予期せぬ出来事

 夫が発行人、妻が編集人兼ライターというのは、出版業としてはそう珍しくないと思う。現に同じ松山で出版業を営む創風社出版さんも、同じパターンである。
 仕事でも家庭でも一緒というのは、便利でいい面もあるが、悪い面もある。悪い面の最(さい)たるものが、とにかく忙しいので家庭に仕事を持ち込まざるを得ず、24時間のべつ仕事をしている状態になることである。それがわが家の子どもたちにどんな影響を及ぼすかなど、気にする暇(いとま)もなかったのだが、夕飯の食卓で、まだ中学生だった息子から「ご飯の時くらい、仕事の話はやめてよ」と抗議され、ハッとしたことがあった。いつもいつも仕事に追い回されている両親を見ながらの食事は、子どもたちにとってもやすらぎのない、忙(せわ)しないものであったろう。
 こうした日々が思いがけない展開を生んだ。高校で写真部に属していた娘が進路を決めるとき、カメラマンになりたいから、写真学科のある大学に行かせてくれと言い始めたのである。私たちにすれば青天の霹靂(へきれき)である。ふと、食卓でカメラマンやデザイナーの話をあれこれしていたのを聞いて、そういう職業を身近に感じたのだろうかと思い、「カメラマンは体力勝負だよ。重いカメラバッグ持って移動しなきゃいけないし、写真の注文を受けたら、どんなに遠くてもそこへ行って撮らなきゃいけないよ」と諫(いさ)め、むろん表現の道の険しさも滾々(こんこん)と説いた。
 しかし娘は翻意しそうにない。担任の先生も、娘が写真雑誌に投稿して何度か賞をもらったりしたのを知っていたせいか、「日大の芸術学部にでも行かせてあげたらどうですか」などと親の懐も気にせず、勝手なことをおっしゃる。日大は学費が高過ぎるからと諦めさせたが、娘は別の大学の写真学科に入学し、なんとか写真を撮る職業に就いた。
 もうひとつの予期せぬ出来事は、出版とは全く縁のない職業に就いていた息子が、今、私たちと一緒に仕事をしているということである。村上龍さんの本に、世の中の仕事について解説した「13歳のハローワーク」というのがあるが、世の親たちは子どもの進路にどんなアドバイスをしているのか、春になるとそんなことを思う。(2013.3.29掲載)

1.ライター稼業40年 2.地方のライター 3.ジ・アースとアトラス 4.アトラスの思い出 5.単行本第1号
6.調べる楽しさ 7.出版というオバケ 8.平均的読者像とルビ 9.文化の喪失 10.編集って、何
11.義士祭とベアトの写真 12.泣かせてしまった本 13.後に続くことば 14.原野に挑んだ人 15.視覚化の醍醐味
16.本の「顔」 17.書く力とは 18.文化財修復と犯罪 19.読む力と想像力 20.木蠟は何に使われた
21.宇和島のヘルリ 22.図書館とのおつきあい 23.サイド・バイ・サイド 24.土井中照さんのこと 25.本のお土産
26.予期せぬ出来事 27.題字は大事だよ 28.生きてるだけで丸儲け 29.掲載ビジネス 30.牛島のボンちゃん
31.おじいさんの自慢 32.編集者の言い分 33.書いてくれませんか 34.隈研吾さんと南京錠 35.幻の出版物
36.高島嘉右衛門と三瀬周三 37 声が聞こえる写真 38.翻訳 39.骨のある出版社 40.男っぽい文章
41.人生のダイジェスト 42.どう書いたら…… 43.消える仕事 44.近欲の風潮 45.運転免許の話
46.目に見える被害 47.過疎の町にパティシエを 48.講演は苦手です 49.カッコ付き市民の意見 50.父の信号
51.文化の繰り上がり 52.出版社の存在意義      
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