話題提供

  
SGA性低身長の一例
  
   
    こにしクリニック小児科 加藤文徳

出生時の体重および身長がともに在胎週数相当の10パーセンタイル未満で、かつ出生時の体重または身長のどちらかが在胎週数相当の-2SD未満である場合を、SGA(small-for-gestational age)と呼ぶ。さらにこのうち、暦年齢2歳までに身長が-2SD以上にcatch-upしなかった場合をSGA性低身長と呼ぶ。本症は成人の低身長の約20%を占めると報告されている。平成2010月に本症に対する成長ホルモン治療が承認された。今回、成長ホルモン治療を実施し、身長発育に対し有効であった本症の一例を経験したので報告した。
 症例は現在69ヶ月の女子。在胎371日で出生。出生体重1725g、出生身長40cmSGAであった。染色体検査で、47XXmar+,46XXと過剰マーカー染色体を伴うモザイクと判明したが、低身長以外には身体的異常を認めず、精神運動発達も正常であった。また、3歳時に実施した成長ホルモン分泌負荷試験では異常を認めなかった。42ヶ月での身長が83.7cm(-4.4SD)と本症の治療開始基準を満たしたため、成長ホルモン治療を開始した。その結果66ヶ月で身長105cm(-2.1SD)と-SD値の改善を認めている。
 SGA性低身長に対する成長ホルモン療法の開始基準は、以下の2項目を満たすことが条件になる。
1.SGAであること
2.暦年齢3歳以上、身長-2.5SD未満、成長率-0SD未満
 成長ホルモン治療は、成長ホルモン分泌不全性低身長、ターナー症候群、慢性腎不全、プラダーウィリ症候群にも適応がある。これらはいずれも小児慢性特定疾患に認定されているが、現時点ではSGA性低身長だけは認定されていない。成長ホルモン治療は長期にわたるため、今後、家族の負う多額の医療費が問題となる。


第512回

三木崇弘先生、越智史博先生送別会
 (平成23年3月16日、於常富寿司)

 平成23年3月16日(水)、三木崇弘先生、越智史博先生の送別会が常富寿司で開かれました。ご出席予定の海老原知博先生は、重症患者加療のため、ご欠席となりました。
 出席者は10名でした。(敬称略)
(前列左から)塩田康夫、越智史博、小泉宗光、三木崇弘、真鍋豊彦
(後列左から)井上直三、山本浩一、松浦章雄、矢野喜昭、加藤文徳

第511回

日時
平成23年2月9日(水)
症例呈示 「急性腹症として搬送されたマイコプラスマ肺炎の1例」 愛媛県立新居浜病院小児科 楠目和代
話題提供 「RSウィルス迅速診断薬について」 ふじえだファミリークリニック 藤枝俊之

1.症例呈示

  急性腹症として搬送されたマイコプラズマ肺炎の1例


        愛媛県立新居浜病院小児科  楠目和代

 症例は2歳の女児。主訴は急激な腹痛。
 H22年11月中旬に咳、鼻汁と発熱を認めたが軽症に経過し、検査は受けていなかった。
 12月15日就寝後、「急にお腹が痛い」と言って目覚め泣き続けるため、救急車で搬送され急性腹症として入院となった。
 体温37℃、呼吸数32回/分、心拍数137回/分、酸素飽和度98%。ほとんど動かず、間歇的に「お腹痛い。痛い。」と泣き続けた。呼吸音、心音は正常。腹部はやや膨満で、軽度鼓腸あり、腸雑音は亢進なく、圧痛・抵抗ははっきりしなかった。咽頭発赤は軽度で 鼓膜は異常なかった。
 血液検査では、WBC26300 (St5% Seg63% ) CRP0.64mg/dl、貧血、血小板異常なく、肝、腎機能、血清電解質、血液ガスも異常なかった。CPKアミラーゼも正常範囲だった。マイコプラズマ迅速検査陽性であったが、鼻汁RS抗原迅速検査、便ロタ・アデノ迅速検査、便潜血は陰性だった。
 腹部単純X線写真ではガスはやや多いが二ボー形成なく、便塊の貯留を認め、腹部CTは上部消化管の軽度拡張以外に特記すべき異常はみられなかった。胸部単純X線写真で左下肺野のシルエットサインを認め、CT上でも下肺野の肺炎・無気肺像を認めた。
 症状が激烈であったため外科的疾患も考慮したが、浣腸にて軟便排泄後に腹痛は軽減したため、点滴確保し翌朝まで絶食で経過をみた。翌朝には腹痛は軽減し、機嫌良好となり、WBC11200 CRP0.63mg/dlとなった。腹部X線でガス像も軽減し、二ボーは認めなかったため徐々に食事摂取を開始したが、嘔吐、下痢、腹痛などの症状は見られなかった。咳と鼻汁を軽度認めたため、気管支拡張薬の内服と吸入、AZMの内服を追加した。
 以後、症状の再燃なく18日に点滴は中止し、20日退院した。24日の外来受診時、胸部X線で、下肺野のシルエットサインの軽減を認め、内服中止とした。

