消える仕事

 長年、出版の仕事をしてきて感じるのは、凄(すさ)まじいまでの技術革新のスピードである。写植文字の時代から、パソコンによるDTPへと進むなかで消えていった仕事もたくさんあった。
 たとえば、本の誌面を作る版下作成という仕事がある。以前は、デザイナーが指定したいろいろな文字を印画紙に出し、それをカッターで切って台紙にスプレーボンドで貼っていた。版下を完成(フィニッシュ)させるので、フィニッシュワークと呼ばれていたが、貼った文字が0.1ミリ傾いていてもデザイナーからダメ出しされるので、印画紙を切る段階から細心の注意を払い、正確に貼っていく。熟練して〝カッターの魔術師〟みたいになると、かな文字の間隔を詰めに詰め、それでいて字と字がくっついてない、遊びめいたこともしていた。
 不器用な私は、そんな職人技をいつも感嘆の目で見ていたものだが、パソコンによる版下作りが主流になると、その仕事は消えていった。なにしろ印画紙なら、文字を訂正するにも版下の文字を切って剥がし、正しい文字を貼り直す面倒な手作業をしなければならないが、パソコンなら簡単にできるからである。
 どんな仕事も、時代と併走していかないと取り残される。職人芸といわれる仕事ですら機械に取って代わられるのだから、日々やり慣れたことだけをしていれば、気が付いたとき、自分だけ大きく水をあけられていることになる。
 出版の仕事を、制作・印刷・流通と大きく3つに分け、川の流れにたとえると、私のような「書く仕事」「編集する仕事」は上流部分に当たる。コンピュータが文章を考え出したり、人の話をまとめたりはできないし、電子書籍に移行しても、書いたり編集したりするのは必要なので消えることはないと思うが、中流・下流の仕事は相当大きな影響を受けると思われる。
 「進歩とは何か」と考えると、川の流れのようにとどまることなく動き続け、本来、人間の便利さや幸せの追求のためにさまざまなことが発明、考案されていったはずだが、現れては消えていく仕事を見ていると、現代という川の流れはとてつもなく大きく、速く、渦巻いているようにすら感じられ、生きていくだけで大変な時代だと思う。(2013.7.26掲載)

1.ライター稼業40年 2.地方のライター 3.ジ・アースとアトラス 4.アトラスの思い出 5.単行本第1号
6.調べる楽しさ 7.出版というオバケ 8.平均的読者像とルビ 9.文化の喪失 10.編集って、何
11.義士祭とベアトの写真 12.泣かせてしまった本 13.後に続くことば 14.原野に挑んだ人 15.視覚化の醍醐味
16.本の「顔」 17.書く力とは 18.文化財修復と犯罪 19.読む力と想像力 20.木蠟は何に使われた
21.宇和島のヘルリ 22.図書館とのおつきあい 23.サイド・バイ・サイド 24.土井中照さんのこと 25.本のお土産
26.予期せぬ出来事 27.題字は大事だよ 28.生きてるだけで丸儲け 29.掲載ビジネス 30.牛島のボンちゃん
31.おじいさんの自慢 32.編集者の言い分 33.書いてくれませんか 34.隈研吾さんと南京錠 35.幻の出版物
36.高島嘉右衛門と三瀬周三 37 声が聞こえる写真 38.翻訳 39.骨のある出版社 40.男っぽい文章
41.人生のダイジェスト 42.どう書いたら…… 43.消える仕事 44.近欲の風潮 45.運転免許の話
46.目に見える被害 47.過疎の町にパティシエを 48.講演は苦手です 49.カッコ付き市民の意見 50.父の信号
51.文化の繰り上がり 52.出版社の存在意義      
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