 小児が強い腹痛で救急受診した場合に呼吸器疾患が原因であることは知られており、12歳以下の急性腹症のうちの肺炎の頻度は1.8%との報告がある。改めて、検査所見の重要性を認識した。

2.話題提供

  
RSウイルス迅速診断薬について

        ふじえだファミリークリニック 藤枝俊之

  RSV抗原迅速診断薬「クイックナビTM-RSV」の性能試験を実施する機会を得た。
 培養RSウイルスを用いた最少検出感度は、既商品(チェックRSV(アルフレッサファーマ)およびイムノカードST RSV(TFB))と比較しても同等以上の反応性を有し、またウイルス株によっては2~4倍程度高い結果を示した。
 臨床的検討において、鼻腔拭い液および鼻腔吸引液検体における本品とRT-PCR法と比較を行ったが、鼻腔拭い液検体での本品とRT-PCR法との相関性は、陽性一致率71.7% 陰性一致率96.6% 全体一致率81.9% であり、鼻腔吸引液検体での相関性は陽性一致率75.6% 陰性一致率94.9% 全体一致率83.4% と既製品と比較しても臨床使用に際し十分な性能を有する。しかし、陰性であった場合でも臨床症状や流行、年齢を考慮した総合的な判断が必要である。 本品に採用されているフロック加工による植毛構造の綿棒は、浮遊液でのウイルス抗原放出率が高く、上皮細胞の回収が通常の綿棒よりも高いということも臨床使用には有益である。
妨害物質の影響については、口腔洗浄剤、鼻スプレー、うがい液は検査結果に影響がないと考えられるが、多量の血液混入(綿球の1/5程度)は判定ラインの識別が難しくなる可能性があり注意が必要である。本試験の実施適応、陽性症例に対する経過観察の仕方は施設間で大きく異なることが、今回の討論を通じ推測された。
 保育園・幼稚園などから迅速検査をするよう指導されて受診する患者も後を絶たず、適正な保険医療を阻み、小児医療現場を混乱させる一因となっているが、これを是正する方策は今のところ見当たらない。
 乳児期RSV感染は一般臨床においてきわめて頻度が多く、多くは外来通院での加療が可能だが、一方で呼吸不全をきたす症例もあるため、一次医療機関が二次医療機関へ紹介するタイミングの難しさがある。今回の討論では紹介適応を決める客観的な指標を得ることはできなかった。休診日を跨ぐなど外来での細やかな診察が困難であるということも、入院適応理由の一つである。
 二次医療機関からは、高次医療機関での加療必要性を感じたら紹介するよう助言があった。


第510回

日時
平成23年1月12日(水)
症例呈示 「経母乳的感作によるアナフィラキシーショックを来たした4カ月女児例」 住友別子病院小児科 越智史博
話題提供 「てんかんを合併した色素失調症の1例」 高橋こどもクリニック 高橋 貢

1.症例呈示

  経母乳的感作によるアナフィラキシーショックをきたした4ヶ月女児例

        住友別子病院小児科 越智 史博

 4カ月の完全母乳栄養の女児が皮疹を主訴に受診し,アナフィラキシーショックに陥った。エピネフリン筋注,ステロイド静注,抗ヒスタミン薬点滴にて症状改善した。総IgE値は27 IU/ml,抗原特異的IgE抗体価は卵白1.19 UA/ml,ミルク7.17 UA/ml,カゼイン9.69 UA/ml,チーズ1.57 UA/mlと上昇していたが,ピーナッツ,卵黄は0.34 UA/ml以下であった。皮膚プリックテスト(プリック‐プリックテスト)で卵,牛乳,ピーナッツクリームに対する即時反応を認め,経母乳的抗原感作による即時型食物アレルギーと診断した。乳児期早期でも経母乳的な抗原摂取による即時反応に注意する必要がある。

2.話題提供

  てんかんを合併した色素失調症の1
    発症メカニズムの最近の知見についてー

       高橋こどもクリニック  髙橋 貢

要旨

 色素性失調症(Bloch-Sulzberger症候群)は、出生時もしくは生後間もなく発症し、特徴的な皮膚症状を呈し、眼、中枢神経系、骨、歯などにもさまざまな合併奇形を伴う伴性優性遺伝形式をとるまれな神経皮膚症候群である。生後1ヶ月で当科受診し11歳の現在まで経過観察中の本症例を発症メカニズムを中心に文献的考察を加え報告する。

1.症例

 症例はY.I.H13423日)女児。
 出生時から四肢の色素沈着と腋窩、
ソケイ部の水疱が認められていた。家族歴では母、祖母に新生児期に同様な皮疹、および頭頂部の脱毛がみられた。現病歴は満期、正常分娩。出生時から四肢、ソケイ部、腋窩に線状の紅斑と水疱が認められた。治ると言われたが、水疱が持続し黒く色素沈着してきたため2ヶ月時に当院を受診した。現症では身長59.1cm56.6cm)、体重5410g5080g)心、肺、腹部には異常なし。四肢の動きは活発で、追視も認められた。四肢、ソケイ部、腋窩に線状の黒褐色の色素沈着と一部水疱がみられた。機嫌は良く、哺乳も良好であった。
 水疱は次第に消失し4ヶ月ころには線状の色素沈着のみとなった。生後2ヶ月から保育園に入所した。頻回に上気道炎や中耳炎を繰り返し、H144月チュービング施行した。その後著変なく精神運動発達は正常であった。H184月高熱に伴いけいれん重積があり西条中央病院小児科に入院加療された。脳波は正常であった。MRIではT2FLAIR画像では右側脳室周囲に高信号領域が散在していた。その後は発熱時のDZP屯用でけいれんはみられなかったが、H2274日午前330分頃、5分間の無熱性の全身強直性けいれんがあり、その後10分左手が動かなくなった。脳波上右中心部に棘波を認めたためCBZを開始した。その後の経過は順調である。

2.考察

 先天性色素失調症(Incontinentia pigmenti:IP)はX染色体優勢遺伝で女児に発症する比較的まれな疾患である。男児は致死的であり、胎児期に死亡するが、少数の発症例が報告されている。本症は新生児期に紅斑、小水疱で始まり、疣状の丘疹、列序性の色素沈着と順次進行する特有の皮膚症状に、眼、歯、毛髪、中枢神経系の異常を合併する。
 2000年に国際色素失調症共同体が、原因遺伝子はX染色体(Xq28)に位置するNuclear factor κB(NF-κB)必須調節遺伝子Nuclear factor κB essential modulator(NEMO)/inhibitor κB kinase γ (IKKγ)の遺伝子であることを同定した。NF-κBは無刺激の状態ではその抑制蛋白物質IκBに結合し、細胞質内に存在しているが、そこに種々の炎症刺激が加わると、IκBIKKによりリン酸化されNF-κBがフリーになり核内に移行し遺伝子発現を誘導する様になる。
 NF-κBは免疫、炎症において中心的役割を果たしている転写因子であり、TNF-α、IL-1LPSなどの刺激によりNF-κBが活性化されると、種々のサイトカイン、ケモカインが産生され炎症が誘導される。また、NF-κBは表皮角化細胞を含む数種類の細胞では、アポトーシスの抑制にも重要な役割を果たしていることが知られている。さらに、NF-κBは表皮角化細胞においては増殖と分化に、骨や歯牙の形成に重要な破骨細胞においては分化に関与している。IPの患者では、NEMO/IKKγの異常のため、NF-κBの活性が低下しており、このことが種々の病態を引き起こすと考えられる。
 中枢神経系合併症はIP30%以上に認められ、眼合併症とともに深刻な症状の一つである。神経症状のうちけいれん性疾患は13%とされ、しばしば小児期や青年期に発症するが、容易にコントロール可能で他の中枢神経障害や知能障害を来すことはない。しかし、新生時期のけいれんは重要な予後不良因子であり、その後の発達の遅れを示唆するものである。したがって新生児期および乳児期にけいれんを含め神経学的異常がみられなければ予後良好と考えて良いとされている。 中枢神経の病態・機序は未だ解明されていないが、 Shuperらは遺伝子異常による変異蛋白が脳原基細胞の発生・発達時期に依存して影響を受け、各々の中枢神経病変が形成されると考えた。NEMO遺伝子は転写因子NFκBを介し、細胞のアポトーシスの他、多種のサイトカイン・接着因子に関連した免疫系、血管内皮成長因子受容体に関連した血管新生等、多岐に影響することからWolfらは病態として微小循環を傷害する炎症過程が重要な役割を果たしていると考えた。Groofらは皮膚や眼同様、脳病変には血管内皮細胞のアポトーシスが関与していると仮説した。最近長門らは左側半身の皮膚病変、左側大脳半球に広範に偏在する出血性壊死と考えられる多発性梗塞様病変を呈した症例を報告し、変異NEMO遺伝子を有する異常な組織前駆細胞の増殖が皮膚病変および神経病変の原因と考えた。
 本症例でも同様な機序が原因と考えられるが、年長になってからのけいれん発症であり、MRIでも大きな病変はなく比較的予後良好と思われた。NEMO/IKKγのノックアウトマウスによる研究ではNEMO/IKKγ+/-雌マウスの表現型は非常に人のIPに症状は似ているが、このマウスでは歯の異常、眼の異常はみられず、人には見られない脾臓のアポトーシスおよび胸腺のリンパ浸潤がみられる。また致死的雄マウスの胎児には著明な肝のアポトーシスがみられる。この違いの理由が明らかになることで、皮膚症状以外の合併発生のメカニズムが解明されることが考えられる。


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